古代竜狩り 45
「違う……いなくても、頑張らなきゃ……俺だって戦える……リリンを救うんだから……っ」
一人でこんな大きなドラゴンに挑むなんて、馬鹿な選択だとジュラード自身も思った。無謀すぎるのだ。
だけど無謀と言うならば、そもそも一人で孤児院を飛び出した時から自分は無謀だ。無謀だったけど必死だったし、それに結果的にローズたちに出会うことが出来た。
「やってみなきゃ……わかんないだろ……っ!」
自分を奮い立たせる意味でそう強く言葉を発したジュラードに、ドラゴンもまた挑む彼に応えるように低い咆哮を発した。
『オオオオオォォォォォォォォッ!』
空気を震わす雄叫びが響き渡ると、うさこが「きゅいいぃー!」と怯えた鳴き声をあげる。そんなうさこにジュラードは照明具を渡して、「お前に頼みがある」と声をかけた。
「きゅうぃ……」
「うさこ、これもっていい感じに立ち回って視界確保してくれ。俺が戦えるように」
「きゅいぃ!?」
ジュラードの突然の無茶振りに、しかしうさこは「きゅうぅ!」と真剣な表情で頷く。そんなうさこにジュラードは小さく笑い、「頼むぞ」と言った。
そうしてうさこはジュラードの頭の上から飛び降り、彼とほんの少し距離を置いた地点で照明具を抱え持ち待機する。恐がりながらも自分の使命を全うする気なうさこに、ジュラードは少し自分が勇気付けられるのを感じた。
(大丈夫……)
何度と心中で繰り返す、自分を励ます言葉。
そうしてジュラードは聳えるように立つ鋼色のドラゴンを正面で見据え、大剣を両手で握り締めて戦闘の構えを取った。
ジュラードの真っ直ぐとした視線の先には、同じく直線に眼差しを返すドラゴンの瞳。時間にして一秒か二秒の間だっただろうが、その見詰め合う時間がジュラードには異様な長さに感じられた。
どちらが先に仕掛けるかを探り合うような間の後、先に動いたのはドラゴンだった。
『ウオオオオオォォォォォォォォッ!』
再びの咆哮と共に、ドラゴンはその巨体から想像出来ない速さでジュラードへ向けて突進を始める。圧倒的な巨体が自分目掛けて突進するさまははっきり言って一生経験したくない恐怖だが、しかしジュラードは恐怖に飲まれて取り乱すことはしなか った。
ドラゴンといえば魔物の中でも最上級の強敵で、滅多に遭遇はしないが、遭遇したら死を覚悟するのも当たり前の恐ろしい魔物だ。
さらに今目の前にいるような巨大なサイズとなると、死の危険はいっそう増す。ジュラード自身がこんな巨大なドラゴンと戦った経験が無いに等しいので、そういう意味でも非常に危険な相手だ。
しかし今回ジュラードたちが討伐目標としているのは、このドラゴンよりなお大きく危険なギガドラゴンだ。巨大な竜を相手に戦う危険性と対策を、ジュラードはローズらから話だけは聞いている。
ジュラードはその話を聞いて学習したことを思い出して、なるべく冷静にこの強敵へ挑もうとしていた。
(ドラゴンは大きいほど攻撃が大振りになりやすい……ちゃんと見極めれば通常の攻撃は回避できる)
ローズにそう教わったとおり、ジュラードは迫り来るドラゴンの恐怖にぎりぎりまで耐えて、相手が急な方向転換の出来ない位置までドラゴンを直進させる。
そうして引き寄せたドラゴンがそのままジュラード目掛けて突進する寸前、彼は大きく横へ飛びのいた。すると案の定勢いのついたドラゴンは、横へと回避したジュラードを追うことが出来ずに、ジュラードが直前まで居たはずの場所へと真っ直ぐに頭から突っ込む。
硬質な鎧の鱗に守られた巨体が、突進の勢いのまま壁に激突する。先ほどの地震のような衝撃と轟音が空間内に響き、ジュラードは思わず上げそうになった悲鳴を何とか飲み込んだ。
「っ……!」
ドラゴンが突進したことで物凄い衝撃が生まれ、坑道の天井などがまた少し崩れる。それを確認し、ジュラードはもしかしてさっきの地震の正体もこのドラゴンなんじゃないかとわりと真剣に思った。
そして坑道内でこんなふうにドラゴンが日常茶飯事に暴れているとなると、この場所の耐久性はかなり疑わしい。はやくこのドラゴンをどうにかしないと、ドラゴンと一緒に生き埋めも十分ありえるとジュラードは青ざめた。
ドラゴンは壁に頭から激突したというのに、大してダメージは無いのか、通常の動作で体を起こす。ダメージは無いようだが、しかしジュラードを仕留めそこなったことに対する怒りのような感情が鋼色の瞳に映り、その眼差しで逃した獲物であるジュラードを改めて捕らえた。
だが完全に次の攻撃態勢へ移るまでに、ドラゴンはまだ時間がかかる。ほんの数秒ではあるが、ジュラードの方が次の行動へ移せる時間が早い。
ジュラードは両手で剣を握りしめ、体勢を立て直すドラゴンへ向けて反撃に走った。
「うっ……ぁぁあああぁあっ!」
うさこが照らす限られた視界の中で、ジュラードは大剣を振り上げてドラゴンの懐へ飛び込む。
一気に間合いを詰め、金属板のような鱗に覆われたドラゴンの後ろ足に、ジュラードは懇親の力を込めて大剣を薙ぎ払うように振るった。
「っ!」
刃とドラゴンの鱗が接触すると、激しい火花が一瞬スパークする。甲高い金属音のような音が坑道内に高く響き渡り、ジュラードの腕には接触の衝撃が強い反動となって伝わった。
見た目どおりの固いドラゴンに、ジュラードは一撃をお見舞いした後で思わず苦く顔を顰める。こんな手ごたえのドラゴン、一体どう倒せばいいのだろう。
一撃お見舞いすることは出来たが、しかしほぼダメージが無いように思える状況に、ジュラードは体勢を立て直しながらどうすべきかを考えた。
しかしその思考も、すぐに中断せざるを得なくなる。ドラゴンが体を大きく旋回させ、ジュラードを踏み潰そうと前足を振り上げたのだった。
「くっ……!」
大きい分俊敏さに欠けるドラゴンだったが、しかし大きいというのはそれだけで凶器だ。あんな大きな質量にのしかかられては、人間などひとたまりも無いだろう。
ジュラードは即座に横へと転がるようにして回避し、間近に感じる死の気配から逃れた。
回避する直前まで自分がいた地面が、ドラゴンの踏み潰しによって亀裂が生まれる。先ほどの突進同様に、一歩間違えればあっけなく死んでいただろうその状況を見て、ジュラードは一瞬茫然と恐怖に凍りついた。
しかし獲物を仕留めそこなったことに気づいたドラゴンがまた動き出すと、ジュラードも即座に起き上がって武器を構えなおす。
「きゅいぃーっ!」
うさこの応援のような鳴き声を近くで聞きながら、ジュラードは目の前に立ちふさがるドラゴンに剣の切っ先を向けた。
何も考えずに攻撃しただけでは、どうやらまともにダメージを与えることは出来ない。ならばどうするか……ドラゴンの動きを警戒しながら、ジュラードは再び考えた。
(なにか弱点があれば……)




