古代竜狩り 64
思わずローズが叫ぶ中で、ジュラードがさらに後退する姿が見える。しかし明らかに氷のブレスをまともに浴びていた彼は、何とか完全に凍りつく前に回避は出来たものの、その顔色は蒼白なものになっていた。
後退した先で膝を付くジュラードの姿を見て、ローズは急いで彼の元へと走る。途中、視界の端にドラゴンが再びブレスを吐こうと、息を大きく吸い込む様子が見えた。
「ジュラード……っ!」
明らかにドラゴンの目付きはジュラードにトドメをさそうと、彼を狙っている。しかしジュラードは気づいていないのか、膝をついたまま動かない。いや、動けないのか。
体の深くまでを凍て付かせるブリザードを全身に浴びたジュラードのダメージは大きく、彼は僅かに顔を上げてドラゴンの姿を確認する。だが自分を狙っているのを確認しつつも、冷気に包まれた彼の体は二度の回避には動けなかった。
そしてジュラードの目の前で、頭上高くにあるドラゴンの口腔が大きく開かれる。同時に周囲の空気が再び凍えるものに変化する。死の吐息は、またも白く冷たいもののようだ。
「っ……!」
恐るべき攻撃が来るとわかっているのに、体は動かない。ただ確実に襲い掛かる死を、受け入れるかのようにジュラードは見つめた。
スローモーションのように、世界がゆっくりと流れる。ここで終わりなのだろうか…終われるはずがないのに。
まだ、妹を……リリンを助けていない。自分を待って、信じてくれている大事な家族がいるのだ。
突然に体が動いた。違う、動かされたという方が正しいか。
誰かに突き飛ばされるようにして、ジュラードの体は後方へと飛ぶ。直後に彼がしゃがんでいた場所には、冷たい死の吐息が強烈な寒さを伴って吐き出された。
「ッ……ロ、……ズ……」
自分に覆いかぶさっている存在に、ジュラードは途切れ途切れに声をかける。自分よりも一回りも小さい体で、突き飛ばすようにして自分を死から救ってくれたのはやはりローズだった。
「……ジュラード、無事か」
体を離し、ひどく真剣な声音でローズが問う。だがジュラードは咄嗟には返事が出来なかった。
茫然としたように、ジュラードはローズを見つめる。自分を助けた彼女があまりにも――好意とか、そういった感情の意味ではなく――美しいと感じたからだった。
ハルファスがサポートしているとはいえ、戦いに不釣合いな体で、だけど彼女は時に他者を守りつつ最前線で戦う。
いつも優しげな笑顔の顔は、今は戦する戦士の表情となって、そこには他者の命を奪うことの覚悟が現れている。
無垢な印象さえもつ儚げな女性なのに、争いなどとは無縁そうなその姿で彼女は命のやり取りをする戦場に立っているのだ。そのギャップは、改めて気づくと強い印象を見るものの心に残した。
だから、だろうか。血と泥で体を汚していても、傷だらけでも、どれだけボロボロでいようと彼女は美しかった。
「ジュラードっ」
「!?」
ローズに強く呼びかけられ、ジュラードはやっと意識を現実に戻した。
ハッとし、そして咄嗟に「すまん」とジュラードは小さくローズへ言葉を返す。そして彼はローズの右足の異変に気づいた。
「ローズ……お、前、それ……」
未だ凍て付く寒さから回復しない震える声で、ジュラードはローズへその事を伝えようとする。彼の心配した声と様子に、ローズは彼が何を伝えようとしているのか直ぐに気づいて小さく微笑んだ。
「あぁ、私は大丈夫だ。ちょっと掠った程度だからな」
ローズの右足首から下が凍りついているのを見て、ジュラードは彼女もまた先ほどのブレスを受けてしまったのだと知る。それも自分を助ける為に、より威力が高く危険だったブレスに、掠った程度といえど当ってしまったのだ。
掠っただけで凍りつくような攻撃を受ける危険の中、躊躇い無く自分を助けに来た彼女に感謝と申し訳ない気持ちが湧く。どちらかというと、後者の感情の方が強かった。
しかしドラゴンはジュラードに後悔と反省をさせる暇など与えない。ジュラードたちが無事だということを確認したドラゴンは、今度こそ息の根を止めようと殺気を漲らせる。しかも今度は二人一緒に、まとめて止めを刺す気であった。
「ローズ、あぶ、な……っ」
ローズの背中の向こう側に見えたドラゴンの聳える姿に、ジュラードは咄嗟にローズを庇おうとする。だがまだ体は自由に動かない。ひどくもどかしく、そして情けない気持ちだった。
ドラゴンの開かれた口腔に、赤い光が宿る。二種類のブレスを使いこなすことがわかったが、今度は灼熱の炎で二人を葬り去ろうとしているのだろう。
「!?」
ローズも背後に感じた赤い輝きと熱に、背後を振り返って目を見開く。だが自身も足を負傷した今、ローズも咄嗟には動けない。
凄まじい爆音が響いた。
「……おにい、ちゃん?」
ふと、リリンは病室の窓を眺めながらそう呟く。
何故急に自分は、兄を呼んだのだろうか。わからないが、何故か急に兄の事が心配になった。いや、心配は常にしているのだ。いつでも自分は兄の身を案じている。
だけど、今はそういういつもの心配ではなく……何か予感のように不安になったのだ。何故だろう……そう不安を感じた事自体が、リリンにはひどく嫌な予感に感じた。
「……」
病院に移ってからの体調は悪くない。少なくとも、孤児院に居た時よりは悪化はしていない。だから自分は大丈夫だと兄に伝えたかった。妙な胸騒ぎがする自分を安心させるためにも、今直ぐに兄に会って顔を見たいと思った。
だけどそれは叶わない。兄は自分の為に今も頑張っているはずだから……自分が本当の意味で『大丈夫』と言えるように彼は、皆と共に頑張ってくれているのだ。だから我侭は言えない。
「お兄ちゃん……大丈夫、だよね」
リリンはそっと呟いた後、小さく目を瞑って指を絡ませ両手を組む。それはユエに教わった祈りの仕方だった。
「ねぇ、お願いです……神様でも聖女様でもいいから、どうかお願いします、お兄ちゃんを守ってください……お兄ちゃんが無事に私のとこに帰ってきますように……」




