古代竜狩り 75
不思議そうな顔でレイチェルが声をかけると、ユーリは椅子に掛けていた黒の外套を手に取って羽織りながら「ちょっと用事が」と返事をする。
「ゆーり、どこかいくの?」
「あぁ。わりぃがレイチェル、ミレイ、店番頼んでいいか?」
二人にそう頼み、ユーリは「そんな長くは出かけねぇから」と言葉を付けたした。すると好奇心の塊であるミレイが、すかさず彼に問いかける。
「どこいくのー? たのしいとこ?」
「んー、ヒミツっ」
楽しげに笑ってそう答えるユーリに、ミレイは目を細めて「あやしい……」と呟いた。
「まさかゆーり、おねえちゃんというものがありながら、うわきを……」
「ば、ばっか、んなわけねぇだろ! つーかミレイ、変な言葉を覚えるなよっ」
疑惑の目を向けてくるミレイに慌てながら、ユーリは「すぐ帰ってくるから、変な誤解するんじゃねぇぞ!」と声をかける。
「とにかくレイチェル、ミレイ、頼むな!」
「は、はい、わかりました。気を付けて行ってきてくださいね」
「ゆーり、おみやげよろしくね。じゃないとミレイ、おねえちゃんにゆーりがないしょのおでかけしたっていいつけるよ」
笑顔で見送るレイチェルと、同じく笑顔でありながら怖い脅しを訴えてくるミレイに見送られ、ユーリは苦い顔のまま店を後にした。
アル・アジフの郊外は街の中心部の賑やかさとは異なる、豊かな自然に囲まれた静かな場所だ。
生い茂る木々が風に吹かれて優しい音を鳴らし、晴れた日はその木々から降り注ぐ木漏れ日が心地よい。そう、ちょうど今日のような晴天の日は気持ちの良い散歩が出来る場所だと、ユーリは周囲を見渡しながら歩きつつ感じた。
気持ちよさそうに自然の中をのんびりと歩いていたユーリだったが、目的の場所にたどり着いてふと足を止める。そこは町の小さな教会で、普段店が休みの日、ユーリはアーリィを連れてよく訪れている場所だった。
「こんちはー」
「おや、ユーリさんこんにちは」
教会の戸をくぐり挨拶をしながらユーリが中に入ると、柔和な笑みを湛えた神父の男性が彼を迎える。まだユーリと同い年か少し年上程度にしか見えない年若い彼は、ユーリの訪問を歓迎する笑顔のまま「今日はどうかしましたか?」と聞いた。
「あー、えっと……」
「あれ、今日はおひとりですか?」
「あぁ、アーリィは店にいます」
ユーリが頭を掻きながら答えると、男性は「そうですか」と珍しそうに目を丸くする。そして彼は優しい笑顔のまま、ユーリにこう聞いた。
「なんでしょう……何か奥様に言えないような過ちについて、懺悔をしに来ましたか?」
「ちょ、待ってくださいよ! 俺は浮気なんてしてねー!」
誰も『浮気』だなんて言ってないのに、ユーリは先ほどのミレイの言葉もあってか、被害妄想全開で青ざめながら叫ぶ。そんな自分の様子を楽しげに笑いながら見る男性の反応に気づき、ユーリは苦い顔を浮かべた。
「って、レイムさん俺のことからかって遊んでるでしょ?」
「からかってなど……僕がそんなことをしたら、神に叱られてしまいます」
レイムと呼ばれた神父の彼は、「神に誓って、そんなことはいたしません」と、真摯すぎて逆に胡散臭い笑顔でユーリに言葉を返した。
「神、ねぇ……」
『神』の正体を知るユーリはどこか複雑な表情でレイムの話を聞き、彼の背後に続く礼拝堂の奥に視線を向ける。そこにはレイムが信仰する神の像があり、それは自分の知る神とは似ても似つかない壮年の男性の姿をした像であったが、ユーリは何も言わずに視線をレイムへと戻した。
「では、懺悔でなければ一体今日はどのような用事で……?」
ユーリの視線を受けて、レイムが改めて問うと、礼拝堂内のドアが開いて中から子どもが顔を出す。
「しんぷさまー、お洗濯おわったよー」
顔を出した幼い少年はそう元気な声でレイムへと声をかけ、そしてユーリの存在に気づいて「あっ」と目を見開いた。直後、少年は嬉しそうな笑顔をユーリに向ける。
「ユーリお兄ちゃんじゃん!」
「おぉ、久しぶり、カイル」
カイルと呼ばれた少年はユーリたちの元へと小走りに駆け寄る。レイムはそんな少年を微笑ましい笑みで見つめ、「ありがとうございます」と声をかけた。
「カイル、お洗濯が終わったら次はメリエルと一緒に掃除を……」
「それよりユーリお兄ちゃんは何しに来たの? アーリィお姉ちゃんは一緒じゃないの?」
レイムの話など聞かず、カイルははしゃいだ様子でユーリにそう話しかける。無視されたレイムは困ったように苦く笑い、一方で少年に話しかけられたユーリは「アーリィは店にいる」と、先ほどレイムにしたものと同じ返事を返した。
「ふーん、一人でここに? ……あ、わかった、しんぷさまにうわきを懺悔しに来たの?」
「お、お前らなんでそろいもそろって俺の浮気を疑うんだよ! 俺はそんなに信用ならねぇかー?!」
カイルの言葉に全力で突っ込みを入れ、「つーかお前らはどこでそーいう言葉を覚えるんだ! もっと清らかに育てよ! 俺は悲しいぞ!」と叫んで純粋無垢なはずの少年の未来を悲観した。
「レイムさん、あんたの仕業かー?!」
「いや、僕は何も……っていうか、妙な言葉を覚えてもらっては僕も困りますね」
「えー、うわきのこと? 変な言葉なの? ミレイに聞いたんだけど。ユーリおにいちゃんがひとりでいたら、『うわき』をする可能性があるって」
困り果てる大人二人を前にしてカイルがそう答えると、ユーリは青ざめて「み、ミレイ~!」と行き場のない怒りの感情を叫びに込めた。
「くそ、ミレイもミレイで変な言葉をどこで覚えてくるのかわかんねーし……レイチェルが変な言葉を覚えさせるはずがねぇし、エルミラか? エルミラの野郎か? 一回あいつを問い詰める必要があるな……どうやって吐かせてやろうか……」
ぶつぶつと怖い顔で呟くユーリを、カイルは不思議そうな表情で眺める。そして彼は改めて「じゃあ、何しにきたの?」と聞いた。
「遊びに来たの?」
「あ、いや、今日は違うんだよ」
脳内でエルミラを捕まえてすべて吐かせる為の拷問を考えていたユーリだが、正気に戻った彼はカイルの問いに「ちょっと神父サマとおはなしを……」と答える。するとレイムが「僕にですか?」と驚いたように反応した。
「あ、そうなんですよ。すんません、突然」
「いえいえ、いいんですよ」
「なんだー、遊んでくれないのー?」
にこやかに返事をするレイムの隣で、遊んでくれることを期待していたカイルが不満げな表情でユーリを見返す。ユーリはそんな彼に「わりぃな」と言葉を返した。