古代竜狩り 37
ハルファスはそう慌てたように言葉を付け加え、そんな彼女にウネはまたこう疑問を呟いた。
「聞いていいことか迷うのだけど、あなたは一体何年捕らわれているの……?」
ハルファスはその問いに、ウネを見つめながら苦笑を漏らす。
「ふふっ……好奇心の尽きぬ娘だな」
「ごめんなさい……つい」
「いや、そういうのは嫌いではない。あぁ、質問の答えだな。……ふむ、もう遥か昔に捕らわれて、そういえば何年この状態なのかすっかり数えるのは止めてしまっていたな」
ハルファスは何処か遠くを見つめる眼差しとなり、微苦笑と共に「長いことは確かだな」と答えた。
そのハルファスの言葉を聞き、ウネは同情するような声音で「そう」と呟く。その返事を聞いてか、ハルファスは苦笑を微笑みに変えてこう言葉を付け加えた。
「しかし数えるのをやめた時くらいからだろうか……この状態もこれはこれでいいと、そうも考えるようになったな」
ハルファスの穏やかな声から、その言葉に偽りは無いのだということは誰にも感じられた。そして彼女が何故そう思えるようになったのか、それが何故かひどく気になったジュラードの耳に、ハルファスの語る声が再び届く。
「いや、逆か。この状態も悪くないと思えるようになったから、数えるのをやめたのかもしれん……以前の我のマスター、つまりローズの父親がその理由だな」
「ローズの父親?」
ジュラードの疑問の声に、ハルファスが「あぁ」と頷く。
「親馬鹿で適当で、戦うのは嫌いだとかいうことをぬかす奴だったが……不思議と憎めなかった。私自身、一番嫌いになりそうなタイプだと思っていたのに妙な話だ。それどころかあいつに使役されて初めて、このような境遇も悪くないと思うようになったしな」
苦笑しながらそう話すハルファスを見て、しかしジュラードは何となく理由が理解出来ると、そんな気がした。明確な理由は無いが、しかしローズの両親というだけで不思議と理解出来るような気がしてしまうのだ。
すると驚いたことにマヤも笑いながら、こんなことを口にする。
「うふふ、でもお姉さまがそう思っちゃうようになったの、何となくわかるわ。ローズのお父さんってアタシ知らないけど、でもローズ見てるとどんな人かなんとなーく想像つくもの」
「そうか……いや、しかしローズはあの馬鹿よりは母親の方に雰囲気や容姿が似たがな。だが本質的な部分ではやはり、ローズもあいつの血を引いてるのかもしれんな」
穏やかな眼差しで笑ってそう言ったハルファスの姿に、ジュラードは彼女もまたローズを自身の子のような眼差しで見守っているのだということを改めて理解した。
きっとローズにとってのハルファスは、自分にとってのユエ先生たちみたいなものなのだろう。血の繋がりはなくとも、そんなものは無関係に愛情を注いでくれる存在なのだ。
「まぁ、そういうわけだ。あいつと契約してからは戦う機会が減って最初は不満だったが、あいつは私を一人の友人として付き合いたいと言ってな……正直、封印される前までそんな付き合いを他人としてきたことがなかった私は戸惑ったものだ。だがそれも悪くなかった……戦いで呼ばれることも稀にあったが、それ以上に他愛の無い話で呼ばれたり子どもの面倒を見させられたり、おおよそ普通じゃない命令に振り回されていった結果に私もそんなふうに考えるようになってしまったのだ。全く、私をこんなふうに変えてしまって、あやつは……だからこそ、最後まで責任を持ってほしかったが……いや、主を守れなかったのは私の責任だな。あやつが大切にしていたアヤのことも守れずに、私は……」
「……」
言葉の途中でどこか寂しげな眼差しで目を伏せたハルファスを、ジュラードは無言で見つめる。彼女の眼差しの意味を理解したから、そうすることしか彼には出来なかった。
後悔の感情をこれ以上思い出さぬようにと一旦言葉を切ったハルファスは、苦笑しながら「余計なことを語りすぎたな」と呟く。そしてかつての自分ではありえない余計なお喋りさえも、それはローズの父親の影響だと彼女は再び苦い笑みで言葉を続けた。
「……あぁ、だが余計なお喋りもどうやら必要だったようだな。いいタイミングだ」
「え?」
唐突なハルファスのその言葉にジュラードが疑問の眼差しを向けると、ハルファスは彼に笑みを向けて「話の間にローズが起きたようだ」と答える。そして彼女はまだ自由には動けない状態の皆を見渡して、こう続けた。
「さて、じゃあローズに体を返さんとな。この体はもうほとんど大丈夫だから、お前たちはこやつに事情を話して治してもらえ」
「あ、あぁ……」
ハルファスの言葉にそうジュラードが反射的に返事をすると、突然ローズが目を閉じる。直後にその体が力が抜けたように横へと倒れそうになり、思わずジュラードは彼女へと駆け寄った。だがそのまま倒れるかと思ったローズは、直ぐに目を覚まして、中途半端にジュラードに支えられながら自力でまたその場に立つ。
「……っ……えっと……わたしは……?」
「ハル……あ、ローズか?」
どうにも様子がいつものローズっぽいのでジュラードがそう声をかけると、ローズは「あぁ……」と頼りなく返事をしてから何か気まずそうな表情で彼を見つめた。そして一言。
「む、虫が恐いわけじゃないからなっ」
「……いきなりなんだ?」




