古代竜狩り 66
ジュラードが顔を上げると、真っ直ぐに自分を見つめるローズと目が合う。ジュラードは答えに迷い、やがて「わからない」と曖昧な言葉を返した。
きっと、自分は恐くないはずはないだろう。だが今しがた自己分析したとおり、意図的に自分は恐怖を感じないよう務めている。そうする事自体が恐怖の証明でもあるが、しかし今は『わからない』と答えるのが、自分の気持ちに対して一番正しいようにジュラードは感じた。
ジュラードが答えた後、数秒の沈黙の後に再びローズが口を開く。
「私は正直……恐いと感じるよ」
「え……?」
何か意外な言葉をローズから聞いた気がして、思わずジュラードは疑問の眼差しを彼女へ向けた。
「恐い?」
ローズがドラゴンを恐れているなんて、ジュラードの目からはとてもそうには見えない。だが他人の内面なんて絶対にわかるはずが無いのだ。ローズもジュラードには見せないが、強大な敵に対する不安をその内に抱えているのだろうか。
だがそう考えたジュラードの予想は、ほんの少しだけ違っていた。
「そう、さっきもそうだった。お前がブレスをまともに浴びた時、すごく恐いと感じたよ。……私は、大事な人を失うのが恐い。大切な仲間を戦いで失うのは恐いんだ」
目を伏せ、ローズはそう答える。それはとても彼女らしい”恐怖”だと、そうジュラードは感じた。
いや、誰しもそれは同じかもしれない。自分だって、ローズたちに何かあったらと改めて思うと……それは凄く恐いことだ。
「人は普通、自分の死を想像出来ないらしいな。だから自分の死より、親しい他人の死を想像してしまう。普通こんな戦場にいたら、自分の身の心配を一番にするべきなんだろうが……でも……」
目を伏せたまま、ローズはそっと手を下ろす。気づけばジュラードの体の傷は癒え、治療は終わっていた。
「でも、だからこそ私はお前を……お前たちを守りたい。ううん、守ってみせる」
そう言うローズの眼差しがあまりに真っ直ぐで、真摯な彼女のその言葉を真正面から受け止めるのはほんの少し照れくさいものだった。
だけど彼女の言葉を照れ隠しに笑う事は――彼女が真っ直ぐ過ぎるから――躊躇われ、反応に迷ったジュラードはただ曖昧に頷く。だが彼のたったそれだけの反応でも、ローズは何か安心したように僅かに口元を緩めた。
他人を……いや、仲間を守りたいというローズの思いは嘘偽り無いものだろう。だからこそ彼女は先ほどドラゴンに襲われたジュラードを、自らの危険を顧みずに飛び込んで助けたのだ。
ローズは誰かを助け、守る為ならば自分の身を危険に晒すことを躊躇わない。よく考えれば、それはそれで危険なことだとジュラードは思った。
他者を守ろうとする彼女自身は、じゃあ一体誰が守るのか。他人の為に命を危険に晒す事を躊躇わないを、誰が。
「……なら、お前は……」
言いかけ、ジュラードは言葉を途切れさす。何か勢いで『お前は自分が守る』というとんでもなく恥ずかしい事を口走りそうになったのだ。しかし冷静になった彼は、それを寸でのところで飲み込む。
ローズは何かを言いかけて止めたジュラードに、不思議そうな眼差しを向けて「なんだ?」と聞いた。
「あ、いや……えと……」
今更恥ずかしいと自覚した台詞は言えないので、ジュラードは僅かに赤面しながら、ローズから目を逸らしつつ 答える。
「お、お前がもうあんな無茶しないように……その、怪我しないように気をつける……」
そう伝えるのがジュラードには精一杯だった。だがその精一杯でも、ローズには十分彼の思いは伝わる。
ローズは少し驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに目を細めて笑った。
「ん、そうだな……そうしてくれると、私も安心出来る」
「あ、あぁ……」
おそらくは自分を見て笑っているであろうことは予想できたが、しかしジュラードは気恥ずかしくてローズの顔を見れないままに頷く。
自分の顔が熱く、おそらくわかりやすいほどまたこの顔は赤面しているのだろう。それがわかったからこそジュラードは、ローズの顔をまともに見れなかった。
一方でローズはそんなジュラードの様子をまた気にすることなく、彼女は微笑んでいた表情を引き締めて立ち上がる。
「……そろそろ私たちも行こう、ジュラード」
「え? あ、俺はいいがお前は大丈夫なのか……?」
立ち上がるローズの足は、まだ僅かにブレスの名残が絡み付いている。ローズに治療してもらったジュラードちは違い、彼女自身は少し休んだ程度なのだ。虫の毒だってちゃんと浄化はしていない。いくら彼女の体にはハルファスという強力なサポートが宿っているといっても、ダメージが蓄積したまま戦うのは危険だし辛いはずだ。
「お前の怪我は……」
少し心配した表情でそう声をかけながらジュラードも立ち上がると、ローズは「大丈夫」と彼へ返した。
予想できたローズのその返事に、ジュラードは少し苦い顔をする。彼女の言う『大丈夫』は、『多少の無理は大丈夫』という意味だからだ。それくらいはわかるほどに、ジュラードもこの旅でローズのことを理解していた。
「あのなぁ……自分が万全じゃないなら、他を心配してる場合じゃないだろ」
ジュラードが眉根を寄せてそう正論を口にすると、途端にローズは「うっ」と苦い顔で言葉に詰まる。普段は年上らしくジュラードをリードする彼女だが、しかし今は珍しくまるでいつもと立場が逆だった。
「俺は行くけど……でも、お前はマヤかウネにちゃんと治してもらってからにしろ」
「でも……」
「またハルファスかマヤに怒られるんじゃないか?」
「うぅ、ハルファスは恐い……わかったよ……」
余程ハルファスの機嫌を損ねる事態が恐いのか、ローズは素直に頷く。そんな彼女を見てジュラードは少し笑い、そして彼は禍々しい黒の大剣を握り直した。




