世界の歪み 6
日が暮れ、店を片付け終えると、その日はいつもより多い人数での夕食となる。
「なんかすみません、私まで夕飯ごちそうになっちゃって!」
「いいよ、あんたには今日けっこー手伝ってもらったし」
「それにしても、アーリィさん夕食何作ってくれたんだろう。楽しみだな」
「ぶー。いいなぁ、ミレイも食べてみたい……」
居間に集まったユーリたちは、アーリィの作った食事がテーブルに並ぶのを待つ。ミレイだけは皆の傍で一人大人しく本を読んでいた。
すぐにアーリィが「お待たせ」と言って大きな鍋を重そうに持ってくる。どうやらその鍋が、今日の夕食のメインデッシュのようだった。
「今日はね、皆来るからちょっと新しくて珍しい料理にチャレンジしてみた」
そう言ってアーリィは皆が取り囲むテーブルの真ん中に鍋を置く。何か嫌な予感を感じたユーリが「何作ったんだ?」と聞くと、アーリィは「東方の料理」と答えた。
「前にローズから聞いた料理。美味しく作れたかはわかんないけど……多分レシピは合ってると思う。あ、でも多少自分なりにアレンジもしたよ」
そう言って自信満々なアーリィに、ますますユーリは不安になる。ここ数年で安定して平均点の味を出せるようになったアーリィの料理だが、『初めて作った』系は大体とんでもない味になる事が多いからだ。なので彼は事前にレイチェルたちへこうこっそり伝えた。
「レイチェルにアゲハ、先に言っとくけどな……家には強力な胃薬があるから大丈夫だ。だからたとえ危険な味の料理だったとしても我慢して食ってくれ」
「え……あの、ユーリさん?」
「それ、どういうこと……?」
何か不吉な予感のするユーリの言葉に、アゲハとレイチェルは途端に顔色を悪くする。ミレイがアーリィに「なにつくったのー?」と無邪気に聞いている間に、ユーリはレイチェルたちへの説得を続けた。
「いいか、アーリィの料理は上手い下手かで言えば……運だ!」
「上手い下手かで言えてないよ!」
「とにかく何年か食ってきた俺は、死にはしないってことは理解した。運が悪いと味が強烈だったり、妙な具材が入り込んでたりするけどそれだけだから。薬飲んで一晩寝ればどうってことない」
「それだけって言われましても……」
ユーリは「とにかくすっげー落ち込むから、不味くてもストレートに『不味い』って言わないようにしてくれ」と二人に頭を下げる。レイチェルとアゲハは互いに顔を見合わせながら、仕方なく覚悟を決めた。
「まぁ、僕らも昔にエレ姉の料理とか食べて、それで耐性つけてると思うし……」
「そ、そうだよね……大変な味でも食べれない事も無いよね……多分」
「皆、何コソコソとお話してるの?」
アーリィが首を傾げて問うと、ユーリたちは慌てて「なんでもない!」と口を揃える。アーリィはそんな皆の様子を不思議に思いながらも、「まぁいいや、鍋開けるよ」と言った。
「いくよー……」
皆が固唾を呑んで、鍋の蓋が開かれるのを待つ。そして「えいっ!」と言ってアーリィがついに鍋の蓋を取り、東方出身のアゲハがその中身を見て衝撃を受けたように声を上げた。
「こ、これは!」
鍋の蓋を開けて白い湯気と共に現れたのは、薄い色の茶色いだしで煮込まれた野菜やたまごや、他に沢山の食材だった。
漂う香りは食欲をそそるものだが、果たしてこれは無事に食べきる事の出来る料理なのだろうか。
「ん? なんだこれ」
「さぁ……僕はわかんない。煮物?」
「これはアレですか?! もしかして、”おでん”!」
首を傾げる男達の一方で、アゲハが気づいたようにそうアーリィに聞くと、アーリィは「そう、それ。おでん」と笑顔で頷く。
「おでん?」
「面白い名前の料理だね」
「おでんー、おでんー、みれいにもみせてー!」
ユーリたちが興味深そうに料理を見ていると、アゲハが笑顔で「おでん、実家でよく食べたので懐かしいです」と呟く。が、次の瞬間彼女の表情が変わった。
「あれ……でも、なんでこれいちごやビスケットが入ってるんでしょうか? こっちには……え、アップルパイ……?」
自分の知るおでんの具の他に、『まさかそれを入れるか』という具材の姿をちらほら見かけて、アゲハはちょっと笑顔を引きつらせた。そしてアゲハのその様子に、ユーリたちも若干嫌な予感が的中してしまったようだと気づく。
「アーリィ、ちょっと素朴な疑問なんだが……何故いちごやアップルパイを煮立たせたんだ?」
「ローズがね、おでんの作りかた聞いたときに『他にも好きな具材入れて作るといいよ』って言ってたから。だから好きなもの色々入れてみた。さすがにケーキは形崩れそうだったから入れなかったけど」
アーリィがそう満面の笑顔で言うと、ユーリが「ローズ、あの野郎余計な事を……」と小さく呟いた。しかしケーキが入らなかったことは幸運だと思いたい。
「とにかく食べてみて。味見したけど、微妙に美味しかったから」
「微妙に美味しかったんだ……じゃあ食べれるな」
ぐつぐつ煮えたぎるアップルパイを見ながら、ユーリは乾いた笑顔で「いただきます」と言う。レイチェルとアゲハも、食べるしかないので覚悟を決めてスプーンを握り締めた。