古代竜狩り 20
「……」
アーリィは先ほどの男の説明どおり、受話器を持って耳を澄ませる。するとやや長い数秒の無音の後に、『はい、こちらローゼント環境マナ総合研究所です』という女性の声が聞えて、思わずアーリィは「ひゃっ」と驚きの声をあげた。
『あの、どうしました?』
アーリィが驚くと、受話器の向こうから心配した女性の声が響き、アーリィは軽くパニックになる。
「あ、ええぇと……そのっ……」
『……お名前とご用件は何でしょう?』
電話の向こうで女性が動揺するアーリィにそう落ち着いた声で問いかけると、アーリィは「アーリィって言います。あの、エルミラと話がしたいんですけど」と、動揺しながらも何とか質問には答えることが出来た。
そしてアーリィの告げた”エルミラ”の名前に、男性職員が「エルミラ?」と小さく呟き、何か気になったふうな表情でアーリィを見る。だが電話に夢中なアーリィは、当然彼の呟きなど耳に入らなかった。
アーリィが集中する電話の向こうでは、研究所の職員らしき女性が『エルミラ様にご用件の方ですね、少々お待ちください』とアーリィに伝え、女性の音声は途切れてまた静かな沈黙が電話の向こうで聞え始める。
「……」
なんだかよくわからないが、本当に見ず知らずの遠くの人と会話が出来たという事実にアーリィはしばらく茫然として驚き、やがて再び電話は声を繋ぐ。だがそれはエルミラではなかった。
『あ、アーリィ? 私、イリスだけど』
「え? あれ……エルミラ……」
電話口の向こうから聞えてきた声は知り合いだったが、しかしエルミラではなく何故か彼と一緒に行動中のイリスだった。
アーリィはきょとんとした様子で「エルミラじゃないの?」と、電話の向こうのイリスに問う。するとイリスは『ごめん、あいつ今寝てて』と答えた。
『だから代わりに手空いてる私がね。あ、でもあいつに緊急の用事なら今すぐあいつのこと張り切って蹴り起こすけど』
「……ううん、張り切って蹴り起こさなくても大丈夫だと思う。あのね、実はね……」
アーリィはエルミラの代わりに電話に出たイリスに、自分たちの成果の報告とアゲハがそちらに向かう予定だという話を伝える。
イリスはアーリィの話を聞き、アゲハが向かうことを了承して『気をつけて来てね』と返した。
『まぁこっちも色々仕上げとか雑務とかしたら、完成品持ってそっちに向かう予定だったんだけどね』
「ローズたちまだ帰ってきて無いから、アゲハ以外はこっちに留まってるつもり。だからしばらく……三週間くらい中はいつ来ても大丈夫だよ」
『了解、エルミラにもそう伝えとくよ』
「うん、お願い」
用件を伝え終えて、アーリィは「それじゃあ」と言って電話を切ろうとする。だが何か視線を感じた彼女がその視線のした方向へ顔をむけると、何か物凄く電話を利用したさそうな表情のミレイと目が合い、アーリィは慌てて「ごめん、ちょっと待って」とイリスに言った。
『なに?』
「えと……ミレイが電話を使ってみたそうな顔してるから……ちょっと代わるね」
アーリィはそう告げると、ミレイに「電話、使ってみる?」と受話器を差し出す。途端にミレイの目が嬉しそうに輝き、アーリィは「これでイリスとお話出来るよ」と言って受話器をミレイに手渡した。
ミレイは目を輝かせたまま、しかし若干緊張した面持ちで受話器を受け取り、先ほどのアーリィの真似をして受話器のスピーカー部分を耳に当ててみる。そして彼女は恐る恐るといったふうに、電話口のイリスに話しかけた。
「あの……み、みれいです!」
『あぁ、ミレイ。うん、私はイリスだよ』
「おぉ、いりすおね……おにいちゃん!」
『うん、そう。イリスお兄ちゃん、だよ 』
受話器から聞えたイリスの声に、ミレイは興奮したようにまたいっそう目を輝かせてアーリィを見上げる。そして彼女は「おねえちゃん、おはなしできたよ!」とアーリィに報告した。
「みれいね、いまね、いりすおにいちゃんとはなししたの! すごいね、これ!」
ミレイがそう嬉しそうに報告し、アーリィは「よかったね」と微笑む。だが用件を伝え終えた以上さっさと電話を切らないと無駄に利用料が発生するので、アーリィはミレイに「もう終わりにしていい?」と聞いた。
「えー……おわりなの? みれい、もうすこしこれでおはなししたいけど……だめなの?」
「うん。あまり長くそれ使ってると、お金がかかるから」
「むうぅー……わかった、みれいは赤毛みたいにわがままいわないもん。だから、はい、おねえちゃん」
ミレイは不満そうながらも、しかしアーリィの言う事を聞いて電話の受話器を彼女へと返す。アーリィは「ミレイは良い子だね」と言いながら、受話器を受け取った。そしてミレイに代わり、またアーリィが遠く離れたイリスと言葉を交わす。
「あ、イリス。アーリィだけど」
『あ、はいはい』
「そういうわけだからさっきの話、よろしく。エルミラにもちゃんと伝えといて」
『はーい』
「それじゃあバイバイ」
イリスの返事を聞いてアーリィは受話器を男性職員に手渡す。男性が「もういい?」とアーリィに聞くと、アーリィはこくりと頷いた。
そのアーリィの反応を見て 、男性は「じゃあ切りますね」と電話を切る。
アーリィはアゲハに向き直り、「エルミラじゃなくてイリスにだけど、ちゃんと話伝えたから」と彼女に言った。
「はい、ありがとうございます。……それにしても、ちょっと私も電話でお話ってのをしてみたかったかもです」
「あ、アゲハも話したかった? ごめんね、私気づかなくて……」
「いえいえ、いいんですよ! ここはやっぱりオトナとしてミレイちゃんに譲らなきゃと思ったし!」
「そっか……アゲハも良い子だね」
「い、良い子と言われるとなんだかオトナじゃない感じが……いえ、なんでもないですっ」
アゲハがなぜ複雑な表情でいるのかよくわからなかったアーリィは小首を傾げたが、彼女がアゲハにその理由を追求する前に、職員の男性がアーリィたちへこう声をかけてきた。
「あの……今あなたが電話で話していた『エルミラ』って方はもしかして……」
男性のその言葉にアーリィは振り返り、「エルミラ?」と繰り返す。そしてアーリィは彼に向き直った。
「エルミラ、知ってる……んですか?」
「えっと、クローシュさんかなっと思って……昔の職場にそういう名前の上司がいて……」
男性はそう答えた後、「あ、上司と言ってもあの人の方が自分より歳が下でしたけど」と言って笑う。そんな男性に、アーリィは少し考えた後「多分、私たちの知るエルミラとあなたの知るエルミラは同じだと思う」と答えた。
それを聞き、男性は何か嬉しそうな笑顔になって「あぁ、やっぱり!」と声を上げる。
「エルミラなんて名前珍しいから、もしかしてって思ったんですよ」
「……あなた、エルミラと親しい知り合いなの?」




