古代竜狩り 13
「うさこ……」
地に伏せた姿勢のまま、うさこはそこにいた。そしてジュラードは剣を落とし、うさこの傍に寄る。
「お前、俺の為に……」
そっと屈み込み、その小さな体を抱き上げる。固く目を閉じたうさこ。もう、目覚めないと思うと、自然と涙が零れた。
そのジュラードの頬を伝う涙は、いつの間にかうさこの存在が自分の中で、ただの成り行きで行動を共にする魔物ではなくなっていた証だった。
「うさこ……すまん……」
小さく嗚咽を漏らし、ジュラードはうさこの小さな体に顔を埋める。そして直後に気づく。
「……ん?」
顔を上げ、ジュラードはうさこをまじまじ観察する。そしてもう一度顔を近づけて、よーく耳を澄ませて……
「……きゅうぅー……きゅうぅー……きゅぷっ……きゅうぅー……」
「……寝てる、だけ……?」
うさこの規則正しい寝息(?)を聞き、ジュラードは涙を流しながら茫然とする。どうやらうさこは寝ぼけてジュラードを庇い、あげく謎の生命体だからか雷撃の直撃を受けたにも関わらず全くの無傷で、平然とそのまま爆睡していたらしい。
「……」
うさこのありえない奇跡と意外な頑丈さと神経の図太さにジュラードはそのまましばらく茫然として、やがて彼は無駄な涙を拭ってからうさこを再び地面にそっと放置した。
そして彼は他の仲間の様子を確認する。
ローズたちは夢魔に直接ダメージを受けるような攻撃をされたわけでは無いようだが、それでもこの目で無事を確認しないと不安は収まらなかった。
「おい、ローズ……」
今回見張り役では無いので起こす予定の無いローズを起こすのは少しだけ気が引けたが、ジュラードはまず毛布に丸まって今も静かに寝息を立てて寝る彼女に声をかける。
「ローズ、起きてくれ」
「……ん、ん……」
声をかけてもなかなか起きなかったローズに一瞬焦りを感じたジュラードだったが、しかし強く揺さぶるとやがて彼女はむにゃむにゃ言いながら反応したので、ジュラードは一先ず安堵する。
やがてローズは眠そうにだったが目を覚まして、「ジュラード……?」と寝ぼけた声でジュラードの名を呼んだ。
「よかった……無事のようだな」
「? ……えぇと?」
目を擦りながらジュラードの言葉の意味を考えようと、ローズは首を傾げる。すると突然ローズの中から、マヤとハルファスが出てきた。
「あれ、マヤにハルファス……どうした?」
突然自分の中から出てきた二人に、まだ少し寝ぼけている様子のローズが声をかける。
マヤとハルファスは、寝ぼけるローズに何か難しい表情をしてこう彼女に言葉を返した。
「いや……どうやら今さっきまで、お前に何か術がかかっていたようだったのでな」
「えぇ……さすがにローズが気を抜いて寝ちゃうと、その間まではアタシたちもいつも通りには活動できないからね……ちょっとどうしようもなくて焦ったわ」
「え、術? そ、そうなのか……?」
二人の説明で自分の身に起きていたことを理解して、ローズはやや顔色を悪くさせる。そして彼女はハッとした様にジュラードを見て、「あ、だから起こしたのか」と彼に言った。
「まぁ……そう言う事だ。でも無事ならいい……」
「ん? ってことは、何か敵に襲われたんだよな?」
ローズは周囲を見渡して、「何に襲われたんだ?」と問う。するとそのタイミングで、ウネとフェイリスも自力で目を覚ました。
「……はぁ……何やら話し声で目が覚めましたが……どうかなさいましたか?」
「それに……何かあったようだけど……」
「あぁ、二人も起きたか……それじゃあ事情を話すから聞いてくれ」
ジュラードは二人が目を覚ますと、二人も含めて今あった出来事の説明をする。
相変わらずうさこは堂々と眠る中事情を聞いたローズたちは、夢魔の亡骸を証拠にしながら、ジュラードの説明で今あった出来事を理解した。
「そうだったのか……夢魔が……」
「すまん、俺が気を抜いていたからだ。もっと気をつけていればよかったのに……」
ジュラードがそう反省したように言うと、ローズは彼に「でもジュラードは一人で魔物を倒したんだし」と気遣うように言う。
「私たちを助けてくれたんだから、結果良ければじゃないけど……うん、よかったんじゃないか?」
「……それって結局『結果良ければ全てよし』ってことじゃないか?」
「あれ、そうか? あはは……」
ジュラードの指摘に苦笑するローズに、しかしジュラードは何だかんだで救われたと感じる。
魔物に襲われたことを責められたら責められたで仕方ないと思っていた一方で、やはりその事を咎められるのは少し恐いと正直に思う自分もいたからだ。
だが実際はローズは責めはせず、むしろジュラードに「ありがとう、助けてくれて」と感謝を告げた。
「い、いや……でもやっぱり俺のせいだし……」
「そーねぇ、ジュラードがもうちょーっと気をつけてれば襲われることはなかったのかもねー」
「う……マヤ……」
ローズのようにはいかない厳しいマヤの言葉に、やはりジュラードは少しへこむ。そんなジュラードを見て、マヤは「ま、でも今回はいいわ」と告げた。
「あなた一人で頑張った事はアタシも認めるからね」
「そ、そうか……っていうか何でそんな上から目線……」
「何か言った?」
恐い顔のマヤに睨まれて、ジュラードは小さく「言ってない」と返す。そんな二人の様子を見て、ローズは苦笑いを漏らした。
「しかし実際ジュラードが夢魔を倒さねば危険だったな」
マヤ同様に『終わりよければ~』な考えでは済まない性格のハルファスも、マヤと同じ小さな省エネ形態で腕を組みながらそう口を開く。
ちなみにハルファスと初対面のフェイリスは、マヤという前例があるからか、ハルファスの存在に特に何か疑問を抱いてはいないようだった。精神面も逞しい女性である。
難しい顔をしたハルファスの言葉を聞いて、ローズが「そうなのか?」と聞く。
「あぁ。夢魔は精気を糧に成長し生きる魔物だからな……多少といえど、先ほどもお前たちは命を吸われていたのだ」
ハルファスのその説明を聞き、ローズは急に背筋が寒くなるのを感じる。命を吸われていたと言われても意味はよくわからないが、しかし凄く恐いということはわかる。
「ジュラードが何とかせなんだら、あのまま夢魔の夢の檻に閉じ込められたまま、命を吸い尽くされて死んでいただろうな」
「うぅ……そうなのか……ますますジュラードに感謝だな」
相変わらず寝ているうさこを抱きかかえながら、ローズはうさこごと自分の体を両腕で抱きしめる。そんなローズに、マヤがふと思い出したようにこんなことを聞いた。




