君を助けたいから 72
何故アゲハがそんなに泣きそうな顔をしているのか理由がわかったユーリは、「嘘だろ……?」と呟いて彼女同様に順調に燃え盛る炎に視線を向けた。
たとえばマヤが魔法で紡いだ炎は、術者であるマヤがある程度操作可能な炎だ。マナによって作られた炎は、呪文詠唱時に細かく設定をすれば燃やす範囲を減点させる事も出来る。
だがそうじゃない炎――この火はそうはいかない。
「……どうすんだ、これ」
「どう……しましょう……」
メラメラとただ勢いを増していく炎を前に、ユーリとアゲハは途方にくれた様子でその場に立ち尽くす。
この炎の勢いを恐れて蜘蛛は完全に逃げたが、今度はユーリたちの前に山火事一歩手前の炎という新たな難題が立ちふさがった。
そうして困り果てる二人の元に、なんとか芋虫を倒したらしいジューザスが慌てた様子で駆けてくる。
「ふ、二人とも! これどういうこと?!」
ジューザスの言う”これ”とは勿論山火事一歩手前のこの現状のことだろう。だがユーリもアゲハも悠長に彼に説明している心の余裕は無く、ユーリは彼に「それよりこの火消す方法考えろ!」と返した。
「そ、それはそうだけど……本当にこれ、何事!?」
「ふええぇんごめんなさいいぃ! 私のせいなんですー!」
「いいからアゲハ、そーいうのは考えなくていいからどーするかを今は……」
また泣きそうな顔になったアゲハを、そうユーリが励ました直後だった。突如頭上に巨大な蒼い魔法陣が浮かび上がり、そこから大量の水が雨のように降り注ぐ。
炎に燃える箇所をカバーするかのように広範囲に出現した魔法陣は、生み出す水でやがて山火事一歩手前だった惨状を見事に鎮火させた。
火が消えると同時に魔法陣も消えて、こんな芸当が出来るのは一人しかいないと、火と魔法陣が消えたのを見届けた皆の視線が背後へと移る。そこにはミュラに支えられて、死にそうな顔色で魔法を発動させたらしいアーリィが立っていた。
「アーリィ、気がついたのか!」
芋虫の恐怖に気絶していたアーリィだが、無事目を覚ましていたらしい。ユーリの声にアーリィは僅かに頷き、だが直後に彼女は再び意識を失った。
「あっ、アーリィ!」
また気を失ったアーリィを心配してユーリが駆け寄ると、どうやら今度は無理して魔法を使ったのが原因で彼女は倒れたらしい。いつも以上に体温の低いアーリィの体を心配しながら抱きかかえ、ユーリは「参ったな」と呟いた。
「こりゃしばらくアーリィは起きねぇぞ」
「あ、アーリィさん大丈夫ですか?」
アゲハも心配した様子で駆け寄り、彼女は「私が火の海にしかけたばっかりに……」とひどく申し訳無さそうに呟く。だがお陰でユーリは助かったのだから、彼女の判断は間違ってはいなかったとユーリは思うので、「だからお前は悪くねぇよ」と彼はアゲハに言った。
「アーリィはまぁ、起きるまで寝かせとくとして……それより問題はこの山が予想以上にバケモンの巣窟らしいってことだよな」
ユーリは「なんか奥へ行くほどバケモンで溢れてるとか……?」と、ジューザスが倒した芋虫の亡骸を見ながら呟いた。
「かもね……まぁ、町で聞いた噂は残念ながら本当だったということだね」
「うぅ……ってことは、私たちあんな気持ち悪いのとまた遭遇する可能性があるってことですよね」
顔色悪いアゲハの言葉に、ミュラも「それはヤだなぁ」と正直な意見を重ねる。だが今更引き返すわけにもいかないので、やはり前に進むしか彼らに選択肢は無かった。
「あれ……ところでユーリ」
「あ?」
ジューザスはふと気づいたようにユーリに声をかけ、ユーリはそれにいつも通りのごく普通な反応を返す。そのユーリの反応を見て、ジューザスは恐る恐るといった感じでこう言った。
「……あの、私のこと……どうなったんだい?」
「はぁ?」
ジューザスの曖昧な問いにユーリは『何言ってんだ?』といった顔をした後、彼ははっとした様子となってまじまじとジューザスを見つめる。そして彼は何か興奮した表情となり、「やった!」と叫んだ。
「お前の顔見てもドキドキしない! むしろイライラしてぶん殴りたくなる! やったぜジューザス、俺いつもどおりお前の事嫌いだわ! さっきの戦闘で完全に気が紛れて、薬の効果も無くなったみたいだ!」
「あ、あぁ……うん、よかったけど、どうなんだろうそれ……な、殴らないでね」
どきどきされちゃうのも困るが、良い笑顔で『嫌い』と言われるのも悲しい……と、嬉しそうなユーリを見てジューザスはひどく複雑な気持ちになった。
「っていうか君っていつも私の顔見て殴りたいって思ってたんだ……」
全く知りたくなかった事実に大いにへこみつつ、ジューザスは「それで、どうしよう」と言う。
「せっかくの休憩中に魔物に襲われたわけだけど……どうする、もう少し休んでいく? それとも先に進む?」
ジューザスの問いにユーリは「俺は先に行ったほうがいいと思うぜ」と返す。アゲハも疲れていたが、またあの気味悪い巨大昆虫に襲われたらいやなので、「私も大丈夫です」と言った。
「は、早く花のある場所に向かって、さっさとこの山脱出しましょう!」
アゲハのその切実な訴えに、ジューザスは「それもそうだね」と頷く。そして彼はユーリが抱えるアーリィに視線を向けた。
「アーリィもそんな状態だし……ところでユーリ、君がアーリィを運ぶのかい?」
ジューザスに問われ、ユーリは「そのつもりだけど」と答える。しかしジューザスは「ミュラに任せたほうがいいんじゃない?」と彼に言った。
「なっ! なんでだよ! 熊オッサンにゃ渡さんぞ!」
「いや、だって君はやっぱり体力温存しといた方がいいだろうし……」
いつまたあの巨大昆虫と遭遇するかわからない状況なので、なるべく戦えるユーリには体力を温存しておいてもらいたい考えのジューザスは、嫌がるユーリに「だから彼女はミュラに任せよう」と言った。
「あぁ、俺に任せとけ」
ミュラもそう言い、ユーリは怨敵を呪うかのような怖い顔で彼を見る。だが結局ユーリはジューザスの言う事も理解できるので、アーリィをミュラに任せる事にした。
「おいオッサン、アーリィに変なことすんなよ」
「しないしない。多分」
「多分じゃねぇ!」
何かすごい不安を残しながらアーリィをミュラに託し、ユーリは荷物を背負って進むべき方向を確認する。
「えーっと……滝はあっちだよな……よし、行こうぜ」
そうして一行はツキヨバナの咲いているという滝のある場所へ、歩みを再開させた。




