古代竜狩り 59
「ま、でも我慢するー」
困ったように笑うローズに、マヤは頬を膨らませてそう言う。そして彼女はキッと恐い顔で、今度はジュラードを睨むように見た。その悪魔のように恐ろしい形相に、思わずジュラードはビクッと肩を震わせて怯える。
「!?」
「ジュラード、わかってるんでしょうね? ローズに迷惑かけたら……」
マヤはジュラードを睨む……というより、何か見下すような目付きで見ながら「犯すわよ」と何か恐い事を言う。ジュラードは反射的に「迷惑かけない!」と、マヤに返事をしていた。
「よろしい。……んじゃ行ってらっしゃい、二人とも」
今の脅しが冗談だったのか本気だったのか不明だが、マヤは笑みを浮かべて二人に手を振る。だがその眼差しは心配していると、二人ともそれに気づいた。
「大丈夫、ちょっと様子見に行くだけだし。心配するな、マヤ」
「あぁ……」
「そうは言っても、フツーは心配しちゃうもんよ。まぁ、信じてるわ。無茶しないでね」
マヤに手を振り返し、ローズは燃料ランプに明かりを灯してジュラードへ「行こう」と声をかける。ジュラードは頭にうさこを乗せて、「あぁ」と彼女に頷き返した。
マヤたちの元から少し離れ、ジュラードとローズはドラゴンの声がした方向へと進んでいた。
先ほどの咆哮と揺れを頼りに進んでいくと下へ下る階段を見つけ、ローズとジュラードは顔を見合わせてどうするかを考える。
「行くのか?」
ジュラードがそう問いかけると、ローズは少し考えるように沈黙してから「行こう」と彼に返事を返した。
「ただ……なにかこの下から嫌な気配というか……すごく危険な予感がするから、慎重に進もう」
「あ、あぁ……」
ローズの感じる嫌な気配というのは、ジュラードもまた感じていた。下層へと続く階段の闇の先に、何かそういう気配を確かに感じるのだ。それがひどく危険なものだというのは、ジュラードにさえわかってしまう。
「ジュラード、私の傍を離れるなよ」
自分に背を向けたままでそう告げるローズに、ジュラードは頼もしさを感じると同時に情けなさを感じる。
(……普通ここは俺がそういう事を言うべきじゃ……)
マヤとは違う意味で男らしいローズに何か悲しくなりながら、ジュラードは「わかってる」と彼女の背中に返事を返した。
「うさこも、なるべく喋らないようにな……じゃ、行くぞ」
「きゅぷっ……」
ローズが慎重に階段を下りはじめ、ジュラードもその後に続けて進みだす。
深淵のさらに奥底へと続くような階段の先は、ローズが持つ照明具の乳白色の明かりだけが頼りで、ジュラードはうっかり足を踏み外したりしないように一段一段を慎重に下りた。
階段は今まで下ってきたものよりもずっと長く、長期間放置されたそれはいつ崩れてもおかしくないような有様ではあったが、しかしローズもジュラードも無事に階段の裁下段にたどり着く。
「……なんだかすごく広いな……」
階段を下りて、周囲を照明で照らしながらローズがそう口を開く。確かになにか急に周囲の通路が広くなり、雰囲気が変わったようにも思えるとジュラードは感じた。
今までも広い通路はいくつもあり、中にはドラゴンが移動できるような広さのものや空間も、いくつも目の当たりにしてきた。だが明らかにここはそれらの場所よりも天井が高く、通路の幅も広い。その広さは、ほとんど周囲は暗闇だというのに、物音の反響や雰囲気だけで感じられるほどだ。
「……?」
ふとジュラードが傍の壁に手を当てると、その感触の違和感に思わず足を止める。ローズがそれに気づき、同じく足を止めて「どうした?」と小さく彼に声をかけた。
するとジュラードは「いや、なんかここ……」と、壁を手のひらで擦りながら口を開く。
「なんか周囲の壁がやけにぼろぼろというか……」
ジュラードの言葉にローズも壁へ視線を向ける。彼女は持っていた照明で壁を照らしながら、「戦闘の跡とかか?」と言った。だが明かりに照らされた壁の様子をよく見ると、二人の表情が変わる。
「いや、これは戦闘の跡とかじゃない気がする……」
「そうだな……これはそうじゃない。何か削ったような……いや、削って道を広げた感じ……?」
戦闘によって荒らされたと言うよりは、むしろ固い岩盤の岩肌を削って通路を拡張したようなふうにも見えた。だが人がやったにしてはその削り方は荒く、ここより上の階層とは明らかに様子が異なる。
「なんだろう……なんか上の階とは違って、ずいぶん乱暴というか……綺麗な削り方じゃないけど……どういうことなんだろうな」
そう呟いて首を傾げるローズだが、ジュラードにも彼女の疑問の答えはわからない。だがふと彼は思った。
「……もしかして、これ削ったのってあの半竜なのかも」
「え?」
ジュラードの呟きに、ローズは目を丸くする。そしてジュラードは続けた。
「人がやったにしては、ちょっと乱暴すぎるだろ? 大体他の階はもっと綺麗に道が作られてるし……でもここだけなんか違うじゃないか。こんなこと出来るのって、人以外にはここじゃ半竜しかいないと思う」
確かにジュラードの言う事も理解できるとローズは無言で頷く。半竜は人のように道具も使えるし、身近な材料で道具の開発もするらしい生き物なのだ。ならば人のように、こうのような地下を開拓していくことも不可能ではないだろう。
そしてよくよく見れば、地面も何か手が加えられたような跡が見受けられる。道を補修したか、あるいは整えたかのように平たい石が敷き詰められている床は、やはり他の層とは違った形で手が加えられている様子だった。




