君を助けたいから 71
「!?」
芋虫は粘着質な何かをジューザスへ向けて飛ばし、思わずジューザスは剣を前にしてそれを防ぐ動作を取る。粘着質な液体は剣と、それと僅かにジューザスの手にかかった。
するとその謎の液体はかかった瞬間に白い煙を発し、ジューザスの手袋を徐々に溶かし始める。飛ばされた液体は消化液か何かなのだろうか。
ジューザスに驚く暇を与えず、芋虫は次々と謎の液体をジューザスへ向けて飛ばし始めた。
「くっ……」
メルキオールは特殊な武器なので被害が無かったが、しかし手袋を溶かされたことからわかるように、液体が体に直撃でもしたら恐ろしい事になる。
ジューザスは次々飛ばされる液体を避けるしかなく、途端にジューザスは劣勢に立たされた。
一方ユーリはジューザスに命令されたのが癪だったが、言われたとおりに巨大蜘蛛をどうにかしようとそちらへと駆ける。彼はとりあえず腰を抜かして悲鳴をあげているアゲハを助けようと、右手で投擲用のナイフを三本手に取った。
「アゲハ、動くなよ!」
恐怖と混乱でアゲハは聞いちゃいないだろうが一応そう叫び、ユーリは走りながら巨大蜘蛛目掛けてナイフを三本一気に投げた。
ユーリの投げたナイフは一本は前足を掠り、もう一本はやはり前足に当ったが、硬質な表面にはじかれて地に落ちる。だが最後の一本は前足の一本、間接の部分に器用に突き刺さり、蜘蛛は耳障りな甲高い鳴き声を発した。
そうして蜘蛛が暴れだすと、アゲハも負けじと悲鳴を大きくする。
「きゃあああぁぁ! いやああぁあぁぁっ!」
「う、うるせぇ……落ち着けって、アゲハ」
蜘蛛が悶えている隙に、ユーリは完全に泣いているアゲハを引っ張って、一先ず蜘蛛から引き剥がす。
ユーリに救出されたアゲハは、本気で震えながら彼にこう訴えた。
「ユーリさん、私、アレも無理ですっ!」
「……じゃああっちの芋虫とどっちがいい?」
ユーリが聞くと、アゲハは即答で「どっちも無理!」と叫び、ユーリは『まぁ仕方ないよな』と小さく溜息を吐いた。
「んじゃお前はどっか安全なとこ行ってろ。俺らでなんとかすっから」
「うぅ……すみません……」
申し訳無さそうにそう返事するアゲハは、蜘蛛から逃げるように遠くへ下がる。そしてユーリは改めて蜘蛛と向き合った。
正直ユーリも巨大蜘蛛などというバケモノとは出来ることなら顔を合わせたくは無いが、しかし実体がある敵ならば解決方法が楽なので、彼は落ち着いた様子で短剣を構えて蜘蛛を見据えた。
「さて……切り刻んでやるよ、蜘蛛野郎」
挑発するようにそう呟くと同時に、蜘蛛は自分に攻撃してきたユーリへ怒りをぶつけるように、彼へ向けて白く粘着性のある糸を勢いよく飛ばしてくる。それをユーリは冷静に、斜め前へと飛んで回避した。
見た目蜘蛛らしく糸を飛ばしてきた敵だが、どうやらそれに捕らわれれば即身動きが取れなくなりそうだ。そうなると厄介だし、自分との距離が離れているから糸を飛ばしてくるのだとすれば、接近戦が主な自分は尚更距離を詰めなくては優位には立てない。そう判断し、ユーリは魔物と再び距離を詰める為に走った。
しかし蜘蛛も簡単に距離を詰めさせようとはせず、ユーリとは反対に彼から離れながら糸を吐き出して飛ばす。蜘蛛の吐き出した糸は周囲の岩や木に付着し、粘着質に白く絡まった。
「チッ……逃げんじゃねぇよ!」
苛立ったようにそう叫び、ユーリは手元に残っていた投げナイフを掴んで一気に投げる。投げられた無数のナイフは一直線に蜘蛛へ向かっていき、やはり何本かは後ろ向きに逃げる蜘蛛に命中した。
しかし命中しただけでは、硬質な蜘蛛の体を傷つける事は出来ない。だが体に当ってはじかれたナイフが多数の中で、一本はやはり足を傷つけて蜘蛛の動きを一瞬止めた。その隙を逃さず、ユーリは一気に距離を詰める。
「!?」
一気に駆けて距離を詰めようとしたユーリに、動きを止めた蜘蛛が予想外に反撃に出る。負傷して動きを止めたと思われた蜘蛛だが、ただユーリの攻撃に動きを止めたわけではなかったらしい。蜘蛛は自分に接近していたユーリに、大量の糸を浴びせかけた。
「うげぇっ!」
完全に油断していたユーリは反応が遅れ、ついに蜘蛛の糸をまともに受けてそれに捕らわれる。
ねばねばと粘着性のある蜘蛛の糸は以外に拘束力が強く、ユーリは地面に膝をついてその場で足を止めた。
「ユーリさん!」
ユーリのピンチを見ていたアゲハが声を上げ、蜘蛛が好機といわんばかりにさらなる反撃に動く。ぞっとする巨体が今度は自ら自分の方へと迫ってきて、自由に身動きが取れなくなったユーリはさすがにまずいと険しい表情を浮かべた。
「く、そ……!」
複数の足を器用に動かし、蜘蛛が口のようなものを開けて迫る。自分を捕食する気なのだろうかと、そうユーリが考えた時だった。
「くらえ、発火札!」
アゲハの泣きそうな声が聞えると同時に、ユーリの周囲に何か札がばら撒かれる。そしてその札は蜘蛛の糸や地面に触れた瞬間、突如紅蓮色に発火した。
「うおっ!」
突然の発火にユーリは驚いたが、驚いたのは彼だけではなかったらしい。ユーリを食らおうと迫っていた蜘蛛も、炎に驚いたように動きを止めた後、即座に炎から逃れようとまたユーリから離れ始めた。
そして炎はユーリを拘束していた蜘蛛の糸を、ユーリごと燃やして彼を自由にする。
「あぢぢぢぢぢぢぢっ!」
炎に包まれたユーリはそう悲鳴をあげながら、自由になった体で燃え盛る場所から逃れた。
走して彼は地面を転がって、燃えそうになっていた自分の体の火を消す。そんな彼にアゲハが駆け寄り、「ユーリさん、大丈夫ですか?!」と聞いた。
「すみません! ユーリさん助けたかったから、ああするしかなくて……」
涙目でそう謝罪するアゲハに、ちょっと髪の毛が焦げたのを気にしながらユーリは立ち上がり、「いや、サンキュ、助かったぜ」と返す。
「蜘蛛野郎も逃げたし……しかしすげぇな 、なんだありゃ」
火に恐れをなして逃げていく蜘蛛を見届けながら、ユーリはその火の謎をアゲハに問う。するとアゲハは涙目のままこう答えた。
「えぇと、家に代々伝わる秘密の札で……ごめんなさい、詳しい事は秘密なんです」
「おぉ、そうなんか……」
アゲハの説明を聞き、ユーリは理解したように頷く。そして彼は「あんなすげぇもん持ってたなら、もっと今までの戦闘でもるか使えばよかったのに」と言った。
そしてその言葉に、アゲハは何かひどく困った顔をしてこう呟く。
「だめなんです、あれは最後の手段というか……だってあのお札、確かに強力なんですけど……」
周囲の木やそこに引っかかった蜘蛛の糸に燃え移り、勢いを増して燃え出す炎を泣きそうな顔で見つめながら、アゲハは「あの火、私自力じゃ消せないんです……」とひどく申し訳無さそうに呟いた。
「え……?」
「あぁ、どうしよう……山火事になっちゃう……」




