世界の歪み 7
微妙な味のおでんを食べ終え、レイチェルはミレイにせがまれて、そのまま居間で彼女に本を読んであげていた。傍にはユーリがいて、彼は家に届いた手紙を一通一通確認している。
結局今日一晩はアゲハもユーリたちの家で泊まっていくことになり、彼女はアーリィと共に隣の台所で夕食の片づけを手伝っていた。
「……そして、王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしました。おしまい」
「すえながくしあわせ……おにいちゃん、すえながくってどれくらい? ながい?」
「え? す、末永くだから長いと思うよ。えっとね、ずーっとってことじゃないかなぁ?」
「ずっと? ずっとしあわせだったんだ……ふ~ん、すごいね。そのあとは、ぜんぜんやなことなかったんだ。うんがいいね、このふたり」
「はは……どうなんだろうね」
ミレイの子どもらしくない感想に苦笑しながら、レイチェルは子ども向けの童話の本を閉じる。その本をミレイが「かして」と言うので、レイチェルはミレイにそれを渡した。そしてミレイは、今度はそれを自分でまた読み始める。レイチェルはそんな彼女を、見守る兄の眼差しで見つめた。
「……なぁ、レイチェル」
「あ、はい」
不意にユーリに声をかけられ、レイチェルは彼の方へ視線を移す。ユーリは相変わらず手紙に視線を落としていたが、レイチェルへこう言葉を続けた。
「お前さぁ、”禍憑き”って知ってる?」
「え?」
唐突な問いかけに、レイチェルは「いえ……」と首を小さく横に振る。そのレイチェルの反応に、ユーリは「そっか」とだけ呟いた。
「……あの」
「ゆーり、なにそのわざわいとかってゆーの」
レイチェルが聞こうとすると、ミレイが本から視線を上げてユーリに問う。ユーリも手紙を読むのを一旦止めて、レイチェルたちの方を見た。
「いや、なんか手紙に書いてあったから……俺も知らねぇんだよ」
「手紙ですか?」
レイチェルも興味を抱き、「なんて書いてあるんですか?」とユーリに聞く。ユーリは「あぁ、店の常連の知り合いさんかららしいんだけど」と前置きし、手紙に書かれていた内容を語った。
「なんでも、その人の知り合いがそういう病気? になったんだけど、今の医学じゃ打つ手無しらしい。それで店の常連の人の話で、うちの店の薬が体の不調に良く効くと聞いたから是非売って欲しいって……なんかそういう内容で手紙が来てんだよね」
ユーリはそう話すと、「でも聞いたこと無い病気だし、アーリィの魔法薬がそれに効くかなんてわかんねーからなぁ」と顔をしかめる。
「売ったとして薬がその病気に効果無かったらなんかアレだし……最悪悪化したらこえぇし……つか、大体どの魔法薬売ればいいんだ? 精力薬?」
しばらく難しい顔で考えた後、ユーリは困った様子で「どうしよう」と呟いた。
「確かによくわからない病気に、無責任に薬売れませんよね」
「あぁ。それにウチで扱ってるのは”魔法薬”で、表向きは一般薬品。国で販売が管理されてる医療薬剤とはちげぇから売れねぇことはねぇけど……ホントは効果が高いから、一般薬の扱いで気軽に販売しちゃいけぇね気もするんだよな。まぁ、審査通って許可貰ってるから堂々とは売れるけど……副作用の心配がまるで無いわけじゃないってアーリィも言ってるし心配なんだよな」
『恋に効く』などのジョークグッズの魔法薬はアーリィいわくマナの量を少量にしてあるので副作用等の心配は皆無らしいが、傷を癒したり免疫力を高める系の魔法薬は含まれるマナの濃度が高い為に、体にその分強く影響するらしい。その為に処方を誤れば、逆に不調となる場合もあるという。その為本当の意味での”薬”はアーリィに実際に客と対面してもらい、店で説明をしっかりして売るようにしている。
「いいじゃん、ほしいっていうならうっちゃいなよ」
「ミレイ、お前無責任にそんなこと言うなよ」
ミレイの適当な台詞にユーリが苦い顔をする。そうやって三人が話をしていると、片づけを終えたアゲハとアーリィも彼らの元にやって来た。
「皆で何の話してたんですかー?」
アゲハが無邪気に問うと、ミレイがすかさず答える。彼女の返事は間違っていなかったが、正しくもなかった。
「ゆーりがびょうきでなやんでるの」
「え!?」
ミレイの返事で驚いたのはアーリィだ。普通は絶対勘違いするミレイの返事を聞いて、アーリィは「うそ、病気なの……?」と物凄いショックを受けたようにその場に立ち尽くした。
「ち、違う! ミレイ、お前色々省略しすぎだぞ! 俺は病気じゃねぇよ!」
アーリィがショックのあまり今にも卒倒しそうなので、ユーリは慌てて訂正する。彼はレイチェルたちとしていた話を、正しくアーリィたちに伝えた。
「……なんだ、よかった……」
誤解が解けて安堵するアーリィに、ミレイがしょんぼりと反省したように「ごめんなさい、みれいがいけないよね」と声をかける。アーリィは「ううん、いいんだ」と優しく笑んでミレイに返事した。
「言葉って難しいから。私も未だに説明苦手だし……それより、”禍憑き”だっけ?」
アーリィもその言葉をたった今知ったようで、「それ、なんなんだろう」と興味を持ったふうに呟く。するとアゲハが「あ、私それ知ってます!」と思い出したように声をあげた。
「禍憑き……今、そういう症状の人があちこちで増えてるみたいですよ」
「そうなのか……どういう病気なんだ?」
”禍憑き”を知っているらしいアゲハに、ユーリが問う。
ヴァイゼスを出た後に世界各地を飛び回っている彼女は、その過程で世界の様々な情報を手に入れているらしい。彼女は自分が知った情報をユーリたちに語った。
「病気っていう人が多いですけど、現代医学では原因がさっぱりわからないんで『呪いだ』って言う人もいる病気らしいです。私は実際病気の人にあった事は無いんですけど、知り合いがその病気になって亡くなったって人から話を聞いたことがあるんですよ。その人の話によると、ある日突然体に変な痣みたいなのが出来て、その後どんどん体が弱っていっちゃうらしいです」
アゲハはそう説明した後に、こうも続ける。
「そういえばこの病気もですけど……最近になって妙な事が多くなったって、そう言う人が増えてますよ。今まで見たことの無い魔物が各地で出没したり、妙な植物があちこちで生えたりなんかもしてるらしいんです」
「そうなんだ……僕、知らなかったなぁ」
「私も……見たこと無い魔物ってどんななんだろう」
レイチェルやアーリィ同様に、ユーリもアゲハの話に興味を持ち、「気になるな」と考える表情で呟く。ミレイも不思議そうに小首を傾げてアゲハの話を聞いていた。




