君を助けたいから 77
「ユーリさん、さっき何かいいもの見つけたって……って、きゃああっ! な、なんで脱いでるんですかぁ!」
「何でって、風邪引くぞって言ったのお前じゃねぇか。濡れてるのは脱いどかねぇと、どんどん体温奪われんだろ」
ユーリは心外だといわんばかりの表情で、顔を真っ赤にして顔を背けるアゲハにそう返す。そして彼は「あ、下は脱がねぇから安心しろよ」と、近くの木に濡れた服を引っ掛けながらアゲハに言った。
「そ、そうですか……あ、まぁそうですよね……風邪引いちゃいますもんね……でも急に裸になるからびっくりしちゃいましたよ……」
「裸って、全裸になったわけでもねぇのに大袈裟だな……つーかお前はその歳にもなって男の裸も見たことねぇのかよ」
「うくっ……な、ないですよっ! 悪いですかっ! むっ、待てよ……レイチェルのは見たこと歩けど、それはレイチェル小さかった時だし……だから別にそれは驚かなかったけど……」
赤い顔のまま何かぶつぶつ言うアゲハに、ジューザスが「ところでアゲハ、さっき何を言いかけたんだい?」と聞く。その問いでアゲハは、また忘れそうになった言葉を思い出した。
「あ、はい! いえ、ユーリさんが滝から戻ってきた時に私に『いいもの見つけた』って言ってたので」
アゲハはユーリに背を向けたまま、「あれ、どういう意味だったんですか?」とユーリに問う。するとユーリもそれを思い出したように、「あぁ、そうだそれ!」と興奮した様子で声をあげた。
「? 一体どうしたんだい?」
ジューザスも不思議そうな眼差しをユーリに向けると、ユーリは興奮した様子のままこう皆に告げる。
「実はあの蟷螂野郎に吹っ飛ばされた時、滝の裏側にまで飛ばされたんだよ」
ユーリが蟷螂に飛ばされた時、彼は流れる滝の向こう側にまで飛ばされたらしい。
流れ落ちる滝の水が溜まる場所に落ちたので大きな怪我をしなくて済んだ彼の幸運は、しかしそれだけではなかった。
「それで、滝の裏に小さな空洞? 穴? まぁとにかく洞窟っぽいもんがあることに気づいて、とりあえず水ん中からそこに上がって見たらさぁ」
ユーリは滝のほうを指差しながら、嬉々とした表情で「あの裏にすげーもん見つけだんだよ!」と言 った。
そしてそれを聞いて、ジューザスは「まさかそれって」と期待した眼差しを彼に向ける。
「それ、グラスドール?」
「そう! いや、俺が見ただけだから絶対そうとは言えねぇけど、多分そうじゃねぇかって! なんかその洞窟ん中にいっぱいゲツレンカが咲いてて、その一部がゲツレンカに似てるけど、でもちょっとゲツレンカとは違った花だったんだよ!」
ジューザスの問いに頷いたユーリがそう言葉を続けると、アゲハが「ええっ、それ本当ですか!」と驚いたように叫ぶ。ミュラも「あの滝の裏にそんな場所が……」と、同じく驚愕した様子で呟いた。
「いや、でもあの滝の裏にそんな場所があるんなら、確かにグラスドールがある可能性は高いな。滝の裏なんて滅多に人が立ち入らねぇ場所だし、魔物も滝があるから入らねぇだろうし……」
ミュラがそう考える表情で呟き、ユーリは嬉しそうに「だろっ!?」と頷く。そしてアゲハとジューザスも、期待した表情となった。
「と、とりあえずその滝の裏に行ってみよう」
ジューザスがそう言い、ミュラも「だな」と頷く。しかしユーリが「でも行くならずぶ濡れ覚悟だぜ」と言うと、途端に彼らのやる気は下に下がった。
「そうか……滝の裏だもんなぁ……」
「……ユーリ、もう君はずぶ濡れなんだしちょっともう一回行ってきて花を取ってきてもらえないか?」
ジューザスの要求にユーリは「ジューザスの癖になに俺に雑用押し付けてんだよ」と理不尽にブチ切れる。そして彼はジューザスの腕を引っつかみ、嫌な予感に抵抗する彼を無理矢理滝の前の川の方まで連れて行って……
「てめぇもずぶ濡れになれっ! そーすりゃ問題ねぇだろっ!」
「ぎゃあああぁあぁっ!」
非道な男はジューザスを滝の下の川の中に突き落とす。そしてゲラゲラと鬼のように笑った後、水の中で非難と悲鳴を叫ぶ彼を無視して、ユーリは驚くアゲハたちに向き直った。
「つーわけで俺とジューザスはもうずぶ濡れだし遠慮なく滝の裏に行くけど、アゲハとかどーするよ?」
ユーリに問われて、アゲハは「うーんと……」と迷う様子を見せる。するとミュラは意外な事に、「それじゃ俺もずぶ濡れになって行くか」と言った。
「おぉ、おっさんも行 くか」
「あぁ。植物学者としては、本当にグラスドールがあるのか興味あるからな」
「そういやおっさんはそういう肩書きだったな……」
微妙に忘れていたミュラの職業を思い出し、ユーリがそう独り言のように呟く。それを聞き、ミュラは「忘れんなよ」と言った。
そういうわけでミュラも行く事を決め、ユーリは迷うアゲハにこう声をかける。
「アゲハは無理に濡れなくていいんじゃね? ま、こういうことは男に任せとけ。それよりもお前はここでアーリィを見ててくれよ」
「あ、はい……わかりました。私はアーリィさんとここで待ってますね!」
アゲハが力強く頷くのを確認すると、ユーリは彼女たちに背を向ける。そして彼はジューザスやミュラと共に、飛沫を上げて水を落とす滝へと向かった。
ユーリたちは濡れる事を覚悟して水の中に入り、やや水の流れる勢いが弱い岩が密集する箇所から滝の裏側へと回る。
戦闘の間にだいぶ空が明らんできたが、滝が光を歪めて遮るその裏側はやや暗い。その薄暗さの先にはユーリの言うとおり、洞窟のような空間が広がっていた。
「うぅ……びしょ濡れだ……本当にひどい……大体いきなり突き落とすなんてありえない……」
ひんやりと冷たい水から洞窟に続く地面へと這い上がったジューザスは、自分を問答無用に突き落としたユーリに対してそう泣きそうな顔で恨みがましく呟く。それをユーリは知らん顔で無視し、彼は洞窟の奥を指差した。
「あっちだ。あっちに花があったんだよ」
ユーリがそう教える方向に、ずぶ濡れの三人は進んでいく。
激しい水しぶきの音を背後に聞きながら三人が洞窟の中へと入ると、そこは外の光が弱くしか入らない場所にも関わらず、内部は淡い光で照らされていた。そしてその幻想的な淡い光はゲツレンカのものだろうということは、ユーリだけじゃなくジューザスたちにも即座に理解できた。
「おぉ、本当にここにゲツレンカが咲いてるな」
「むしろ滝の周辺よりも多く咲いているよ……やはり魔物に荒らされない場所だから、こんなに咲いているのだろうか」
洞窟の奥へと足を進め、その中に光を発しながら咲く花の園を見つけて、彼らはそうそれぞれに言葉を漏らす。
やがてユーリは「来てくれ、こっちにグラスドールっぽい花があるんだ」と言い、足元に咲き乱れるゲツレンカに注意して洞窟の奥へジューザスたちを誘った。




