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神化論 after  作者: ユズリ
君を助けたいから
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君を助けたいから 74

 ミュラは目を閉じたままそう言い、しかし彼はこの後五分後くらいには静かに寝息を立てて寝た。

 アゲハやジューザスも不気味な夜の山奥、しかも危険な魔物が出る可能性がある中で、しかしやがては一日の疲労もあってか自然と眠りにつく。

 そうして見張りのユーリ以外が寝静まり、しばし緊張と恐怖から解放されて、彼らに安らぐ時間が訪れた。

 やがて夜はさらに更けて、見張りがユーリからミュラ、そしてジューザスに変わる。

 意外にもこのまま朝まで問題なく体を休める事が出来るかもしれない……と、見張りをするジューザスがそう思いながら朝を待ち、やがて薄く空が濃い群青から青へと薄く変わり始めようとした頃だった。

 

「……?」

 

 何か一瞬違和感のようなものを感じ、ジューザスは顔を上げて周囲を見渡す。視線を向けた周囲は、静かな夜の林でしかない。

 一瞬感じた妙な違和感は気のせいだったのだろうかと、そう思いながらジューザスは視線を正面に戻した。しかし今度は言い知れぬ胸騒ぎを覚え、やはり気のせいでは無いかと思い直す。

 そして彼は感じた違和感の一端に気づく。”音”が止んでいたのだ。先ほどまで聞えていた夜の闇に響く微かな虫の鳴き声が、今は全く聞えない。それは不気味な静寂だった。

 

「……」

 

 自分の直感を信じて、ジューザスはアーリィ以外の寝ている者達を起こすことにする。彼は自分の剣を手に取り、静かに眠るユーリたちに声をかけた。

 

「ユーリ、起きてくれ」

 

「んあ……? んだよ、朝か……?」

 

 やや不機嫌そうな様子で目を覚ましたユーリは、まだ明るいとは言えない周囲の状況を確認して「まだ朝じゃねぇじゃん」とジューザスに文句を言う。だがジューザスは「そんなことより」と、彼の文句を無視して言葉を続けた。

 

「敵がいるかもしれないんだ」

 

「ん……あぁ」

 

 『よりによってジューザスに起こされた』というシチュエーションの問題もあって不機嫌だったユーリだが、ジューザスのその言葉に真剣な表情となって体を起こす。寝起きだが、こういう事態で切り替えが早いところはさすがだった。

 とりあえずユーリが起きたので、ジューザスは続けてアゲハとミュラにも小さく声をかけて彼らを起こす。

 

「アゲハ、起きてくれ」 


「うぅ~ん……おしるこは……おしるこにはアップルパイ入れちゃダメですよぉ……」

 

「おしるこ? アゲハってば」

 

「ふぇ? ……あれ、ジューザスさん……」

 

 何の夢を見ていたのかわからないが、寝ぼけているアゲハにもジューザスは敵が近くにいるかもしれないという事を伝える。するとアゲハもまだ少し眠そうながら、「わ、わかりました」と頭を切り替えて返事をした。

 さて、残りはミュラだ……と、ジューザスが彼に視線を向けると、意外にも彼はジューザスが声をかける前にもう目を覚まして体を起こしていた。

 

「あれ、ミュラは勝手に起きたんだ」

 

「あぁ、繊細な俺だからな。少しでもこう煩かったり、人の動く気配とかあると目が覚めるんだ 」

 

 真顔でそう答えるミュラに、ジューザスはますますこの筋肉質な農夫のおっさんがわからなくなる。

 

「そ、そんなに私は煩くはしてないし……っていうか、それは繊細って言うのか?」

 

 ミュラの言い分に思わず悩んだジューザスだが、しかし直ぐにそんな無駄なことを考えている余裕は無いのだということを思い出す。

 彼はミュラに「アーリィと一緒に安全なとこに避難しててくれ」と声をかけ、白い剣を片手に立ち上がった。

 

 ジューザスたちが周囲を警戒する中、薄闇はやはり不気味なほどに静寂を保つ。

 小さくそよぐ風で鳴る草木の音だけが周囲から聞え、それだけがその場で聞える明確な”音”だった。

 

 そうして異様な静けさの中、彼らは敵の存在を確信する。危険な何かが確かにこちらへ迫る気配を感じ、彼らは一様に緊張の表情を強めた。

 そして、やがて予感どおりに襲撃するものがゆっくりと姿を現す。それは彼らにとって、最悪の敵だった。

 

「ひっ……!」

 

 アゲハの小さな悲鳴が、妙に大きな音となって闇に響く。

 本当はもっと大きな声で恐怖を叫びたかった彼女だが、現れた”それ”のあまりの恐ろしさに、悲鳴をあげる余裕も無くなったのだ。

 

 薄い闇の中に黒く浮かんだシルエットは、背の高い木々を避けながら、音を立てずにゆっくりとユーリたちの方へと進む。

 それはアゲハには見覚えのあるシルエットで、彼女は震える声でこう呟く。

 

「あ、あれは……あの時の蟷螂……!」

 

 周囲の木々に負けず劣らずに背の高いシルエットが浮かび上がり、それに見覚えのあるアゲハがそう言って表情をいっそう険しくさせる。

 そう、明朝近くの襲来者は、アゲハとアーリィが遭遇した巨大蟷螂だったのだ。

 

「かまきり……?」

 

 月明かりの下にぼんやり見える姿とシルエットの形で何となくアゲハの言った事を理解できたジューザスだが、しかしそれにしても目の前の異常な大きさが思わず疑問符を呟かせてしまう。

 昨日遭遇した巨大蜘蛛や芋虫も昆虫としては常軌を逸脱した大きさだったが、目の前の蟷螂はそのさらに上をいく巨大さなのだ。

 さらに詳細な姿が見えない黒い闇を背負ったシルエット姿は、見るものの不安を増幅させる不気味さがあった。

 

「う……気持ち悪さでは芋虫と蜘蛛のが勝ってるけど、こっちはデカ過ぎんだろ……」

 

 短剣を構えつつもそう苦い顔で呟くユーリに、ジューザスも内心で同意する。しかしなんにせよ今はこの月明かりを頼りに戦うしかないので、ジューザスはメルキオールを握りなおした。直後に少しはなれた場所で、眠っているアーリィと共に避難しているミュラが彼らに声をかける。

 

「おい、戦うのはかまわねぇが、この場所を荒らさないように気をつけてくれ!」

 

「えぇ?!」

 

 ミュラの唐突な要求にジューザスは困った顔をし、そんなジューザスなどお構いなしにミュラは言葉を続けた。

 

「ここにはゲツレンカがあんだから! 花を傷つけるのはやめてくれ!」

 

 農作業が好きな熊みたいな男だが、やはり植物を愛する学者なようだ。

 ミュラのその訴えを聞き、ジューザスは自信なさげに「き、気をつけるよ」と返事をした。

 

「気をつける? いや、無理だろ!」

 

 ジューザスの努力発言を『無理』とばっさり切り捨てたユーリは、直後に「来るぞ!」と短く警戒を叫ぶ。彼の叫ぶとおり、巨大蟷螂はこちらへと攻撃の意思を向けて突進してきていた。

 動きにくそうな巨体でありながらも、以前にアゲハとアーリィを猛追した速さで、蟷螂は凶悪な鎌を振り上げて襲い掛かる。まず狙われたのはユーリで、彼は寝起きとは思えない素早い身のこなしで、振り下ろされた死神の鎌を後ろに飛んで回避した。

 しかしその結果に地面に大きく穴が空き、周囲に僅かに土煙が上がる。それを見てミュラが「おい、なるべく滝から離れて戦えよ!」と、珍しく焦ったような声でまた叫んだ。

 

「そーしてやりてぇけど、そんなの気にしてるよゆーはあんまねぇんだよ!」

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