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神化論 after  作者: ユズリ
世界の歪み
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世界の歪み 3

 ジュラードがあまりにも熱心にうさこを観察するので、ローズはジュラードが相当うさこを気に入ったのではと解釈する。そして彼女は笑顔で「じゃあジュラードにうさこを抱っこさせてあげるよ」と言った。全力の善意で。

 

「い、いい!」

 

 そうジュラードは言って首を横に振ったが、ローズは「遠慮するな」と言ってうさこを彼に押し付ける。うさこもローズには一切逆らわないので、とくに抵抗も無くされるがままにジュラードの膝の上を占領した。

 

「う、わぁ……」

 

 ぷにぷにとした生き物が膝を占領し、何気に未知の存在に抵抗感が強いジュラードは怯える。しかしこの後どうしたらいいのかわからない彼は、仕方なくうさこをそのまま抱っこし続けることにした。

 

「きゅいぃ~」

 

「ぷるぷるしてる……こいつぷるぷるしてる……こわい……」

 

 ジュラードは今にも泣きそうな顔で、しかし落とさないようにと、うさこをしっかり抱きしめながらそう呟く。そんな感じで一人静かに混乱するジュラードを無視して、マヤはローズに話しかけた。

 

「それにしてもさぁ、ローズ」

 

「ん? どうした?」

 

 ローズは視線を下に落とし、マヤを見つめる。マヤは何か考える様子でローズを見上げていた。

 

「”禍憑き”って、あなたどう思う?」

 

「どうって?」

 

 マヤの問いの意味がよくわからず、ローズは首を傾げる。マヤは「なんか気になるの」と呟いた。

 

「”禍憑き”って最近出てきた病気って話らしいじゃない。アタシも実際、ジュラードに会って初めて聞いた病気の名前だし」

 

「あぁ。それがどうかしたか?」

 

 マヤが何を気にしているのかさっぱりわからないローズは、怪訝な表情を彼女へ向ける。

 

「うん……なんかアタシ、最近ってのが気になって……ただの勘なんだけどね、アタシその”禍憑き”ってのは……」

 

 マヤがそう何かを言いかけた時だった。突然列車が甲高いブレーキ音と共に急停車する。

 

「な、なんだ!?」

 

 ローズが体勢を崩しながらも、何とか踏ん張って急停車の衝撃に耐える。そうしながら彼女は、突然の列車の停止に疑問を叫んだ。ジュラードもうさこを落とさないよう耐えながら、警戒する眼差しを周囲に向ける。するとしばらくして車内放送で急停車についての情報が届いた。

 

『ただ今この先で魔物の集団発生の情報が入ってきました。お客様には大変申し訳ございませんが、安全の為に当列車はしばらくここで緊急待機を行います』

 

 車内放送が流れ、ジュラードたちは停車の理由を理解する。放送を聞いたマヤは「あら、珍しい」と呟いた。

 

「そうだな。線路付近では常に魔物の討伐隊や雇いの警備兵が、近くにいる魔物を倒してるからな」

 

「まぁ、たまにはこういうこともあるわよね」

 

「きゅいいいぃ~きゅい~」

 

 なんだか若干暢気に構えているローズたちを見て、ジュラードは「もっと危機感持った方がいいんじゃないか?」と小さく呟く。するとマヤは彼にこう言った。

 

「でも事前に情報が入ってきたってことは、警備してる兵か誰かが魔物を見つけて対処中ってことでしょう? ならそのうちにまた動くわよ」

 

「だといいんだが……」

 

 楽観的に考えるマヤに対し、ジュラードは不安げな様子でそう呟く。そして、やがてしばらくしてジュラードの心配が的中した。

 

 列車内が僅かに慌ただしくなる。そのざわめきにさすがにマヤやローズも異常事態を気にしだし、さらに隣の車両から聞えた声なのかわからないが、誰かが決定的な言葉を叫んだ。

 

「魔物だ! 魔物がこっちに来てるぞ!」

 

 その叫びに、ジュラードやローズの表情が険しくなる。二人は反射的に荷物から武器を取り出して手に持った。だがジュラードはうさこをまだ持っていたために、ちょっと武器を取るのにローズより手間取った。

 

「ローズ、あれ見て!」

 

 今度はマヤが叫び、ローズは彼女が指差す車窓の外に身を乗り出しながら視界を向ける。するとローズの目にも、土煙を上げてこちらに迫ってくる魔物の群れが確認できた。

 

「数が多くて警備兵じゃ対処し切れなかったのか? なんにせよ、このままじゃ列車に被害が行くな……何とかしないと」

 

 呟き、ローズは迷うことなく車窓を限界まで持ち上げて開く。そして彼女は小柄な体を利用し、窓から体を出して外へと脱出した。当然ローズの胸に挟まるマヤも、彼女と共に外に出たことになる。

 

「お、おいっ! 待てよっ!」

 

「きゅいいぃー!」

 

 勝手に列車の外に出たローズとマヤに、ジュラードは武器とうさこを両方手に持って、困ったように二人に叫ぶ。自分の図体じゃとても窓から外に出ることは不可能なので、ジュラードは「くそっ」と呟いて、列車内に置いていけばいいものを、何故かうさこを持ったまま扉へと走った。

 

 

 

 

 ローズが列車の外に飛び出ると、外にはすでにローズと同じ考えで行動していた冒険者らしき人が数人、それぞれに武器を構えて魔物を食い止めようとしていた。

 ローズも大剣を構え、他の冒険者たちと並ぶ。ハルファスに『まだ無理をするな』とは言われていた彼女だが、しかし列車に被害が及べば自分たちも随分と足止めを食らうし、何より多くの人の命を危険に晒す事になる。ただ列車の中で待機していることは、どうしても出来なかった。

 

「ローズ、無理しちゃいけないからね」

 

 マヤにも改めて釘をさすようにそう言われ、ローズは「わかってる」と答える。そうして彼女は戦闘時の相棒となって二年ちょっととなる、真紅の薔薇の装飾が美しい大剣の柄を強く握り直した。

 

 疾風のごとき勢いで、興奮した魔獣たちが列車へと迫る。そしてその中には少数だったが、魔獣とは違う魔物も混じっていた。

 

「なんだあれ……見たことねぇぞ?」

 

 迫る魔物を見て、防衛の最前線に立っていた壮年の冒険者らしき男がそう呟く。列車を守ろうと自発的に動いた戦える他の乗客たちも、見慣れた魔獣に混じって迫って来た見慣れぬ魔物の姿に戸惑うも、しかし戸惑うまま立ち尽くすことは彼らには許されなかった。

 

「あれも……魔物?」

 

「わからない……」

 

 凶悪な牙と爪を供えた獣型の魔獣に混じり、見たことの無い魔物が脅威となり迫る。それは半透明に光る実体の無い存在で、曖昧な形で風のように走りこちらへと向かってくる。本当にこれが魔物なのかも実の所皆判断出来ていない状況だったが、その存在が明確にこちらへ敵意と殺意を向けて迫ってくるのだけは誰もが感じ取っ ていた。すなわち”敵”だということは間違いない。

 

「とにかく、やるしかないぞ!」

 

 勇ましい女性の戦士の叫びが、防衛戦の幕開けの合図となった。

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