古代竜狩り 65
一体何が起きたのか、即座には理解出来なかった。
もしかしたら、遠く離れた場所で祈った少女の願いが叶ったのかもしれない。ここには彼女が願った”神”も”聖女”もいたのだから。
ただ唯一、その祈りを本人たちは知らないだけで。
『……ォオォオオオオオっ!』
ドラゴンの頭部目掛けて、数発何かが撃たれる。ジュラードたちからは何が撃たれたのか判別出来なかったが、それは対竜用に作られた強力な特殊榴弾だった。
何者かが撃った榴弾は全て狙った箇所へと着弾し、大きな音と共に爆破し強烈な衝撃を生む。古から生きる賢竜といえど、竜討伐の為に作られた武器をまともに受ければ無傷ではいられない。
ドラゴンの巨躯が大きく右へとぶれる。ブレス は中断され、傾いたその体はそのままバランスを保てずに、重い音を立ててその場に崩れた。
「ふっふっふ……まーにあったようね!」
ダウンしたドラゴンをジュラードたちが茫然と見つめていると、ジュラードたちが降りてきた崖の上から、彼らのよく知った声が聞えてくる。
「ちょっと、ローズ! ついでにジュラード、無事でしょうねー?! 特にローズ、アタシの許可無くその体に傷作ってたら許さないわよぉ!」
小さいのによーく聞えるマヤの大声の叫びに、ジュラードとローズは声のした方へと視線を向ける。そこにはウネと、そしてあの巨大な射撃武器を担いだフェイリスが立っていた。当然マヤもいるだろう。小さすぎて、ジュラードたちの位置からでは姿は確 認できなかったが。
フェイリスの持つ榴弾砲から濛々と煙が上がっているのを見て、今自分たちを助けてくれたのは彼女なのだろうとジュラードたちは理解する。二人は顔を見合わせ、そして再びマヤたちの方を見た。すると突然ローズの目の前に白い光が発生し、その光の中からマヤが姿を現す。
「ま、マヤ……来てくれたのか」
目の前に現れたマヤにローズが僅かに口元を緩めてそう声をかけると、マヤは何か不満そうな表情で「当然でしょ」と答える。そして彼女はじろじろとローズを観察しながら、こう続けた。
「ちょっと前にウネたちも目を覚ましたのよ。そのタイミングでうさこが泣きながらアタシらんとこに来るから、急いで駆けつけたってわけ」
「うさこが……そうか、うさこは助けを呼びにいってくれていたのか」
どうやらジュラードたちが戦っている間にうさこはマヤたちの元へと戻り、そして目を覚ました彼女らをここまで案内してくれたようだった。
「そうよ~、せいぜいうさこに感謝しなさい。甘くて美味しいイチゴでも買ってあげることね。ま、それはいいとして……ローズぅ」
マヤは何故か恐い顔で、ローズに顔をぐいっと近づける。そんなマヤの様子に、ローズは「な、なんだ?」と戸惑いを返した。
「ローズ、なにアタシに許可無く体をキズモノにしてんのよ……許さん」
「き、キズモノって言い方は止めろよ。だって仕方ないだろう……!」
困った表情でそうマヤに言葉を返すローズは、「とりあえず今は彼の怪我とか治したいんだけど」と、不機嫌が治まらないマヤに訴える。
「怒るのはその後にしてくれ……出来れば怒らないでいてくれると一番嬉しいんだけど」
「んもー、仕方ないわね。じゃ、その間はアタシたちであのドラゴンを何とかしといてあげる」
ローズの頼みに、マヤは渋々といった様子で頷いた。そうして彼女はそろそろ動き出しそうなドラゴンへと視線を向けて、ローズに言う。
「ほらローズ、早くジュラード修理しちゃって。終わったらあなたの怪我も治してあげるから」
「……修理って、俺は機械かよ」
マヤの冗談なのか本気なのかわからない言葉に、ジュラードは苦しげな表情ながらしっかりと文句を返す。そのジュラードの様子を横目で見て、マヤは「それだけ元気なら、あんたも大丈夫そうね」と笑った。
そしてマヤはローズたちに背を向ける。彼女の視線の先では、すでにドラゴンがダウン状態から回復して体を起こしていた。そしてそのさらに向こう側では、フェイリスたちが下りてくる様子が小さく見える。
「ジュラード、一先ずはマヤたちに任せよう。私たちは安全なところで治療を……少しだけ、歩けるか?」
「え、あ、あぁ……」
立ち上がったローズに手を差し伸べられ、ジュラードは少し戸惑いつつもその手を握り返す。
本当は立つのが辛いのはローズの方だろうと思いながら、ジュラードは「すまない」と小さく呟いた。
強力な砲撃から回復したドラゴンが再び動き出し、その迎撃に合流したウネやフェイリスたちが行動し始める。結果激しい戦闘がまた始まったが、ローズとジュラードは安全な場所を見つけてそこへ一先ず避難をした。
高濃度マナ水が溜まっている傍の岩陰に隠れるように待機し、ローズは凍傷になりかけていたジュラードの全身に治癒魔法を施す。
暖かい光に体が包まれ、それによって凍えていた体がゆっくり癒されるのを感じながら、ジュラードは激しさを増す戦いの様子に視線を向けた。
「……すごいな」
「え?」
思わず呟いたジュラードの言葉に、彼を治癒する手は止めずに、ローズが疑問の眼差しを向けて反応する。ジュラードはローズへ視線を戻し、誤魔化すように苦く笑った。
「ドラゴン……今改めて見て、凄いって思っただけだ。あれがギガドラゴン……旧時代から生きる存在なんだなって……」
激しい砲撃の音と衝撃が周囲を揺らし、魔術で作られた炎の嵐の熱波がジュラードたちの元にまで伝わってくる。そしてドラゴンの操る二種類のブレス攻撃による吹雪と火炎が、辺りで絶え間なく舞い踊っている。一度安全地帯へ非難してみると、こんな地獄のような戦いの場に自分がいる事が信じられず、ジュラードはもう一度「すごいな」と呟いた。
「これが、ギガドラゴンと戦うってことなのか……」
たった今死に掛けたことさえどこか現実離れしていて、ジュラードはぼんやりとしながら戦場を見つめる。きっと、その死に掛けた経験が今自分の脳を麻痺させているんだろうと、ジュラードは暴れ狂うドラゴンを見ながらそんな事を考えた。
そして、多分今はそれでいいのだ。死の恐怖に対してはそうやって麻痺していた方が、自分には都合がいい。この戦いをしっかり現実だと脳が認識したら、今のブレスを受けた恐怖が引き金になって、自分はドラゴンを恐れて戦えなくなってしまうかもしれない。ある程度現実離れしていると考えていた方が自分は戦えると、ジュラードはそう思った。
ローズはそんなジュラードを観察するように眺めながら、治癒を進めていく。しかし不意に治癒に集中しているはずの彼女の唇が動いた。
「……恐いか?」
「?」




