古代竜狩り 42
「いいな、それ! あ、でもやっぱアップルパイは本物が一番美味しいと思うし、『アップルパイ味』は本物とはやっぱ味が変わるだろうし悩む……」
そんなふうに妙な話で真剣に悩み始めたローズを横目で呆れた様子で見ていたジュラードだが、彼はふと自分の傍にうさこがいないことに気がつく。彼は「あれ、うさこどこだ?」と言いながら立ち上がった。
「うさこちゃんですか? さっきまでジュラードさんの近くで踊ってましたけど……今はいないですね」
フェイリスがそう返事をし、それを聞いたジュラードは「飽きてどっか勝手に行ったな、あいつ」と溜息混じりに呟く。しかしそう言ってジュラードがうさこを探しに行こうとした直後に、暗闇から「きゅうううぅ~!」といううさこの声が聞えてきた。
「あら、戻ってきたみたいよ」
「だな……」
マヤの言葉にジュラードは溜息交じりに頷き、「全く、あいつは危険な場所を勝手にうろちょろして」と完全に保護者な発言をする。そしてローズが小首を傾げながら、「でもなんか変じゃないか?」と言った。
「なんか悲鳴上げてるっぽいんだが……」
確かにローズの言うとおり、いつものうさこの気の抜けるような鳴き声が、今は少し切羽詰った気の抜ける鳴き声になっている気がする。マヤも気にした様子で、「どうしたのかしら?」と光を纏ったままうさこに近づいた。
そうしてマヤの光が照らす範囲にうさこが映ると、原因の判明と共にローズの顔色が変わる。
「ひっ……!」
短くそう悲鳴を上げたローズの視線の先には、頭に巨大芋虫が張り付いた状態で涙目になっているうさこの姿があった。
ローズにとっては悪夢なうさこが近づいてきて、ローズは慌てて立ち上がって、額に変な汗を掻きながら無言で反対方向へと逃げる。
「あ、ちょっとローズ! もー、ジュラード、ローズが逃げるから早くそのうさこどうにかしてあげてよー」
「え、俺!?」
マヤに予想外に指名され、ジュラードは困惑した顔で「なんで俺が……」と呟く。するとマヤはさも当然といった顔で「あんたがうさこの保護責任者なんだから当たり前でしょ」と言った。
「い、いつからそんなことになったんだよ!」
「いつでもいいじゃない、そん なの。それより早くうさこ助けてやりなさいよ。うさこ可哀想でしょ」
「くっ……」
まだ何か言い返したい気持ちはあったが、しかしジュラードもすっかりマヤには逆らえない体になっていたので、仕方なく彼はうさこに近づく。
「おいうさこ、それ取って……ホントは触りたくないけど、取ってやるからじっとしてろ」
「きゅいいぃ~! きゅううぅー!」
だがうさこは混乱しているのか、何故かジュラードが近づくとまた元居た方向へと逃げ出す。
「あ! おい、なんだよっ!」
「きゅううぅー! きゅ、きゅいいぃー!」
「ちょ、うさこ待て! なんでそこで逃げるんだお前はっ!」
うさこが逃げるので、仕方なくジュラードはうさこを追いかける。背後でマヤが「あまり遠くいに行く前に捕まえなさいよね、アタシの照明が届かなくなるからー」とジュラードに声をかけ、『ならお前も俺についてきてくれ』と言いたいのを我慢してジュラードは「わかってるよ!」と返した。
「ほら、うさこ止まれ! お前、助けてやるって言ってんのになんで逃げるんだよ!」
「きゅー! きゅううぅー!」
何故か暗闇の中で追いかけっこを始めたジュラードたちを見て、マヤが「あいつらなにやってんのかしら」と冷ややかに呟く。その直後だった。
「!?」
重い地響きが鳴るのと同時に、坑道内が小刻みに揺れる。咄嗟にローズは「地震か!?」と叫んだ。そしてマヤも焦ったようにこう口を開く。
「ちょ、こんなとこで地震とか洒落になんないわよ!」
「生き埋めになるかもしれませんね」
「そうね……埋葬の手間は省けるけど、ここで人知れず死ぬのは少し寂しいかも。一人じゃないだけマシかもしれないけども……」
何故か冷静なフェイリスとウネの言葉は恐いので聞かないようにして、ローズは自分たちと少し離れてしまっているジュラードの心配をした。
「ジュラード! 大丈夫か!?」
そんなに大きな揺れでは無いが、しかし足場が悪く暗いということもあり、移動が困難な状況のために、直ぐにはジュラードたちの元へは駆けつけられないのだ。
「っ……だ、だいじょ……」
恐れていた生き埋めの危険性が突如発生してパニックになり そうだったジュラードは、しかしローズに声をかけられて辛うじて正気を失わずにそう返事を返す。だが次の瞬間、今度こそジュラードはパニックに陥った。
「ぶっ!?」
突然ジュラードのいる場所の足場が、激しい音と共に崩れて、ジュラードとうさこを巻き込んで崩落する。ジュラードとうさこの悲鳴は、岩盤が崩れ落ちる音にかき消された。
「ジュラードっ!」
ぞっとする音と共に、土煙が上がる闇に消えたジュラードたちを見て、ローズが悲鳴のような声で彼の名を叫ぶ。その表情は最悪の事態を想像して、血の気を失っていた。そしてそれは他の者たちも同様で。
「ちょ、ジュラード! 冗談でしょう!? あとうさこもー!」
「ジュラードさん!」
「っ……」
各々ローズと同様の事態が脳裏を過ぎるが、地震が収まらない現状では危険すぎて彼の元に近づくことは出来ない。
だがやがて揺れは徐々に収まり、崩落の音も同時に収束する。それでも直ぐに動くのは危険なのだが、ローズはその危険を理解しながらもジュラードが落ちた場所へと走った。
「ジュラードっ!」
「ちょっと、ローズ落ち着いて! 今はまだ危ないって!」
呼び止めるマヤの声も聞かず、ローズは崩落した場所へと駆けつける。するとそこは足場が崩れただけではなく、さらにその上の天井も崩れて、その上から降ってきた岩で崩落の穴を塞いだ状態となっていた。
「っ……ジュラード……」
上から落ちてきた大きな岩盤で、ジュラードが落ちた穴はほぼ塞がれてしまっている。それを確認し、ローズの表情は絶望に歪んだ。そんなローズの横に並んで飛び、同じ光景を見つめるマヤの表情も悲痛に変わる。
「これは……ジュラードたち、この下にいるはずよね?」
「……あぁ」
辛うじてマヤの問いに返事をしたローズの声は、か細く震える。その声音には恐怖と諦めが滲んでいた。
「そんな……ジュラードさん……」




