古代竜狩り 33
「それってうさこじゃない? あなた、うさこ踏んだんでしょ。どじっ娘ー」
「え、うそ! うさこ踏んだのか私! あわっ、あわわどうしよ……」
「いや、うさこは俺の頭の上にいるぞ」
「きゅいいぃー」
マヤの推理に一瞬青ざめたローズだったが、うさこを踏んだわけじゃないと知ると安堵の表情を浮かべる。そうして地面に手をついた彼女は、その手にまた何か柔らかいものを感じて「ん?」と声を上げた。
「どうしたのー?」
またマヤが声をかけると、ローズは「あ、また何か同じ柔らかいものを触ったから……」と答える。答えながら彼女は自分の手に触れる、そのふにゃっと柔らかくてねっとり湿っぽいような何かに視線を向けた。
マヤが光照らす薄闇の中で、ローズが自分の右手に視線を向ける。そしてそこに見たものに、彼女の顔色はまた急激に青ざめた。
「っ……きゃあああぁぁぁっ!」
完全に女の子な悲鳴を上げて、ローズは直後に失神する。
一体彼女が何を見たのか……ローズの悲鳴を聞いて急いで彼女の元に駆けつけたジュラードたちは、蒼白な顔色で階段下にぶっ倒れているローズの直ぐ傍で彼女が見たものを確認した。
「ひっ!」
”それ”を目撃してそう短い悲鳴を上げたのはジュラードだ。倒れているローズの直ぐ傍で、人の腕ほどの太さと長さがある乳白色の芋虫が無数にうねうねと動いていたからだ。ただそれは大きい以外は普通(?)の芋虫のようで、とくに害のある魔物というわけでもなさそうだった。
マヤは芋虫と失神しているローズを見て、彼女を心配しつつもこう冷静に分析をする。
「なるほど、ローズって実は虫が苦手なんだもんね……とくに毛虫と芋虫系がダメなのよね。だからこれ見て気を失ったようね」
ちなみにマヤはそれ系の虫に特に苦手意識は無いようで、むしろよーくそれを観察する為に自ら芋虫へと近づいている始末だ。フェイリスも特に恐がる様子は無く、ウネも見えてはいないから平気なのか平然とした様子で立っていた。
そんなか弱いとは真逆の女たちの様子を確認し、人並みに虫が苦手なジュラードは、しかし男のプライドがあるので平気なフリをしとくことにする。
「そ、それよりどうするんだ? ローズ、気を失ったままだぞ」
ぶっ倒れているローズを心配しながらそうジュラードが言うと、マヤも心配そうに「困ったわよね」と言う。すると直後に急にローズはまた目を覚まして起き上がった。
そんなローズを見て、マヤは「あ、よかった目を覚ましたわ」と安堵の息を吐く。だが直ぐにそれは違うという事が発覚した。
「いや、今は私だ。ローズはまだ寝ているのでな」
「あれ、お姉さま?」
何か明らかにいつもの彼女とは違う雰囲気と顔つきで目を覚ましたローズに、マヤが驚いた顔でそう声をかける。
どうやら完全に気を失ったローズの代わりに、ハルファスが代理で表に出てきたらしい。
「全くだらしの無い奴だ……こんな虫如きに驚くとは。そんなんだからマヤに尻に敷かれるのだ」
ハルファスも虫は全く恐くないようで、むしろローズが触って気を失ったレベルのその芋虫をわし掴んで遠くへ放り投げた。
そうして彼女は立ち上がると、「では行くか」とさも当然のように言う。
「え、お姉さま、もしかしてそのまま?」
「仕方なかろう、ローズは寝ているままだしな。私が代わりにこの体で行くしかないだろう」
驚くマヤの言葉にそうハルファスは返し、どこか凶暴な笑みを見せてこう続けた。
「安心しろ、この体の使い方は十分に知っている。戦闘も問題ないぞ」
そう言ってにやりと笑うローズ……ではなくハルファスは、確かに何も問題ないどころかむしろとても頼りになりそうな様子だった。正直ローズよりも、だ。
「ふっ……しかし他人の肉体とはいえ、久々に肉体を自由に使って魔物相手に暴れられるとはな……魔物の肉を断つあの感触を直に、この手で……うふふっ……ふふっ……!」
不気味に笑い出したハルファスにジュラードはドン引きしつつ、「そ、それじゃあそろそろ先へ進むべきじゃないのか?」と意見する。それにマヤは「そうね」と返事をした。
「ローズはまぁ……じゃあお姉さまお願いしますね」
「あぁ、任せろ。こいつが起きたらその時は交代するが、それまでは私がこの体の面倒をみよう」
なんだが魔人って便利だなぁと、そんなことを考えながら、ジュラードは「じゃあ行こう」と小さく言った。
そうして再びマヤが先頭になり、一行は坑道を奥へと進み始める。
階段を下りたその先には、少し幅の広い通路が一本奥へと続いていた。
「……うわっ。……またこの虫だ」
マヤが照らす明かりを頼りに進みながら、ジュラードは足元を気にしつつ前へと進む。ローズを一撃で意識不明にさせた妙にでかい芋虫が通路のあちこちで這っているので、気にしないとうっかり踏んで精神に大きなダメージを受ける事になるのだ。
だが気をつけて下を見ると時々平然とその芋虫をブチブチ踏み潰して進むハルファスを見てしまい、それはそれで心にダメージを負ってしまう。もう少し虫を気にしてほしいと感じる自分は繊細すぎるのだろうかと、ジュラードはまた一人で悩みながら逞しすぎるハルファスの後姿を眺めた。
「……というか、さっきから後ろからも何かブチブチと嫌な音が聞える気がするんだが……」
ジュラードが後ろを見ないようにしながらそう呟くと、彼の少し後ろを歩いているフェイリスが優しい声でこう答える。
「あ、大丈夫ですよ。別に何か危険がある音ではありませんよ。虫を踏んでしまっている音ですのでご安心ください」
「それはわかってる!」
「さっきから私もすごい踏んでる気がする。サンダルだから踏んでいる感触がよくわかるわ……わりと弾力あるのね、この虫」
「止めろ!」
ウネまで嫌な報告をしてくるので、思わずジュラードはそう叫ぶ。そんな彼の様子に、マヤは「あんたも以外に繊細よね」と呆れた様子で言った。
「いや、俺は至って普通だろ! おかしいのはお前たちだ!」
「あらー、ひどい女の子に向かって『おかしい』なんてー。大体アタシは虫踏んでないもーん」
「……でもマヤ、お前もどうせ平気で虫踏むタイプだろ?」
「さーてね。まぁうっかり踏んじゃう場合はあるでしょうけど、その時はそんな気にしないわねー」
背を向けながらそう返事をしたマヤに、ジュラードは『絶対こいつも鋼の心を持った平気なタイプだ』と確信した。
そんな話をしているうちに、一行はやや通路幅の広がる場所まで自分たちが進んでいる事に気がつく。
「……なんだかここって音が響くわね」
一旦停止しながらマヤがそう言うと、「確かに」とジュラードもその言葉に頷いた。
二人の会話を聞いた後にハルファスが頭上を見上げて、目を細めながらこう口を開く。




