古代竜狩り 68
『オアアァアアアァアアアアッ!』
再び、耳を劈く雄叫びが周囲を支配する。
ジュラードが顔を上げると、大きく口腔を開くドラゴンの姿が見えた。雄叫びと共に開いた口の正面に輝くのはブレスの予兆。それは明らかに自分を狙っているとジュラードは理解したが、不思議と彼は冷静でいられた。だって、自分は一人ではない。自分には仲間がいて――自分自身がそうであるように――彼らは仲間の危機を救うために必ず行動してくれると、それをわかっていたから。
「ジュラードさんはそのまま攻撃をっ……!」
フェイリスがそうジュラードへ声をかけながら、死を招くブレスをジュラードへと見舞おうとしていたドラゴンの口へ砲撃を撃つ。ウネも無言で魔力の矢を放ち、ドラゴンのブレスを阻止した。
一時はジュラードへと意識を映していた古代竜だが、彼女たちの攻撃をまともに受けて、再び意識をそちらへと向けざるを得なくなる。
「いまだっ……」
無意識に小さく呟きながら、ジュラードは再度ドラゴンへと振りかぶる一撃を放つ。その一撃は先ほど鱗が剥がれ落ちた箇所へと当たり、『竜の鎧』とも呼べる鱗が剥がれて剥き出しになっていた筋繊維を引きちぎり、そこから噴き出した赤黒い血液がジュラードの剣と彼自身を汚した。
竜の返り血をまともに浴びながらも、ジュラードは怯むことなく攻撃を続ける。ウネやフェイリスの援護もあり、自身の攻撃は確かにヴォ・ルシェを傷つけることが出来ている。少しずつではあるが、倒すのが無理にも思えたドラゴンの命を削ることに成功しているように見える。しかし……――
(決定的な一撃が……足りない……)
破壊した鱗のそこに突き立てた剣を引き抜きながら、ジュラードは血まみれの顔で苦く表情を歪める。それは自身の力ではドラゴンに対して決定打になる一撃が与えられないと、それに気づいた故の苦渋の表情だった。
「ジュラードっ!」
「!? ローズっ!」
呼ばれ、ジュラードは振り返る。視線の先にはこちらに駆けてくるローズの姿があり、彼は咄嗟に「お前、怪我は?!」とローズに聞いた。
「大丈夫、マヤに治してもらったから。それより……」
一度安全な場所に下がりつつ、ジュラードは自分の元へとやってきたローズの様子を観察する。確かに彼女の言う通り、先ほど受けたブレスの怪我などはマヤにある程度治癒してもらったようではあった。しかし治療が苦手なマヤなので治しきれていない怪我があちこち目につき、ローズの姿を客観的に見た感想だとまだ万全とは言えない状態である。
「ジュラード、この閉鎖空間でドラゴンを安全に仕留めるには剣で直接攻撃した方がいい。だから、ウネたちが気を引いている間に私がとどめを刺すから……」
「……いや、それは俺にやらせてくれ」
ローズの説明を遮り、ジュラードはそう彼女へ言葉を返す。その彼の言葉を聞き、ローズは目を丸くしてジュラードを見返した。
「だめだ。危険なことだから、私に任せてくれ。その代わりジュラードにはサポートを……」
ジュラードを心配するローズのその言葉に、ジュラードは一瞬微笑んで首を横に振る。珍しい彼のその表情にローズが気を取られていると、彼はローズの肩に手を触れ「俺がやる」ともう一度告げた。
「ジュラード……?」
「お前はまだ怪我が残っている。万全じゃないんだから、ここは俺に……任せて、ほしい」
「……」
ジュラードの言葉に驚いたように、ローズはじっと彼を見つめる。彼女のその視線を真正面から受け止め、ジュラードは無言でうなずいた。
そのジュラードの様子から何か察したらしいローズは、神妙な面持ちを一瞬見せた後、わずかに微笑んで小さく息を吐く。そうして彼女はジュラードの意思を尊重する返事を返した。
「……わかった。でも、無理だけは……どうか、しないで」
「お前が言うセリフではないと思うが……あぁ、無理はしないようにする」
ジュラードに突っ込まれて、ローズは思わず苦笑を漏らす。そうして彼女は「頼んだ」とジュラードに告げた。
ジュラードはその彼女の言葉に頷きつつ、「あぁ、でも」と言葉を漏らす。ローズは「どうした?」とすぐに問いを返した。
「任せてほしいと言った手前、言いにくいことなんだが……正直俺だけの力では、あのドラゴンに致命傷となる一撃は与えられない気がする」
自身の力不足をそう正直に告げ、ジュラードはローズが何かを言う前に「だから」と続ける。ほんの一瞬、その言葉を口にするのを躊躇したが、しかしジュラードは思い切ってローズに一つの頼みを告げた。
「お前の力を貸して、ほしい……」
「私の?」
「あ、あぁ……いや、お前の力というか……えっと……」
ウネとフェイリスが相手をしているドラゴンを横目に見つつ、ジュラードは緊張した面持ちで頷く。果たしてそれは可能なことだろうかと、そう頭の片隅に思いつつも、ジュラードはローズに自身が考えた作戦を耳打ちした。
「……出来る、だろうか」
「……」
ジュラードから作戦を説明されたローズは数秒考えるように沈黙した後、優しく微笑んで力強く「あぁ!」と頷く。本当に姿に似合わず頼もしい返事を返す奴だと、ローズの返事を確認したジュラードは思った。
「お前のように、うまくできるか自信がないが……」
「出来るさ、ジュラードなら。強いし、私は信じている」
「つ、強くはないが……強くないから、お前にこんなことを頼んでいるわけだし……っ」
信頼する言葉をローズから向けられ、ジュラードは照れたように僅かに頬を染める。こんな時に照れている場合ではないのにと自分に対して内心で突っ込みを入れ、「と、とにかく」とローズに言った。
「た、頼んだ……ローズ」
「うん。正直”それ”は、マヤに頼まないと出来ないことだけど……だが、任せてっ!」
◆◇◆◇◆◇
ルルイエの研究所は大体いつでも賑やかで喧しい。
その理由と原因は主にこの男であった。
「はいはーい、オレは焼肉がいいー! 最近疲れてたし思いっきりお肉食べて英気を養いたい!」
手に持ったビスケットの袋をブンブンと振り回しながらそう大声で主張するエルミラに、フェリードが嫌そうな顔で「昼間からですかー?」と抗議の声を返す。
「僕はパスタがいいんですけど」
「あ、私もパスタがいいです……っ!」
フェリードの主張に対してアゲハが控えめに同意をすると、エルミラは「えええー?!」と大げさにショックを受けたような顔をした。
「二対一じゃん! やだー、オレは焼肉が食べたい~! お、に、く~っ!」
「エルミラさん、残念ですがここは民主主義の国ですから……諦めてパスタにしてください」
「え、えへへ……ごめんなさい、エルミラさん」
「うわあぁぁ~んっ!」
フェリードとアゲハのそれぞれの言葉に対して、エルミラは諦めきれないように膝を折って泣き崩れながら「おにく~!」と叫んだ。
すると三人のいる研究所の一室に、イリスが呆れ顔を浮かべながらやってくる。




