古代竜狩り 6
「えっと……この辺りに竜が出るんだよな」
「あぁ、らしいな」
崖の道近くから荒野へ入ったので、そこに着くまではあまり時間はかからず、ジュラードたちは危険な場所にたどり着くことが出来た。
だがその間――短い時間の間とはいえ――魔物とやはり遭遇せず、普段ならば非常に喜ばしい事態ではあるが、今は事情が事情なので、魔物に遭遇しない幸運をジュラードは内心で少し不安に感じていた。
「……本当にここにドラゴンなんているんだろうか。なんか静かだし……魔物の気配すらないような……」
「あーまたネガティブなこと言ってるー」
思わず呟いてしまったそのジュラードのネガティブ発言に、それを目ざとく聞いていたマヤが「もう、男なんだからもっとしっかりしなさいよね」と言葉を返した。
「後ろ向きな発言の多い男って、頼りなくて男としてダメよね」
「そ、そんなの偏見じゃないか……あぁ、でも止める努力はする……いや、俺ももっと前向きに考えなきゃとは思ってるんだよ」
マヤの厳しい指摘にヘコみつつ、ジュラードはそう呟く。だが呟く直後に溜息が漏れ、そんな彼を横目で見ながらローズは苦笑を漏らした。
「いるかいないかは探してみないとわからん。そういうわけで気合入れて探そう!」
「……あぁ」
もう何度と聞いたローズの自分を励ます言葉に頷き、ジュラードは『返事をしたからには気合入れて頑張らないと』と考える。そんな彼の耳に、またローズの声が聞えた。
「しかしここもまた、大きな岩とかで足場が悪いな……ウネ、平気だろうか?」
目の見えないウネを気遣い、そうローズは彼女に声をかける。そして直後に、そう声をかけた本人が足を滑らせて悲鳴と共にその場に転がった。
「ふぇあああぁっ!」
「やだローズ、可愛い悲鳴。大丈夫?」
ローズが転んだと同時にちゃっかり飛んで避難したマヤが、派手にすっ転んだローズを心配してるのかそうでないのかよくわからないが、彼女にそう声をかける。ジュラードも顔面から地面にダイブしたローズを心配そうに見つめ、「へ、平気なのか?」と聞いた。
フェイリスも「ローズさん!」と心配そうに声をあげ、気遣われた側だったはずのウネも見えない瞳でローズを心配そうに見つめる中、ローズは何とか起き上がる。
「へ、平気……ホント、全然痛くないし……」
「いや、そんな涙目で平気って言われても……」
「きゅいぃ~……」
起き上がって泣きそうな声でそう返事をしたローズに、うさこまでもが不安そうに声をかける。そしてそれでも涙は堪えて立ち上がったローズに、ジュラードはぽつりと呟くように言った。
「というか、お前はハルファスがどーのこーので運動神経よくなってるとかいう話じゃないのか? なんでこれくらいで転ぶんだ」
ローズが立っていたところはそれほど足場が悪くなっていたわけでは無いのに、なぜそんなところでお約束のようにすっ転んだのかを疑問に思うジュラードに、マヤがどこか遠い目をしながらそれに答えた。
「お姉さまの運動神経超補正でも時々補いきれないほど、今のローズの運動神経はどん底レベルにアレなのよ。かわいそうだからそれくらい察してよねっ」
「マヤ、それフォローなのか? それとも私を苛めてるのか? うぅ、やっぱり本音を言うと痛い……」
怪我は無かったようだが、ローズは服に付いた汚れを払いながら痛みと羞恥に顔を顰める。その直後、ウネが何かはっとした様子で空を見上げた。そのウネの様子に、フェイリスが「どうしました?」と声をかける。
「……魔物の気配。どうやら……空から近づいてる」
盲目ゆえに得た超感覚で誰よりも早くその襲来を予感したウネは、自身の武器を手に召喚しながら静かな声で皆に危険を伝える。それを聞き、ジュラードも警戒した表情となり、ローズも真剣な顔つきで剣に手をかけた。
「やはり魔物はいるのか。よかったじゃないか、ジュラード」
「え、あぁ、良かった、のか……? しかし空って……まさかいきなりドラゴンか?」
いざ魔物が来るといわれると、それはそれで不安になったジュラードだが、ローズたちは勿論フェイリスも組み立てたばかりの榴弾砲を肩に担いで戦闘体勢を取るので、彼も不安を態度に出さぬように構える。
するとウネはジュラードの疑問に答えてか、空を警戒しつつもこう口を開いた。
「ドラゴンではない。そういう気配じゃないから……でも、気をつけて。おそらく今の悲鳴を聞きつけて……」
「え、私の せい?!」
ウネの分析を聞き、ローズは剣を構え持った姿勢のまま「す、すまん」と気まずそうに呟く。
「くっ……私のせいなら、責任持って私が倒すぞ!」
「決意は立派でいいけど、空飛ぶ系の魔物じゃどちらかというとあなた不利じゃない? あなたの武器って剣だし」
「う、く……」
マヤの冷静で厳しい指摘に、ローズは言葉に詰まってなんともいえない悲しそうな表情で沈黙する。それでも彼女は心を折らず、剣はちゃんと構え続けた。
「ドラゴンでは無いようでしたら、この武器はちょっと大仰過ぎますね。では私は今回は、いつもの相棒を使いましょう」
ロースの傍でそんな声が聞え、思わず彼女がそちらに視線を向けると、フェイリスが例の巨大な武器を一旦下ろして、身軽な格好でスカートのスリット部分に手を伸ばしているところだった。そうして彼女はスリットに忍ばした両手で、太股に革ベルトで固定し装備していた銃を二丁取り出す。
どうやらフェイリスはいつもの拳銃で戦おうという様子だった。しかしフェイリスがそう言って銃を手にし、ローズは少しだけ不安を感じる。
一体どんな魔物が近づいているのかわからないが、フェイリスの持つ銃はエルミラが携帯しているような形のもので小さく、二丁も所持しているとはいえそんなもので魔物をしとめられるものなのだろうか……と。
「いや、でも空飛ぶ系なら私の剣よりああいう銃の方がよっぽど有効かも……」
「ローズ、なにブツブツ言ってるの? そろそろ来るわ、集中して!」
マヤにそう注意され、ローズははっとした表情で再び空を見上げる。するとマヤの言うとおり、周囲に聳える高い岩壁の向こうから、黒い影が無数飛び出してきて、こちらへ向けて急降下してきた。
「あれは……ウォーバード!」
急襲する敵の姿を確認し、ローズが叫ぶ。ほとんど音も無く近づいてきたその魔物は飛行系の魔物で、見た目は巨大な肉食の鳥類といったものだった。
全身を黒い毛で覆われたそれは小型のドラゴンより一回り小さいサイズの魔物だが、しかし鳥と考えるとその大きさはあまりにも大きい。その黒い影はまさに空を飛ぶ肉食の獣だった。




