古代竜狩り 12
(本当に……魔物なのか……? いや、魔物だとしても……やっぱり魔物にも心はあるのか?)
痛覚があれば痛みを感じるのはどの生物も当然だろう。
今まで自分が屠ってきた魔物だって、同じように傷つけられた苦痛の中で、自分を憎み絶命していったとジュラードは思う。
だけどそれは相手が”魔物”だという認識があるからジュラードだって迷わなかった。いや、それ以前に魔物は人と違うと言う暗黙の常識から、それを傷つけることに罪悪感など感じなかったのだ。
それに魔物は無条件に人を襲う。だから身を守る為には攻撃する。
(でも……それは人に対しても同じだ……人だって人を襲うことがある。その時は身を守る為に、俺は……)
自分は人を傷つけられるのだろうか。わからない。今の自分には……無理かもしれない。
ならば目の前の夢魔はどうなのだろう。こんなにも人に似た姿で、痛みに苦しむ生き物。人とどう違うのだろう。
自分の中での人と魔物の境界線が曖昧になっていく。
そもそも魔物と同じ魔の血を引く、人との混血である自分はどうだというのだろうか。
自分は、自分の中の解釈での人なのか魔物なのか……。
「っ……」
かき乱されるジュラードの心を見透かしたように、体を傷つけられた夢魔はジュラードと僅かに距離を取りながら口を開く。
「イタ……イ……」
「なっ!?」
ひどく歪な声音だったが、夢魔の発したそれは確かに人の言葉だった。共通語と呼 ばれる、現代で多くの人が使う言語だ。
基本的に魔物は人語を理解しないし、喋らない。だが稀に高い知能を持った特定の種に関しては、人の言葉を理解し語るものもいるという。この夢魔はまさにそれに当て嵌まる存在なのだろうが、そのことがジュラードにとって最悪に作用した。
「ヒドイ……イタイコト、シナイ……デ……」
人の欲望につけ込んで心を篭絡する魔物だから、その手段の一つとして人語を理解するようになったのかもしれない。そしてそれは今の迷うジュラードには、大いに有効だった。
傷を庇うようにして夢魔は立ち、ジュラードを責める様な眼差しで見つめる。その視線を受けた時、攻撃しなくてはいけないはずのジュラードの動きは完全に止まった。
「ぁ……」
恐怖に慄くように目を見開き、ジュラードはその場に立ち尽くす。
こいつは魔物で人ではない、人間では無いのだと自分に言い聞かせても、心も体もそれを否定する。だって、足が動かないのだ。倒さなきゃいけないのに、足も手も動かない。目の前の存在を傷つけることを恐れている。
ふと、いつかにローズに聞いた質問を思い出す。
人を殺した事があるのかという問いに、彼女は真剣な面持ちで「ある」と答えた。あのときの彼女の眼差しは、他人の命を奪いながら生きる者として、罪と覚悟を背負う者のそれだったと思う。
自分に彼女と同じ覚悟があるのかと考えれば、自分にはそれが無い。自分は恐いのだろう。命を奪うことで憎まれ、その罪を背負うことが。
自分が人を傷つけることに恐怖する理由を明確な答えと共に自覚させたのが、身を守る為という理由の元で平気で命を奪っていた魔物だというのは何かの皮肉かもしれない。
今まで自分が殺してきた魔物にも感情や思考があるとすれば、今更恐怖してももう遅いのだろうけども……それでも、やはり恐かった。
動けぬジュラードに、夢魔は歪な言葉を紡いだ唇を歪めて微笑む。そして自身の血に濡れた指先に、再び殺意の光を灯す。
「ヒドイ、ヒト……シネ……」
夜の闇を白く照らす雷撃が、呪詛の言葉と共に紡がれる。そして拳大の大きさに放電するそれを、夢魔は動けぬジュラードへ向けて放った。
放たれたそれは小さくとも強力な雷撃だ。直撃すれば無事ではすまない。だがそうは思っても、茫然と佇むジュラードの足は咄嗟には回避に動けなかった。
その時、雷撃がジュラードを襲う直前、彼の目の前に小さな影が飛び出す。
「きゅいぃーっ!」
「!?」
雷撃の白に照らされて闇に浮かんだシルエットはうさこだった。驚くジュラードの目の前で、寝ていたはずのうさこは彼を庇うように彼の前に飛び出して、その小さな体で雷撃を受け止める。
そして夢魔の指先から生まれた白い雷は、ジュラードを打つ代わりにうさこに直撃した。
「うさ……っ!」
うさこの小さな体が、その場に転がるように落ちる。ジュラードは信じられないような面持ちで、地面に突っ伏して倒れたうさこを見つめた。
「そんな……うさこ ……」
結局自分は中途半端な覚悟しかなかったのだと思い知らされ、打ちひしがれた気持ちだった。
ローズたちを守るどころか、また自分はうさこに助けられてしまった。そしてうさこは……
「っ……!」
何が『リリンを助ける』だ……と、半端な覚悟しかない自分の言葉に怒りが湧く。
本当に助けたいという思いがあるのなら、この程度で怯えている場合じゃないはずだ。中途半端な覚悟しかない奴が何も助けられるわけもないし、戦場に立つ資格も無い。
自分だって、剣を手に取ったからには覚悟を持たねばならない。この剣を持って何も傷つけずに済むなら、そもそもこれを持つ必要は無い。これはただの邪魔な飾りだ。
夢魔は相変わらず妖しく微笑み、再び魔法を生み出そうと指先に光を灯す。だが今度こそジュラードの体は動いた。
「ぁあぁあああっ!」
彼は借り物の大剣を振り上げ、駆け出す。ジュラードが射程に夢魔を捕らえると、今度は夢魔は回避はせず、指先に魔法を完成させる。夢魔はジュラードの攻撃を受ける前に、自身の攻撃でジュラードを屠ろうと考えたのだろう。
ジュラードはありったけの力を大剣に込めて、夢魔も雷撃を先ほどよりも一回り巨大なものにする。互いに一撃必殺でお互いを殺そうと、真正面から二人はぶつかり合った。
巨大な白の光が一瞬、深遠の夜闇を鮮やかに照らす。
「っ……ア、ァ……」
一瞬の輝きの直後に光は消え、苦悶の呻きと共に地面に朱色が落ちる。
そして肩から胴にかけて黒い大剣の刃をめり込ませた夢魔の体が、力を失ったように倒れて地に伏せた。
「ハァ……ハァ……っ」
どちらが早く相手に攻撃するかの勝負だった。そしてその勝負に、ジュラードはほんの僅かの差で勝利する。だが勝利を掴んだその手は、危険すぎた賭けに対する恐怖で小さく震えていた。
自分が夢魔に勝てたのは、決意があったからだと思う。夢魔より先に動けたから、夢魔の雷撃が自分を貫くより先に剣を振るうことが出来た。だけどそれでもほんの僅かの差での勝利だった。一歩遅ければ……そんな”もしも”を考え、ジュラードは直ぐにそれを止めた。
そして彼は自分に決断させた存在へ振り返る。




