古代竜狩り 29
ローズに背を向けたまま、ジュラードがそう返事を返す。するとローズは首を首を傾げ、「何か怒ってる?」と少し不安げな声で聞いてきた。
それにジュラードはやはり背を向けたまま「怒ってなんかいない」と強い口調で返す。そんなジュラードの態度に、やはりローズは『怒っているのか?』という不安を感じた。
ジュラード的にはただごちゃごちゃ考えてしまい、その結果に心の余裕が無くなっての返事だったのだが、ローズには急にそっぽを向いた挙句に怒鳴るような口調で返事をされたのでそんな誤解が生まれたのだろう。
「あ、ジュラード……」
頼りなさげにジュラードの名を呼んだ後、ローズは一瞬迷うもジュラードの背中に手を伸ばす。そうしてローズが伸ばした手が彼の背中に触れると、ジュラードは大袈裟に反応して叫んだ。
「う、わあぁっ!」
「!?」
接触されただけで大袈裟に騒ぐほど意識してしまい、ますますジュラードは内心一人でパニックとなる。
そしてローズもローズで、ジュラードの大袈裟な反応に何か自分がしてしまったのでは無いかと勘違いして、ちょっと落ち込んだ様子で「ごめん」と謝った。
「あ、そうか……そうだよな、急に触ってしまったのがいけないな……そういうの嫌いな人もいるし、うん」
最近はもうだいぶ慣れたとはいえ、元々友人が少なくて過去の人付き合いは少なかったので、どちらかと言えばコミュニケーションが苦手なのはローズも同じだ。
しかも拒まれることを恐れている本質なので、相手のそういう態度には特に敏感になってしまう。
そんな性格なので、ジュラードの態度にこちらも少し大袈裟に落ち込み、ローズはもう一度小さく「ごめん」と呟いた。
「え? あ、ちが……そうじゃな……っ」
背後でやたら落ち込んだ暗い声が聞え、ジュラードは慌てて振り返り返事をする。その時足元において置いた自分の荷物の一部を誤って踏み、そのせいでジュラードの体はバランスを崩した。
「うわっ!」
おそらく後で洗濯しようと床に放置していた服か何かだろう。思わず踏んづけたそれは思いのほかよく滑り、ジュラードは成すすべなく転んでしまった。
「っ……!」
一瞬何が起こったのかジュラードには理解できなかった。ただ気づいた時には目の前にはひどく驚いた表情のローズの顔があり、自分はそれを見下ろす形で静止していた。
「……」
互いに状況を把握するまでの数秒が、物凄い長い時間だったように思える。ローズをベッドに押し倒している自分の状況がやっと理解できた後も、しばらくジュラードはどうしたらいいのかわからずにただ蒼白な顔色で硬直し続けた。
やがてローズがひどく冷静に「大丈夫か?」と声をかけると、かろうじてジュラードは首を縦に振るような動作をする。だがまだどうしたらいいのか、脳が正常な判断を放棄しているために行動が出来なかった。
冷静に考えれば退けばいいだけの話なのだが、ジュラードは死にそうな顔色でただローズを押し倒した姿勢を維 持する。
「っ……! っ……!」
先ほどから何か煩いのは、自分の心臓の音なのだろうか。バクバクと煩すぎて、口から出そうだとジュラードは思う。と言うかもう頭が混乱しすぎて、吐きそうですらあった。
事故とは言え、ベッドに女性を押し倒すなんて経験、かつてあるわけも無い。だからと言ってこれがどういう状況なのかわからないほど無知でもない。いや、いっそ無知でありたかったと、ジュラードは混乱する思考の中でそんなことを思った。
さらに相手はおそらくきっと自分は好きと思っている……はずの人物だ。この先何をどうしたら正解なのか、誰か教えて欲しいと願う。
「えぇと……怪我が無くてよかった」
一方でローズはやけに落ち着いた態度のままで、パニック真っ最中のジュラードにまた冷静な声でそう告げた。
だが落ち着いてはいるが、ローズもこの後どう動けばいいのかはよくわかってないらしい。
「……」
本当にどうすればいいのだろうと、ジュラードは額に変な汗を掻きながら考える。
『このまま勢いで自分の気持ちを伝えるべきなのだろうか』と、冷静さを失った脳は普段ならありえない大胆な発想を答えとして一つ提示する。
リリンが病気になって一人飛び出した経緯から察する事が出来るように、意外と思いつめると大胆な行動に出てしまう癖があるらしい。
(だ、だけど……一体どう言うんだ!? こういう時は、えぇと……なんだ、すす、好きって言うのか?! それとも愛してる?! あぁなんで同じようない見の言葉が二つもあるんだよ! どっち使えばいいのかわからないじゃないか! っていうかどっちも恥ずかしいぞ!)
ジュラードがよくわらない悩み方をしている最中に妙な沈黙がまた数秒続き、やがてジュラードが暴走する前に何か打開策を思いついたらしいローズが、やや戸惑った笑顔でジュラードにこう言葉を向ける。
「あ、退いてくれると助かる……私、このままだと動けないし」
「!? ああぁ、そ、そうだ! それだっ!」
ローズに指摘され、本気で今それに気づいたジュラードはそう大袈裟に大声を上げる。そうしてやや冷静になったジュラードは、その反動で暴走した思考を含めて色んなことが急に物凄く恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら「悪い」と消え入りそうな声で呟いた。
「いや、別に謝らなくても……ぶつかったわけじゃないし。それよりやっぱりジュラードに怪我があったほうが心配だったから、この程度で済んでよかったよ」
今の状況をあまり深い意味で考えてないらしいローズは、深く考え過ぎて行動不能にまで陥ったジュラードに対してそんな返事を返す。
ローズのその態度と返事はジュラードにとっては有りがたくも残酷だった。だってそれはつまり相手は全く自分のことを意識していないのだと、そういう意味なわけだし。
なんだか今度は急激に気分が落ち込み、ジュラードは虚ろな表情でゆっくり体を起こす。激しい感情の変化が原因なのか、物凄い疲労感を感じながらジュラードが体を起こしたときだった。
「ジュラードさーん、ローズさん本当に外に行ったのでしょうかー?」
「!?」
窓の外からフェイリスの声が聞え、ジュラードはひどく驚いた表情で窓の方へと視線を向ける。だが彼以上にローズは驚き、そして怯えたように体を震わせた彼女は思わず小さく悲鳴を上げて、反射的にジュラードに助けを求めた。
「ひっ……!」
「え、ちょっ……!」
「匂いを追ったらうさこちゃんが居たのでうさこちゃんだけ保護しましたが、ローズさんの姿は……」
「きゅうぅー」




