古代竜狩り 70
「イリスじゃないですか。あぁ、今日も変わらず麗しく……」
「何をそんなに熱心に見てたの?」
部屋から顔を覗かせて笑顔を見せてきたラプラに、イリスは静かな声で問いを返す。イリスの問いを聞き、ラプラは一瞬考えた後に自身の手元に視線を向けて、そして再び笑顔でイリスに視線を戻した。
「これですか?」
イリスが「うん」と頷くと、ラプラは笑顔のままで「マナ水の成分結果を見ていました」と答える。
「マナの濃度がまだ不安定でしたので……濃度を高める為に調整をしていたんですよ。少しずつではありますが、不純物も少なくなってマナの濃度は高くなっていますね」
「あぁ……そっか。ありがとう」
ここに居てもほぼやることが無く暇な自分と違い、エルミラや彼はマナ水の生成と研究を続けている。自分も何か手伝えればいいのだが……と、そんな申し訳ない気持ちでイリスはラプラへ礼を告げた。
「いえ……これが私の仕事ですから」
「……私も何か手伝えれば、とは思うんだけどね」
苦笑しながらそう返すイリスに、ラプラは最高の笑顔で「イリスは傍にいてくださるだけで励みになりますよ!」と力強く答える。それに対してどう返すのが正しい反応なのかをイリスは一瞬考え、やはり苦い笑みを返した。
そんなイリスの反応をじっと見つめた後、ラプラは「あぁ、そうだ」と何かを思いついたように口を開く。そうして彼はイリスへとこう言葉を向けた。
「一つ、あなたに手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「なに? 私に出来る事なら、何でもするよ」
「そうですか。……あ、いや……手伝いと言いますか……」
「?」
ラプラは少し困ったような笑みをイリスへ向けて、小首をかしげる彼へとこう告げる。
「イリス、私とデートしていただけますか?」
「は……?」
ルルイエの街中を外見を隠したラプラと共に並んで歩きながら、イリスは少々呆れた表情を浮かべて呟く。
「デートとか言うから、何かと思ったら……フツーにご飯一緒に付き合ってほしいって言えばいいのに」
「ふふふ、すみません。研究所の食堂の食事には少々飽きてきたので……外の食事にも少し興味がありましたし」
楽しげな様子で隣を歩くラプラを横目で見つつ、イリスは呆れた表情はそのままに溜息を吐く。しかし魔族である彼が一人で街中を歩く危険性を知ってるので、イリスは彼の要望通り付き合ってあげているのだった。
「それと、街の中も……私はずっと研究所にいましたので、よく知らないのです。マナ水の開発もひと段落しましたので、少々散策などをしてみたいな、と」
ラプラのその言葉を聞き、イリスは表情はそのままに「ホント、驚きだよ」と言葉を返した。
「あなたがヒューマンの世界に興味を持つなんてね」
「えぇ、自分でも驚きです」
イリスがふとラプラに視線を向けると、目深に被ったフードの下に見えた蒼い瞳と視線が合う。いつも通り微笑む彼を無表情に見返し、イリスはすぐに視線を逸らした。
「……それで、何が食べたいの?」
「あまりこちらの世界の食事に詳しくなくて。よろしければ、イリスの食べたいものを一緒に食べたいですね」
すれ違う人々――ヒューマンに視線を向けながら、ラプラはそう答える。自分とは異なる種族、そして彼らが住まう都市の様子を観察するように眺めながら「イリスは何が食べたいですか?」とラプラは問いを返した。ラプラの問いに、イリスは先ほどのアゲハの誘いに対してと同じ返事を返す。
「悪いけど……今、お腹すいてなくて……お店に行くのくらいは付き合うけど、食事はパスしたいな」
「……最近、あまり食べていないようですね」
心配するような声が聞こえ、イリスは再度ラプラに視線を向ける。視線の先には先ほど聞いた声音通りの表情が見えて、イリスは苦く笑った。
「私のこと、ホントよく見てるね」
「えぇ、あなたのことは24時間いつでもどこでも見守っていますからね! 安心してください!」
「うぅ、ストーカーって怖い……っていうか、それのどこが『安心』なの? 安心の意味を辞書で調べなおしたほうがいいよ」
本当に24時間見守られていてもおかしくないと、イリスは青ざめながら身震いする。同時に彼は隠密行動が得意な自分を欺くほどのストーカー技術を発揮するラプラに、本気の恐怖を覚えた。
一方でラプラは真剣な表情を向け、「それより」とイリスに言葉を続けた。
「食欲が無いようですが……どうかしたのですか?」
「いや、別に……」
イリスは反射的に『何でもない』と答えようとして、しかしラプラの真剣な声音がそれを止める。
「これでも真面目にあなたのことを心配しているのですけどね」
「……」
遠慮がちにそう呟かれると、イリスもはぐらかす言葉を止めた。しばらく沈黙した後、イリスは大きくため息を吐いて首を横に振る。
「……最近、食事がおいしいと感じなくて……幸い、味はわかるんだけどね。でも、何を食べてもおいしいと感じないんだ。だから……食欲無くてさ……」
「それは……」
表情を険しく変えたラプラに対して、イリスは苦笑を浮かべてどこか諦めたような様子で「私が魔物だからだよね」と答えた。
「わかってるよ。フツー魔物は食事なんてしないし、美味しく感じることの方がおかしいよね」
そう答えるイリス同様、ラプラも彼の食欲減退の原因はおそらく『魔物化』であろうと考える。しかし、魔物化してしばらくは彼は普通に食事をしていた。それを思い出し、ラプラは問いを重ねた。
「それはいつごろからそのように?」