古代竜狩り 40
フェリードの涙目の訴えに、エルミラはアゲハに見せようとしていた紙をテーブルの上に放置して、渋々といった様子で席を立つ。そして「バイト代ビスケット5袋ね」と言いながら、フェリードの隣に椅子を並べて彼の手伝いを始めた。
そんな二人の様子を苦笑しながらアゲハが眺めていると、イリスがお茶を手に部屋へと戻ってくる。彼が「はい」と言って飲み物をアゲハに差し出すと、アゲハは恐縮したように「すみません、ありがとうございます!」と言ってそれを受け取った。
アゲハは早速受け取ったお茶に口を付けながら、イリスとラプラを見ながらこう問いを向ける。
「レイリスさんとラプラさんは何をしてるんですか?」
「ん? 今?」
イリスが小首を傾げて問い返すと、アゲハは「はい」と大袈裟に首を立てに振って頷いた。
するとイリスが答えるより先に、ラプラがこう口を開く。
「私はこちらの世界の勉強を少々……昔は微塵も興味ありませんでしたけど、今は違いますしせっかくの機会なので」
「ははぁ、なるほど……」
「それに将来的に私がこちらへ永住という選択肢もありますからね。イリスがそれを望めば私も拒めませんし、そうなれば今から勉強しておくに越した事は……」
「いや、私あなたにそんなこと要求しないから大丈夫だよ、本当に。マジで」
饒舌に語るラプラの言葉を途中で遮り、イリスは疲れた眼差しでラプラを見ながらそう言う。そして彼はアゲハに視線を戻し、こう彼女の問いに答えた。
「私もラプラと勉強してた。私は魔法……呪術だけどね」
「わ、すごいですねっ」
イリスの答えにアゲハは目を輝かせ、イリスはそんな彼女に苦笑する。どうやらまだ彼女は自分を何か羨望の眼差しで見ているようだと、イリスはそれに気づいてちょっと困ったように息を吐いた。
「あのあの、じゅじゅつってラプラさんに教わってですか?」
アゲハの無邪気な問いに、イリスは「そうだよ」と微笑んで頷く。アゲハも笑顔で「なるほどー」と返事をした。
「じゃあラプラさんがレイリスさんの師匠ですね!」
アゲハの無邪気な言葉に、ラプラが微笑みながら「いえいえ」と首を横に振る。
「少し学びたいとイリスが仰るので、基礎的なことを教えているだけです。私の術を継承させるなどしているわけではないので、例えるならば教師と生徒ですかね。その方が興奮しますし」
「おい、後半おかしい台詞になってやがったぞ」
聞き逃さずにしっかりツッコミを入れ、イリスは溜息と共に「頼むからアゲハの前では変なこと言わないでってばー」と本気で懇願するようにラプラに呟いた。
そしてイリスは視線をアゲハに戻し、彼は彼女へとこう声をかける。
「そうだ、電話で軽くは聞いたけど、アゲハたちの状況はどうだったのかな? えーっと……なんだっけ」
「グラスドールですか?」
小首を傾げるイリスにアゲハがそう聞くと、彼は「うん、そうそれ」と頷いた。
「なんかアーリィの話だと、そっちも色々大変そうだったみたいだけど」
「! そ、そうですよ……思い出せば鳥肌モノですって! もー、すっごい恐っ……大変だったです!」
思い出すのも恐ろしい敵を思い出しちゃったのか、蒼白な顔色でそう訴えるアゲハに、イリスは苦笑しながら「ホントに大変だったみたいだね」と返す。
「お疲れ様。どんな目に合っちゃったの?」
「えぇとですね、まず見た目がグロいおっきな虫が、こう……虫系の魔物って言うより、虫そのものが魔物になった感じなんですよ! もう完全にでっかい虫! そういうのがいる山に登山に行きまして……」
「うわ……想像するのもヤな感じだね……まぁ、今はそういう魔物も増えてるらしいから仕方ないかもだけど……でもやだね」
「そうなんですー! あ、あとですね、なんか見た目と中身にギャップのある男性が手伝いをしてくださったのですが……」
そこまでイリスに説明しかけて、アゲハはある心配事を思いだして「あっ」と声をあげる。それにイリスが不思議そうな表情で「どうしたの?」と聞くと、彼女はやや気まずそうな面持ちでイリスを見返した。
「……? なに?」
「あ、いえ……えぇーっと……」
アゲハの妙な表情と視線に、イリスが少々困惑した面持ちを返すと、アゲハは一応彼に困ったことを説明しておくべきか数秒悩み、そして思い切って彼女は口を開く。
「じ、実はユーリさんが勝手にした事なんですが……その……うん、言った方がいいよね、やっぱり一応……レイリスさんで勝手にあんな約束したのユーリさんだし……」
「? ユーリがなに? どうかしたの? ……あ、もしかして」
アゲハの表情と”ユーリ”という単語に、察しの良いイリスは何かまたあの野郎が自分に対して嫌がらせをしやがったなと気づく。
そして案の定な話をアゲハに耳打ちされ、イリスはほんの一瞬鬼のような形相をした後、それとは真逆な可愛い笑顔を作ってラプラの方を向いた。
「ねぇねぇラプラ♪」
「はい、なんでしょうイリス♪」
主に何かを企んでいるときに活用されるイリスの猫なで声に、ラプラもご機嫌な声と笑顔で返事をする。それを横で見ていたアゲハは、自分の報告のせいで何か恐ろしいことが起きるんじゃと顔色を悪くさせた。
そうして怯えるアゲハの傍で、悪魔が邪悪に微笑んでラプラにこう問いかける。
「あのね、救いようの無い馬鹿を徹底的に懲らしめる呪術ってなにかないかなぁ♪ 具体的にはユーリと書いて馬鹿って読む最下層生物のことなんだけど♪」
「ふふ、なるほど……では呪術の方は具体的にはどんなものをお望みでしょうか?」
イリスの恐い台詞に、思わずアゲハは「だ、だめですレイリスさーん!」と叫ぶ。しかしイリスはそれを無視して、ラプラの問いにこう返事をした。
「えっとねぇ、あの人としてダメなクズが謎の理由で急にガチムチな野郎共にモテモテになって襲われたり、あるいは性欲の権化なあいつのブツが再起不能になってくれたりしたら面白いかな♪」




