君を助けたいから 69
「うんうん、私もいいと思いますよ! アーリィさんとユーリさんならいいご両親になれますって!」
アゲハが満面の笑みでそう元気に言い、ユーリはまた照れくさそうに苦笑する。そんな会話をしていると、木の実取りに満足したアーリィとミュラが彼らの元にやってきて声をかけた。
「皆で盛り上がってなんの話……?」
アーリィがそうユーリに問うと、ユーリは笑って「いや、なんでもないよ」と返す。
「それよりアーリィ、まだ魔法は使えない感じか?」
ユーリがそう問うと、アーリィは少し申し訳無さそうな顔をして「うん……」と頷いた。
「ごめん、もう少しかかりそう……」
「いや、謝る必要はねぇよ。……ま、無理すんな」
「わかった」
素直に頷くアーリィは、しかしどこか申し訳なさそうな表情のままで、ユーリはそれを気にしたがそれ以上は言葉を続けずに足を進めた。
またしばらく歩くと道が険しくなり、さすがにミュラもアーリィをおんぶに切り替えて、一行は山を登っていく。
アゲハとアーリィが遭遇して以来昆虫の魔物には合わなかったが、途中何度かこの辺りではよく見かける小型から中型の魔物との遭遇はあり、ユーリたちは足場の悪い中での戦闘を強いられ、何とか魔物を撃破することに成功する。しかし戦闘での怪我や疲労、険しくなった山道など、一行の体力の消耗は決して少ないものではなかった。
出発から四時間ほど経ち、また彼らは一先ず休憩を取ることを選択する。
戦闘と山道で消耗した体力を少しでも回復させようと、彼らは少し広くスペースとなっている場所を見つけ、そこで一旦荷物を下ろした。
「アゲハ、アーリィ、今度は勝手にどっか行くなよー」
「は、はい! 行きません!」
「うん……って言うか行けないし」
ユーリに注意され、アゲハたちはそれぞれにそう言葉を返す。それにユーリは「それもそうだな」と笑った。
「しかしこれでやっと山の中腹近くか……まだ滝はこの上の山の奥らしいけど」
ジューザスは疲れたように息を吐き、「でも今日中にはツキヨバナの咲く場所には着けそうかな」と呟く。それを聞き、ミュラは「だといいけどな」と返した。
「着けたとしても、やっぱ町に戻るのは明日だろうな 」
「正直……得体のしれない魔物がいるような場所で一晩を明かしたくは無いけど、仕方ないよね」
ミュラの言葉を聞き、ジューザスがそう溜息と共に呟く。そうして彼は近くの岩場に腰を下ろした。
そうして彼は地図を広げ、進むべき方向を改めて確認する。
「えぇと……滝のある場所はここで、今は大体この辺りだから……」
そう確認するジューザスの傍で、アーリィがユーリに「これ」と小瓶を手渡す。ユーリはそれを受け取りながら、「なに、これ」と彼女に聞いた。
「傷薬。ユーリ、さっきの戦闘で怪我したから……出発前に何個か作ってきといたのあげる」
「あぁ、魔法薬か。サンキュ」
ユーリはアーリィから薬を受け取り、早速その瓶の蓋を開ける。途端に何か甘ったるい匂いが鼻先を掠め、ユーリはふと不安を感じた。
「……アーリィ、これホントに傷薬?」
確認するようにユーリがそう問うと、アーリィは不思議そうな顔で「そうだよ」と答えた。
「どうして?」
「あ、いや……そだな、傷薬なんだよな」
多少怪しい匂いがしても、アーリィが『傷薬』と言うんだからそうに違いないと、ユーリは彼女を信じて瓶に口を付ける。そして一口飲んだところで、ジューザスが彼を呼んだ。
「ねぇユーリ、今日は滝の辺で野宿になりそうなんだけど、それでいいよね?」
「ん?」
そうしてユーリが振り返り、ジューザスと目が合った瞬間だった。
「!?」
「……? ユーリ、どうしたんだい?」
ジューザスを凝視したまま硬直しているユーリに、ジューザスが訝しげな表情で問いかける。その傍で今度はアーリィが「あっ!」と、凄く気になる声を上げた。
そしてジューザスはとりあえずユーリからアーリィに視線を移す。すると視線の先には、心なしか顔色悪いアーリィの姿があった。その表情は焦っているようにも見える。
そしてアーリィの様子にもジューザスが首を傾げると、アーリィは「どうしよう」と震える声で呟く。さらに彼女はこう続けた。
「ユーリ、それ傷薬じゃない……間違えておまじないの薬渡しちゃった……」
「え?」
何か物凄い不吉なことを呟いたアーリィに、ジューザスは「呪いって?」と聞く。そしてアーリィはこう答えた。
「飲んで……最初に見た人を三日間は絶対に好きになる薬……」
「……」
今度は物凄い嫌な予感を感じながら、ジューザスは恐る恐るユーリに視線を戻してみる。すると目が合ったユーリは、先ほど固まった表情のままこうジューザスに言った。
「じ、ジューザス……どうしよう俺、なんかお前見て……ドキドキしてる……」
「……う、うわあああぁぁ」
やや赤らんだ顔で恐ろしいことを言ったユーリに、反対にジューザスの顔色は物凄い勢いで青ざめていく。アーリィもひどく動揺した様子で、「どうしよう、効果出ちゃった……」と呟いた。
だが不幸中の幸いで、ユーリは一口飲んだだけだ。恐ろしく強力な効力を持つアーリィ の『恋の魔法薬』はそれでも効果を発揮してしまったが、幸いユーリも自分が異常だという自覚が持てる程度には正気を保っていた。
「お、おおぉ……アーリィ、この薬の効果ってたしか……」
「み、三日くらい……あの、ユーリ大丈夫? ユーリ、私のこと……嫌いになってる?」
「いや、嫌いじゃない、大好き……でもやばい、それ以上にジューザスが……あがががががっ」
恐ろしい薬の効果と必死に戦っているらしいユーリは、額に汗を浮かばせながら「しっかりしろ俺!」と自分に気合を入れる。そんなユーリにジューザスも必死な形相で応援を投げかけた。
「ほ、本当にしっかりしてくれユーリ! 君、むしろ私のこと嫌いなはずだろう!」
「ふざけんな ジューザス、今お前が俺に声かけんな! お前の声聞くだけで……ああああ死にたい」
恐るべき薬の効果と理性の狭間で苦しむユーリは、アーリィに「アーリィ、これ効果消す薬とか無いのか?」と聞く。そしてアーリィは泣きそうな顔で首を横に振った。
「あるけど、でも今手元には無い……」
「そ、そんな……」
「あ、でも効果消す方法が一つある!」
アーリィのその一言に、ユーリは勿論ジューザスの表情も希望にぱっと明るくなる。だが、次の瞬間アーリィが言った言葉は。
「一目惚れした対象が物理的にいなくなれば……」
「ちょっとアーリィ、それぼかして言ってるけどつまり私に『死ね』って言ってるんだよね!」
アーリィの解決案にジューザスは「止めて!」と叫んだが、ユーリは死にそうな顔色で短剣を握りしめる。その目は虚ろで、殺る気満々にジューザスを見ていた。