世界の歪み 5
防衛に出た人々の活躍のお陰で、何とか魔物は全て倒し列車は守られる。
”魔法”を使い列車に向かって来た未知の魔物を全て倒し終えた後、ローズは今度は今回の戦いで負傷した人を助けようとしていた。
「あんた、さっきの炎は一体何なんだ?!」
「あなた何者なの?!」
そう大勢の人がローズに詰め寄る中で、ローズは「それよりも怪我人を治療させてください!」と叫ぶ。彼女は魔獣との戦いで怪我を負ったり、先ほどの炎の魔物に大火傷を負わされた人々などに向けて大きく声を向けた。
「皆さん、私は怪我なら治す事が出来ます! 重症の方から治療していくので、怪我をした人は私の元に来てください!」
ローズのこの言葉を聞いて、マヤが物凄く嫌そうな顔をする。こうなることは予想済みだったとはいえ、やはりマヤは呆れてしまう。そしてそれ以上に彼女は、人々を癒そうとするローズを心配した。
「無理すんなって言ったのに、全然わかってないんだから……はぁ、また倒れても知らないわよ?」
同じ魂の形を持つのだから、誰かを癒す力を自覚したローズがその後にどういう行動を取るかなんて、マヤには容易に想像がついた。しかしそれでもローズを止める事が出来なかったのは、自分の甘さであり弱点だろうとマヤは思う。ローズの強固な意思を止める事は、彼女には出来なかった。
「治す? あんたは医者か?」
「いえ、そうじゃないんですけど……」
「じゃあ一体どうやって治すと言うの?」
「……とにかく私を信じてください。お願いします。今は説明している時間は無いんです」
頭を下げ、ローズは質問する人々を押しのけて、先ほど蒼い炎に焼かれて全身に大きく火傷を負った人の下へ走る。見たところ一番の重傷はこの火傷を負った壮年の男性のようだと、そう彼女は判断したのだった。
「大丈夫です、今助けますから!」
体を蝕む炎は消えたが、しかし全身に火傷を負って苦しみながら地面に倒れる男性に駆け寄り、ローズは彼を励ますようそう声をかける。かろうじて意識のあるその男性は、薄く目を開けて弱く呟いた。
「あ、ああぁ……あ、りあ……さま……」
「!?」
男の呟きにローズは一瞬驚いて動きを止めるも、また直ぐに動き始める。彼女はもう一度「大丈夫」と言い、今度は彼女自身が魔法を紡ぐ呪文を唱えた。
『TREAtMeNThealFASt.』
魔術師の武器であるロッド同様に魔法制御も可能にしたオーダーメイドの大剣は、彼女の紡ぐ癒しの呪文に反応して全体を薄い青に輝かせる。直後に男の寝そべる地面に、男を中心として青い円形の魔法陣が出現した。
ローズが発動させた治癒魔法に人々はまた驚愕し、彼女の周囲に野次馬となって成り行きを見守る。ジュラードもその一人となり、うさこと共に男を治療するローズを見守った。
男の体が魔法陣から溢れ出す青い光に包まれ、その輝きは彼の焼け爛れた皮膚を高速で再生させる。そうして早送りの映像のように火傷を負った男の肌が治っていくのを見て、周囲の人々はローズの『怪我を治すことが出来る』という主張を真実だと信じざるを得なくなった。
「……はぁ……これで……」
男の治療が終わり、彼の焼け爛れた皮膚が再生されたばかりの新たな色になったのを見ると、人々は驚きと疑問の声を上げる。実際治療された男も、たった今まで苦痛に苦しんでいたのにその痛みがほぼ無くなり、そして皮膚が治っていることを確認するとローズに驚愕の眼差しを向けた。
「なんと言う奇跡だ……アリア様……アリア様の奇跡だ……」
「あ、えーっと……」
男の眼差しが何か自分を神聖視するものに変わり、ローズは非常に戸惑う。
確かに自分はアリアなのかもしれない。でもローズだし……と、彼女はどう返事したらいいのか悩んだ。
(こうやってアリアは、人々の間で神聖化されていったのか……)
アリアなんて、三年前の自分にはただ漠然と『そういう人がいた』程度の認識だったのに、今では自分と彼女は切り離す事が出来ない関係になってしまった。いや、それがわかったと言うべきだろう。
しかし自分を『アリア』と呼ばれる事は少しだけ辛いかもしれないと、そうローズは感じる。まるで今の自分を否定されている気がして……きっとかつてのアーリィもこんな気持ちで苦しんでいたのだろうかと、ローズはふとそう思った。
「アリア様? 確かに彼女のあの瞳の色、アリア様と同じ見たこと無い真紅ね」
「顔もそっくりだ……いや、そっくりなんてもんじゃない! 思い出した、アリアだよやっぱり! さっきの火といい、アリアなんだよ彼女は! かつて奇跡で人を救ったっていうあの聖女だ!」
「すごい! でもなんで聖女様がここに? どういうことなの?」
「なんでもいい、俺の怪我も治してくれ! あんたの奇跡で! 頼む!」
人々が騒ぎ立てながらローズの周囲を取り囲み、ローズは驚く。まさかこんな大混乱になるとは思わず、ローズはマヤに「ど、どうしよう」と聞いた。しかしマヤは呆れた様子で「しーらない」と答える。
「いつの時代も人間ってのは奇跡が好きよね……ローズ、く・れ・ぐ・れ・も、無理だけはしないようにね。これ以上無理してまたぶっ倒れたりなんかしたら、お姉さまブチ切れるわよ」
「そう言われても……あ、怪我は治します! 順番に! 重症の人から! いえ、怪我だけ……お金持ちにしてとか、そういう願い言われても困るし……き、奇跡って、私何でも出来るって訳じゃないですから!」
それからのローズを取り囲む人々の混乱は凄かった。怪我を治すローズを見て何を勘違いしたのか、彼女に色んな願いを叶えて欲しいと伝えたり、拝み始めたり握手を求めたりサインを求めたり……。
「……なんか、あいつも大変だな」
「きゅい~……」
混雑していたのでちょっと離れてローズの様子を眺めていたジュラードは、思わず同情を含みながらそう呟く。彼に同意するように、うさこもどこか寂しげに鳴いた。
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