古代竜狩り 41
「ふむ……少々難しいリクエストですが、しかし禁呪を使えば似たような事は可能かもしれませんね……なによりイリスの頼みでしたら、不可能も可能にする気合が私にはありますけどねっ」
「だ、だめですラプラさーん! 普通ならいいこと言ってる感じですけど、今回に限っては不可能を可能にしちゃいけないですー! 可能になっちゃったらユーリさんが……よ、よくわからないけど、でもひどい目に合いそうなことは私にもわかるのでっ!」
アゲハの必死の叫びに、しかし基本イリスしか見えてないラプラはやっぱりその叫びを無視して、「ではこんな術はいかがでしょう?」と、なにやらイリスに危ない術を教え始める。そんなもうどうしようもない光景を前に、アゲハはいつもの彼女らしくない蒼白な顔色で「わ、私のせいかなこれ……」とひどく困ったように呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「な、んだよこれ……」
茫然とした頼りない自分の呟きが、虚しく闇に響く。だが無意識のその声は、自分の耳には入らない。バクバクと激しく鼓動する自分の心音も、自分の頭の上で震えるうさこの怯えた鳴き声も、真っ白になった頭には何も音として理解できない。
「なんだよ……」
もう一度、ジュラードは震える声でそう無意識の呟きを漏らした。
目の前には闇。どこまでも続きそうな深遠の色がそこにはある。しかし今ジュラードの目の前にあるものは、それだけではなかった。
ジュラードが手に持つ小さなランプの明かりが、彼の目の前を狭く照らし出す。その弱い明かりが、闇の中に大きな恐怖を映し出していたのだ。
『コオオォオォォォォォ……』
蒸気のような息を吐き、鋼のような無機質的な銀の眼差しでジュラードを見下ろす強大な影はドラゴンだった。
その鋭い眼光同様に、体中を覆う鱗も金属のようなそのドラゴンは、ジュラードは見たことも無い種類だった。これがヴォ・ルシェなのだろうか。もし借りにそうだとしても、今の自分の状況では捜し求めていたドラゴンとの遭遇に全く喜べない。
「きゅううぅぅぅ~……」
ローズもマヤもフェイリスもウネも、その誰もが今自分の傍にいない。いるのはうさこだけで、今のこの状況をどうにかするには自分の力に頼るのみだと、うさこの怯える声を聞いたジュラードはそれを再認識した。
だが、ローズたちのような凄い力があるわけでもない自分に、ドラゴンの対処など出来るのだろうか。
「……無理だろ」
思わずまたそう呟く。
それに同意するように、うさこまで「きゅうぅ!」と力強く鳴いた。
何故こんなことになったのかは、ジュラードがローズらとはぐれるきっかけが起きてしまった一時間ほど前にまで時を遡る。
「なんだがここら辺、急に足場が悪くなっているな……」
そんな事をふと呟いたローズの声に、ジュラードも足元を見ながら「そうだな」と返事を返す。確かにローズが言うように、今現在彼らが歩いている場所は岩が落ちていたり地面が陥没していたりで歩くのにひどく危険な感じがする通路だ。さらに途中何度かあった分かれ道は、片方が落盤で進めなくなっていたり進めないほどに道が壊れていたりと不吉な予感がすると、ひそかにジュラードは内心で怯えていた。
なんだかこのまま先へ進むと、通路が崩れて生き埋めなんて事になるんじゃ……と、そう怯えるジュラードの耳にフェイリスの静かな声が聞えてくる。
「この辺の通路の荒れ方は、戦闘の痕跡でしょうかね……この壁のえぐれた感じなど、形状から察するに鋭利な爪……やはりドラゴンでしょうか」
「半竜が先に出てきたことを考えると、半竜種の戦闘の跡とも考えられるけど……触った感じ、痕跡が大きい。これは通常のドラゴンのものだと思う」
フェイリスの言葉に続けて、ウネが壁の傷跡を触りながらそう答える。それを聞き、マヤが「どういうことかしら?」とウネに聞いた。
「やっぱりこの辺りは通常のドラゴンも出るってこと?」
「さぁ……縄張り争いをした跡なのかもしれない。私もそこまで魔物の生態に詳しいわけじゃないから断定は出来ないけど、基本互いに干渉せずなドラゴンと半竜種も全く争いが無いというわけでもないし……」
ウネの答えに、ローズは「つまりここが危険なことには変わりないということ、だな」と結論を出す。だが周囲はやけに静かで、こうしてドラゴンがいる痕跡は確かにあるのだがなかなか大物は姿を見せない。
姿の見えない脅威に不安はあれど、しかし恐ろしい魔物と出くわさないので、またジュラードの中での警戒心はやや薄れていた。正直今の彼の心は、魔物よりも生き埋めになる心配の方が大きい。
「……いや、待てよ? ここでドラゴンに遭遇したらそれこそ本当に生き埋めになる可能性が……」
「ジュラード、なにぶつぶつ言ってるんだ?」
ローズがそう振り向きながらジュラードに声をかけ、彼女はジュラードの顔色を見て「なんか顔色悪いけど」と心配そうに表情をゆがめる。
「もしかして疲れたのか?」
「え? いや、そんなことない……大体さっき休んだし」
「あ、でもそろそろお腹空く頃じゃない?」
ジュラードが首を横に振ってローズに返事を返すと、直後にマヤがそう気づいたように皆に声をかける。
「アタシは今の状態じゃお腹空いたりしないからわかんないけど、みんなお腹空いてるんじゃないかしら。お腹空いたら戦闘もきついし、そういう休憩はちゃんと挟みながら進まないとね~」
そう言うとマヤは通路の少し先を指差し、「ほら、丁度あの辺少し広くなってて休めそう」と言った。そしてそのマヤの言葉に、ローズも「そうだな」と頷く。
「軽くでも食事はしとかないといけないな。最悪今日はこの場所で一晩なんてこともありえるし」
自分でそう言っといてローズは、『この場所に一晩』ということになったらいやなのか、彼女の表情は憂鬱そうに変わる。確かにこんな気持ち悪くて恐ろしく暗い場所に一晩なんて自分も嫌だと、彼女の台詞を聞いたジュラードは心底そう思った。
しかし気を取り直してか、ローズはまた笑顔になって「マヤの言うとおり、あの辺でちょっと食事休憩しよう」と言った。
少し広く開けていたスペースに集まった一同は、そこで携帯食料で軽く腹ごしらえをすることにする。
味気ない固形の携帯食料での食事だったが、それでも何も食べないよりはよっぽどマシだった。
「……こういう旅用の携帯食料、どうせならもっと味にバリエーションあればもっといいなって思うんだよな。別にこのプレーン味が嫌ってわけじゃないけど、ちょっと飽きると言うか……」
ぼそぼそとして水気の無い携帯食料を頬張りながら、ローズが珍しくやや不満げな表情でそんなことを呟く。それを聞き、マヤが「例えばどんな?」と聞いた。
「えーっと……もっとこう、甘い感じの……果実的でシナモン的なあれが、こう……」
「……アップルパイ味とか言い出すつもりかしら、この子」




