世界の歪み 1
レイチェルたちがユーリやアーリィのいるアゼルティの都市『アル・アジフ』にたどり着いたのは、エルミラと別れた二日後の昼過ぎだった。
三人はエルミラの事を心配しながらも、しかし彼の『大丈夫』を信じてここまで無事に進みたどり着いた。
「相変わらず賑やかなとこだな……」
「うんうん、だよね」
「ひとがいっぱいだね、おにいちゃん」
商業に力を入れているこの都市は、人も多く常に賑やかだ。
雑多な人々のすれ違いの中を、レイチェルたちはユーリたちの店を目指し進んだ。
ユーリたちの店には以前も何度か訪れた事があるために、レイチェルたちは迷うことなく目的とする店を見つける。街の目抜き通り沿いにある、白い煉瓦を積み上げ造られた建物がそれだ。
「こんにちは」
そう言ってレイチェルが扉を開けて店の中に入る。同時に「いらっしゃい」と声が聞え、そして「あっ、来たのか!」と同じ声で言葉が続いた。
「お久しぶりです、ユーリさん」
「ゆーり、ひさしぶりー」
レイチェルがまず挨拶し、ミレイが彼に続く。アゲハも自分たちを笑顔で迎えたこの店の店主に、「ユーリさん、レイチェル君たち連れてきましたよ」と声をかけた。
「おう、お疲れさん。エルミラの手紙で話は聞いてるぜ」
「はい……しばらくお世話になります」
「かまわねぇよ。その代わりにクソ忙しいから、店の方手伝ってもらうけどな」
「それは勿論」
「そうか。あ、悪ぃが俺は店でちょっと忙しいから、とりあえずあんたらは奥に入っててくれ。そっちにアーリィいると思うからさ。ま、ここまでの移動で疲れただろうし、今は奥でゆっくり休んでろよ」
すっかり店主らしくなりエプロン姿が板についたユーリは、レイチェルたちにそう声をかけて店の奥の扉を指差す。するとアゲハは「あ、私お店手伝いますよ!」と元気に言った。
「いつもお手伝いしてますから、何すればいいかもわかりますし!」
「手伝ってくれんのはありがてぇけど、あんたも疲れてるだろ」
ユーリがそう言うと、アゲハは元気な笑顔で「いえ、全然疲れてないですよ」と答えた。
「……そうだな、あんたはいつでも驚くほど元気だもんな。そのパワー、ちょっと羨ましいぜ」
「元気だけが取り柄なんですよ、私」
本当に一切疲れた様子の無いアゲハに、レイチェルもユーリと同じ感想を心の中で思った。
「んじゃレイチェルたちは中に入ってろよ。アーリィにも挨拶して来い」
「うん、おねえちゃんにあいさつする!」
ユーリが再度レイチェルたちに、店の奥の住居部分へ向かうよう言う。ミレイが張り切った様子で返事をし、レイチェルも「それじゃあお邪魔します」と言って彼女と共に店の奥へと向かった。
「ところで、エルミラは来ねぇんだな」
店に残ったアゲハにユーリがそう聞くと、アゲハは「途中までは一緒に来てたんですけど」と答える。
「でも途中で変な人に絡まれて、エルミラさんその人と一緒にどっか行っちゃったんです……」
「そうか。あいつなんか妙なのに狙われてるっつってたもんな」
こうして今普通に会話しているアゲハも含め、彼らとは一度本気で命の取り合いをした仲だったが、しかしそのいざこざが終わり彼らが自分たちに協力してくれるようになった今、ユーリは彼らを友人と認識するようになっていた。なので彼は「あいつ大丈夫なんかな」と、素直にエルミラを心配する。
「私も不安ですけど、でも今はエルミラさんを信じるしか無いんでしょうね……」
「そだな。レイチェルたちもいるんだし、そのうちまた戻ってくるよな」
かつては刃を向け合ったこともあった自分たちは、その記憶を覚えていながらも穏やかにそう言葉を交し合う。なんだかそれはとても不思議なことだと、そうユーリは心に感じた。
「おねーちゃーん!」
「!? ミレイ!」
店の奥のアトリエで薬の調合をしていたアーリィは、突如やって来たミレイに一瞬驚く。しかし彼女に続いてレイチェルもアトリエに姿を現すと、彼らの訪問の事を思い出して一旦作業の手を止めた。
「おねーちゃーん、げんきだったー!?」
ミレイはそう言うとアーリィに抱きつく。一応ミレイも加減はして抱きついているが、しかしボディは柔らかさのかけらも無い鋼鉄なミレイなので、アーリィは抱きつかれた衝撃でちょっとよろめいた。
「げ、元気だよ……げほっ……ミレイも元気そうだね……」
ミレイに抱きつかれた衝撃で咳き込みながらも、アーリィは笑顔で彼女を抱きしめる。そのまま頭を撫でてあげると、ミレイは嬉しそうに笑顔でアーリィを見上げた。
「レイチェルも久しぶり」
アーリィは顔を上げ、レイチェルにも挨拶する。レイチェルも笑って、「すみません、しばらくお世話になります」と彼女に挨拶した。
「ううん、いいの。私もユーリも、二人が来るの楽しみにしてたから」
一度はレイチェルたちを忘れたアーリィだったが、ミレイを蘇らせたい想いが彼らと共通して、そして共に協力した結果にレイチェルやエルミラと改めて知り合いとなった。今では彼らも、ユーリが思うのと同様にアーリィにとっても友人となっていた。
「二人ともしばらくここにいるんだよね? 色々と準備しておいたよ、部屋とか服とか。あとミレイのメンテナンスもこっちで出来るように、近くの機械技師さんの工場に話しておいたから」
「ありがとうございます。僕たちもタダでお世話になるわけにはいかないんでお店のお手伝いします。なんでも言ってください」
「うん、ありがと」
アーリィは微笑みながら頷き、レイチェルたちに居間で待ってるよう言う。
「今魔法薬作ってたんだけどもう直ぐ一区切り付けれそうだから、これ作り終わったらちょっと休憩にするね。そしたらお茶用意するから、そっちでもう少し待ってて」
アーリィがそう言うと、レイチェルはもう一度「すみません」と呟く。そして彼はミレイを手招きして呼んだ。
「ミレイ、アーリィさんの邪魔しちゃ悪いからこっちで待ってよう」
「うん、わかった。みれい、じゃましない」
ミレイはレイチェルの言葉に素直に頷き、アーリィに「でもおねえちゃん、はやくきてね」と言う。アーリィは「うん」と頷いた。
そうしてミレイとレイチェルは、アーリィのアトリエを後にする。アーリィは再び一人になると、「早く終わらせよう」と小さく呟いて調合作業を再開させた。