古代竜狩り 69
「……昼間っからうるさいくらいに元気だね。なんなの? 廊下にまでエルミラのアホ丸出しな声が聞こえたんだけど」
「あ、レイリスさん~っ」
イリスが部屋に顔を覗かせると、アゲハがうれしそうな笑顔で近づいてくる。レイリスに対して主人によく懐く子犬みたいな態度を取るアゲハは、にこにこしながら「レイリスさんもご一緒にどうですか~?」と彼に問いかけた。
「何が?」
至極当然の疑問をイリスが問うと、アゲハが答えるより先にフェリードが口を開く。
「これから三人でお昼ご飯を食べに行こうって話になって。それで、よろしければ一緒にいかがですか? ということかと」
「ですです~!」
フェリードの説明にアゲハが頷くと、泣き崩れていたエルミラが勢いよく顔を上げてイリスを見る。ちなみに彼の目には特に涙は見えなかったので、泣き崩れて叫んでいたのは泣き真似だったのだろう。
「レイリス! レイリスは焼肉とパスタどっちがいい?! 焼肉だよねぇ?!」
「え……?」
また突然に問われて、イリスは困惑の表情をエルミラへと返す。すると今度はアゲハが説明に口を開いた。
「あ、何を食べるかでちょっと揉めてしまいまして……エルミラさんは焼肉が食べたいみたいなんですが、私とフェリードさんはパスタがいいかな、って」
「それで、二対一で不利だからあの男は廊下に聞こえるくらいの声で喚いているわけか」
おおよその事態を理解したイリスは納得した表情を浮かべて、冷めた眼差しでエルミラを見つめる。冷たい視線を受けつつも、エルミラは再度「焼肉だよね!?」とイリスに訴えるように聞いた。
「いや、私もその二択ならパスタかな……」
「うわあぁああぁああ~ん! レイリスの鬼、悪魔、裏切り者~! 心が凍っている~!」
イリスの答えに絶望するエルミラが叫ぶと、イリスは「なんで顔出していきなり鬼とか裏切り者とか言われなきゃなんないの?」と不機嫌そうに言葉を呟いた。
二人のやり取りを苦笑いしながら見ていたアゲハは、しかし改めてイリスに向き直って彼へと再び問いかけた。
「それで、レイリスさんも一緒にお昼ご飯行きませんか?」
アゲハの問いにイリスは一瞬だけ考え、そして苦笑を浮かべながら申し訳なさそうに「ごめん、私はいいや」と返す。途端にアゲハは残念そうな顔を浮かべた。
「えー、レイリスさんお昼ご飯もう食べちゃったんですか?」
「いや、食べてないけど……」
「じゃあじゃあ、私、レイリスさんと一緒に行きたいですっ! 行きましょうよ~!」
「う、うーん……あんまりお腹すいてなくて……本当、ごめん」
「そうなんですか?」
イリスが本当に申し訳なさそうに言葉を返すと、アゲハは心底残念といった様子で「一緒に行きたかったです」と溜息を吐く。それに対してイリスは苦笑を返すしかなかった。
「え、なになにレイリス行かないの?」
泣き真似から復活して顔を上げたエルミラが問うと、イリスは「うん」と頷く。
「別にお腹すいてないから……」
「ふーん……でもさ、朝もほとんど食べてなかったよね?」
研究所内の食堂施設で見かけたイリスの姿を思い出しつつエルミラが問うと、イリスは「そうだっけ?」とだけ返した。
「そうだよー。オレ、今朝『え、ヨーグルトしか食べないの?! ダイエット中の女子の朝食?!』って声かけたじゃん」
「あぁ……朝からラーメンとパフェを食べようとするあんたを見ただけでお腹いっぱいになったの。本当に」
「え、エルミラさん朝からそんなに食べてるんですか? それで合間合間にビスケット食べてるのに、さらにお昼に焼肉食べようとか言ってるんです? こわっ」
イリスの反論を聞いたフェリードがぎょっとした表情を浮かべながらエルミラを見ると、彼の視線を受けたエルミラが「オレは天才で常に頭使ってるからね!」と、何故か胸を張りながら答える。
「頭使うとカロリーが必要になるの。わかるでしょ?」
そのエルミラの返事に対して、呆れ顔を浮かべるフェリードとは対照的にアゲハはなぜか尊敬した眼差しを彼に向けた。
「なるほど、エルミラさんがそんな食生活でも太らないのは、常に頭を使ってるからなんですね……いいなぁ、私ももっと頭を使うようにしますっ! 戦闘は頭脳戦です!」
本気で羨ましそうな顔をするアゲハに、フェリードは「やめた方がいいですよ」と小さく突っ込む。イリスも首を横に振り、「エルミラは三日食べないで研究して、三日分のカロリーを一日で取り返す生活をしているだけだから」とアゲハが悪い真似をしないよう説明した。
「え、そ、そうなんですか、エルミラさん……」
「ふふん、オレくらいの天才になると体重管理も完璧なんだよね。三日分のカロリーを一日で取り戻す効率のいい食べ方も完璧に知ってるし!」
「いや、エルミラさん、本当にいつか体壊しますよ……? 今日のお昼は健康的な野菜中心の食事の方がいいかなって気になってきました。エルミラさんのために」
フェリードの気遣う言葉にエルミラは「オレのことを思うなら焼肉食べよーよ」と、善意をぶち壊す返事を返した。
「まぁ……とにかく、私はいいから。三人で行ってきなよ。そろそろ出発しないと、お店混むよ?」
エルミラのあほ発言にこれ以上構っていられないという様子で、イリスは改めてそうアゲハに告げる。アゲハは残念そうに肩を落としたが、すぐにいつもの元気な笑顔で彼を見返した。
「わかりました! じゃあ、今度ご一緒しましょうね!」
「う、うん、今度ね……」
「次はレイリスさんの好きなもの食べに行きますから! 約束ですよ?!」
「うん……」
アゲハの勢いに押された感じで、イリスは苦笑交じりに何度も頷く。そうして彼は「好きなもの、か……」と、どこか寂しげに小さく呟いた。
エルミラたちと別れたイリスは、暇を持て余した様子で研究所内を当てもなく歩む。
するとふと目にした一室で、窓越しに真剣な表情で資料らしきものを見つめるラプラの姿を見かけて足を止めた。そのまましばらくラプラの様子を眺めていたが、ふと資料から顔を上げたラプラがこちらに視線を向けて、イリスに気づいた様子で笑顔で手を振ってきた。