古代竜狩り 46
(なにか弱点があれば……)
自分でも攻撃でダメージを与えられそうな弱点は無いのかと、ジュラードは薄暗い中に浮かび上がる銀のドラゴンを注意深く観察する。だがその弱点を探す暇を与えまいとするように、再びドラゴンが攻撃に動いた。
ドラゴンが鋭利な牙が光る口を大きく開ける動作が見え、ジュラードは背筋が凍りつくように冷たくなるのを感じる。ドラゴンの多くは”ブレス”と言う特殊な攻撃をするということくらいはジュラードも知っているが、その前兆動作としてドラゴンは口を大きく開けて空気を吸い込むような動きを行うのだ。
咄嗟に非常に危険なブレス攻撃がくると思ったジュラードは、ブレスの届かない攻撃の範囲外へ逃れようと考える。しかしドラゴンのブレスとは非常に広範囲で、こんな密閉された狭い場所で発せられたら逃げようが無い。まして今自分はドラゴンの真正面にいるのだ。
(にげ、られない……)
せめてうさこだけでも逃げて欲しいと思いながら、ジュラードは大粒の汗を額に滲ませて覚悟する。しかし幸か不幸か、ジュラードが予想したブレス攻撃は襲ってはこなかった。
突如として坑道内に響くドラゴンの咆哮。それはただの雄叫びなどではなく、空気を震わせるほどの衝撃波だった。
「っ……!」
咄嗟に耳を塞いでも、鼓膜が破れそうなほどの叫びがジュラードを襲う。ビリビリと痺れるような空気の振動が、真正面から襲い掛かった。
あまりの衝撃の波動に、平衡感覚をも狂わされる。立っていられなくなり、ジュラードは思わずその場に膝をついた。その隙を待っていたかのように、咆哮を止めたドラゴンが不吉な殺意の宿る眼差しでジュラードを見据えて、再び突進の構えをとる。
「きゅいいぃーっ!」
ジュラードに迫る危険を知らせるように、うさこの叫びが坑道内に響き渡る。はっとして顔を上げたジュラードの目の前に再び迫り来るドラゴンの姿があった。
逃げなくとは、と、瞬間的にそう思うも体が思うように動かない。何とか立ち上がりはするも、まだ足がふらつくうえに手先がびりびりと痺れる。今度こそ絶望的な状況だった。
『コオオォオオォォォォォォッ!』
銀の弾丸のようにドラゴンが迫る。それをただ見ていることしか出来ないジュラードは、死をそこに意識しながらもどこか他人事のようにもそれを感じていた。
いざその瞬間が迫ると、実感が湧かない。出会いのきっかけになったローズに助けられたあの日も、致命傷となる攻撃を受けながらも死をどこか他人事のように自分は感じていた。
ただ考えた事はリリンの事だけで、自分が死んだらローズたちが妹を助けてくれるだろうか……と、ジュラードはそれを一瞬に思う。
そうだ、今はローズたちがいる。自分が死んでも、リリンが助かる希望はあるのだ。
(……だったら)
何も出来ない、ただ運命を受け入れるしかないジュラードに、ドラゴンが口を開けて迫る。坑道の闇のような大穴が眼前に広がり、熱を帯びたドラゴンの息が肌に感じられた瞬間だった。
――……本当に、君はそれでいいの?
目の前で光が弾ける。闇を塗りつぶす、眩いほどの真っ白な色。
「……?」
覚悟していた死の痛みは無く、ただ視界が強烈な光に覆われて目を開けていられなくなる。
何がなんだかわからないまま、ジュラードは目を閉じたまま”声”を聞いた。
『君の覚悟ってそんなものだったの? 望みを他人に託して納得する程度のものだったわけ?』
「……だ、れ……」
頭に直接声が入り込むような感覚で、その”声”はジュラードに語りかける。
誰の声なのかわからない。だけど、何故か聞いた事があるようにも感じた。
『ねぇ……君は”お兄ちゃん”で、大切な妹を助けたいんでしょ?』
「……」
本来ならもうとっくにドラゴンに食べられるなりなんなりして死んでいるであろう自分に、謎の声は苦笑混じりの声でそう語りかける。でもその声音はどこか優しかった。
『……本当は君のことなんてどうでもいいんだけどね』
一瞬、強烈な光が和らぐ。ジュラードはゆっくりと目を開けた。
視界に入ったのは、光。だけどその光の中に、ジュラードは誰かの笑顔を見た気がした。
『君がここで死んじゃうと、マヤと……もう一人、あの馬鹿が悲しむからね。特別、だよ?』
そう意味深な言葉を残して、光は消える。いや、そうではなかった。拡散した光はジュラードの周囲に集まり、彼の体に吸い込まれる。直後に体が軽くなり、ジュラードは自然と真っ直ぐに立ち上がっていた。
不思議と疲労も無く、ジュラードは茫然としながら自分の左手の平に視線を落とした。
「……マヤ?」
謎の声が語った知る人物の名を呟き、ジュラードはそういえばと思う。
光の中でおぼろげに見た”誰か”が、何となく彼女に似ていたような気がした。
「きゅいぃー!」
「!?」
突如として起きた不思議な出来事にまだ茫然自失としていたジュラードだったが、うさこの呼ぶ声で意識がはっきりと現実に戻る。
そして彼はハッとした様に、目の前にいるはずの敵を見た。するとドラゴンは強烈な光に目がくらんだのか、ジュラードに突進するはずだった恐ろしい姿勢から一転して、目の前で身を縮めてその場で動かなくなっていた。
「……」
相変わらず今の出来事の全てがジュラードには意味不明だったが、しかし最悪のピンチは一転してチャンスへ変わった。今の好機を逃してはいけないと、ジュラードは右手に握り締めていた剣を両手で構えるように握った。
そして彼はもう一つ、その変化にも気づく。
「なっ……?」
右手に無造作に持っていた大剣が、何故か僅かに白い光の粒子を纏っていたのだ。先ほど自分の体に吸い込まれて消えた光といい、一体これは何を意味しているのだろうか。
しかし意味はわからなくとも、何かコレが特別な力なことはジュラードにも直感でわかる。彼は今は深く考えるのはよそうと、今度こそ剣を構えた。
ドラゴンが起き上がろうとしている。濁った銀の眼差しを再び獲物であるジュラードへ向け、怒りに深く息を吐き出す。瞬間、今度はジュラードがドラゴンへ向けて駆け出した。




