古代竜狩り 9
マヤの発言にローズはそう言った後、小さく「いつも見てるから知ってるくせに」と呟く。それをばっちり聞いていたマヤは、にやりと意地悪な笑みをローズに向けて「あら、言うわね」と返した。
「そうよねー、ローズの体の事はアタシが一番知ってるわよね。それはもう、隅から隅まで穴から穴まで完璧に」
「な、なんだよ穴からって!」
「ローズ、動かないで。治せないわ」
マヤの何か怖い発言に動揺するローズにウネはそう冷静に告げ、そして彼女はこうも続ける。
「あと、また騒ぐと余計な魔物を呼んでしまうかもしれない」
「あ、そ、そうだなっ」
ウネに注意され、ローズは静かに彼女に治療を受ける事にする。
そしてローズほどでは無いにしろ、比較的治癒が得意なウネによって、ローズの体の傷も綺麗に治される。そうして皆が再び通常どおり動けるようになると、ローズは荷物を背負い直しながら「さて、改めて出発だな」と言った。
「やはりここは魔物が居るようだから、慎重に行かないといけないな。あくまで目的はギガドラゴンなんだし」
改めてそれを再認識し、ローズは皆に「それじゃあ先へ進もう」と声をかける。それにジュラードたちはそれぞれの返事を返して、剣を片手で担ぎなおして背を向ける勇ましい聖女の、その背中を追った。
メリア・モリに到着しての初日、そろそろ日が暮れるという時刻が迫る。なのでジュラードたちは古代竜の代わりに野宿に適した場所を探して、そこでその日は特に成果も無く休むこととなった。
来た道を戻るか、あるいはもう少し先へと進めば宿泊所で体を休めることが出来たが、中途半端に進んだ場所で日暮れが迫り、あえなく野宿を選択せざるを得なくなる。だがそういうことにも、ローズたちは当然として、ジュラードも今ではすっかり馴れてしまっていた。
「はぁ……それにしても、今日も結構疲れたよな」
簡単な食事を終えてすっかり日が落ちた夜闇の中、小さく爆ぜる焚き火の炎を見つめながらローズがそうポツリと呟く。彼女のその言葉には、今日以外にもずっと移動しっぱなしだった今までの分の疲労も含まれているようにジュラードには感じられた。
「……大丈夫か?」
気遣うようにそうジュラードがローズに声をかけると、今のは無意識の呟きだったのか、ローズは少し驚いた顔でジュラードを見返す。そして「あ、すまん、大丈夫だ」と、思わず口に出してしまった疲労を誤魔化すように笑った。
そんなローズの様子に、ジュラードはこう言葉を続ける。
「別に……疲れているならそうって言っていいんだぞ。なんて言うか……お前、頑張りすぎな気もするし」
そうジュラードが告げると、ローズはまた驚いたような顔で目を丸くする。そのローズの反応に、ジュラードは「何か俺、変なこと言ったか?」と眉を顰めた。
するとローズは慌てたように首を横に振って、「いや、そうじゃない」と言葉を返す。
「ただ……う~ん、今までほら、私のほうが年上だし……こう、しっかりしなきゃと思ってたから」
ローズはそう言って微笑み、「でも今の気遣いは、なんだかジュラードの方が頼れるお兄さんっぽかったから」とジュラードに言う。それを聞き、今度はジュラードが動揺したように目を丸くした。
「な、なんだそれ……っ」
「? あれ、私こそ変なこと言ってしまったか?」
首を傾げるローズの様子に、ジュラードは照れたように顔ごと目を逸らして「別に」と答える。ローズの言葉に妙に照れてしまった自分の感情の意味もよくわからず、ジュラードはそのまま顔を背けた。
そんなジュラードの様子を気にしたローズだったが、マヤに「疲れてるなら早く寝たら?」と声をかけられて、意識を彼女の方へ向けた。
「今日はあなたは見張りしなくてもいいんだし」
「う、うん……そうだな、せっかく一晩寝れるならちゃんと寝て体力戻しておいた方がいいよな」
ローズはそうマヤに返事をすると、火を怖がって自分の後ろに隠れているうさこを抱き寄せる。そして彼女は毛布を体に巻きつけ、「おやすみ」とジュラードに言うように呟いて横になった。
「……あぁ」
ジュラード以外が寝静まった、異国での夜。
魔物が出るエリアでの野宿では、見張りが必ず必要となる。
今回はローズ以外が交代で見張りをすることとなり、その最初の一人であるジュラードは、火が消えた焚き火跡をぼんやりと眺めながら、周囲を警戒しつつも長い夜の時間にひたすら耐えていた。
次の見張りはウネで、彼女と交代するまでは……それを調べる為に、携帯している時計を取り出して時間を確認する。先ほど確認してからまだ三十分程度しか経っていない。
自分が見張る時間は後一時間弱……短いようで長い時間だなと、そう思いジュラードは小さく溜息を吐いた。
「……」
時間を待つ静寂の中、頭に浮かぶのはいつも妹のことだ。
リリンは今どうしているのか。
リリンは悲しんでいないだろうか。寂しがっていないだろうか。
リリンは……まだ、無事なのだろうか。
「っ……!」
膝を抱えて、そこに顔を埋める。不吉な予感を振り払おうと思考を切り替えようとするが、しかし何より大切な妹のことなので、それがそう上手くいくはずもない。
(リリン……お前だけは……お前だけは俺が守ってやりたい……助けたい……)
無力だった自分は、両親に対して何もしてあげられなかった。
だからせめて妹だけは……唯一の肉親だけは守りたい。助けたい。
(リリン……)
不意に闇が襲う。それは優しく、ゆっくりと……だけど確実に彼を飲み込む。
じわりじわりと侵食する毒のように、ジュラード自身がその闇に気づくこともなく。
「っ……!」
はっとした様子で、ジュラードは勢いよく顔を上げる。茫然とした眼差しで彼の瞳が見つめるのは、先ほどとなんら変わらぬ夜の荒野。冷たい夜風がうっすら汗が滲む頬を擦り、ジュラードの意識はやっと状況把握に動き出した。
何か今、少しの間寝てしまっていたかのような感覚だった。自分は今見張り中だと言うのに、うっかり寝てしまったのだろうか。
(ヤバ……)
見張り中に寝るなんて恐ろしいことだ。
自分が思っている以上に、自分は疲れているのだろうか。ローズを心配した自分がこれじゃダメではないかと、ジュラードは浅く息を吐きながら反省した。
幸い周囲には魔物の気配は無い。だた、先ほどまで遠くで聞えていた虫の声や獣の遠吠えのような音が一切聞えなくなっていたのは少し気になったが、その異変を疑問に思うより先に、ジュラードの意識は別のものへ移った。
「……ローズ?」




