禍の病 12
「エル兄!」
エルミラの返事に、レイチェルが声を上げる。ミレイもエルミラに「こんなやつのいうこときいちゃだめだよ、赤毛!」と言った。
「こんなへんなきかい、みれいがこわしちゃうからへーきだよ! だから赤毛、いっちゃだめ!」
「ん~……でもこのお兄さん、今断ると今度こそもっとヤバイ方向に大暴走しちゃう気がするし……やっぱお前らを巻き込みたくは無いからねー」
エルミラはそういつものおどけた調子で言うと、レイチェルたちに苦笑しながら向き直る。
「そんなわけで、オレはここでお別れでーす! あとはアゲハに任せるよ。アゲハ、こいつらのこと後はよろしくな!」
アゲハは「は、はい……」と戸惑いながらエルミラの言葉に頷く。彼は何かを言いたそうに、不安げな眼差しを向けるレイチェルたちに笑って「大丈夫だって」と告げた。
「この人確かに頭可笑しいけど、オレに協力してほしいって言ってるだけだから命取るわけじゃ無いし」
「でも……でも、僕……僕、エル兄に危険なものつくる手伝いしてほしくないよ……」
レイチェルのその言葉に、エルミラは少し笑みに寂しげな表情を宿す。しかし彼はもう一度「大丈夫」とレイチェルに言った。
「オレもそんなのつくるつもり無いよ。……ま、オレに任せとけって。ちゃんとこの後このお兄さんを説得するからさ」
「エル兄……」
「約束するよ。オレだって機械はもっと平和的に利用されるべきって思うし。でも今はこのお兄さん頭に血が上って落ち着いて物事考えられないっぽいからさ。だからゆっくり説得してくよ」
エルミラはそれだけ言うとレイチェルたちに背を向けて、今度はヘイデルに向き直る。
「そういうわけだから、レイチェルたちにもう危害加えないって約束したら、今回はあんたについてってやるよ。ちゃんとこの後夕飯くらい奢れよな」
「……いいよ、約束するよ。君が協力してくれるなら、ご飯だっていくらでも奢るさ」
エルミラの軽口にヘイデルは苦笑し、彼はまた黒い箱のボタンを押す。すると機械は武装を一旦また下に下ろして解除した。
「それじゃ、話は纏まったというわけで……オレのことは心配するなよ二人とも! 夜な夜な心配で泣くとか、毎日オレの為に朝晩太陽に向かって無事を祈るとかそんなことしないでいいからな!」
また急にふざけた態度となり、レイチェルたちに振り返ったエルミラはそう彼らに別れを告げる。この脱力するエルミラの態度に、レイチェルたちは一体どんな顔で彼を見ればいいのか心底困った。
余計な心配をかけまいとするエルミラのこういう態度には慣れていたレイチェルたちだが、いざ目の前で危険な人物に彼が連れてかれようとすると、心配させたくないエルミラの思いとは裏腹にどうしても心配してしまう。しかしそれでも今は、自分たちの身の安全を守りたいエルミラの考えを尊重するほか無かった。
「エル兄……ちゃんとまた、帰ってきてね」
「勿論」
エルミラの微笑みに、レイチェルは笑顔を返す事は出来なかった。
「かえってこなきゃ、おうちの赤毛のへやはみれいのものにしちゃうからね。おまえのいばしょはなくなるぞ」
「それは困る! 絶対帰ってきます!」
そうしてエルミラはレイチェルたちに背を向け、ヘイデルと共に去っていった。
ヘイデルと、そして彼が開発した人型の機械兵器と共に、エルミラは先ほど通ってきたばかりの道を引き返しながら歩く。
「あんた、この機械どうやってここまで運んだの? さっきの魔物もだけど」
ヘイデルの少し後ろを歩くエルミラは、彼の隣を同じペースで器用に二足歩行する機械を観察するように見ながら問いかける。ヘイデルは「僕の研究室の一つがこの近くなんだ」と答えた。
「だから移動は簡単だった。……君がここに来ると情報を掴んだ時は、チャンスだと思ったよ」
「オレにとっては災難だよ……」
呟き肩を落とすエルミラは、しばらくして若干真面目な声音でヘイデルの後姿にまた問いかける。
「レイチェルたちに手ぇ出したらブチ切れてあんたのこと殺しちゃうかもよって、オレ確か前にそう警告したよね? なのにそれをわざわざ実行してまで、どうしてあんたはオレに協力を求めるわけ?」
「それが君の唯一で確かな弱点だってわかったからね。そしてその弱点を攻めてまで君に協力してもらいたい理由は、さっきも言っただろ?」
「兵器開発?」
「人型の、ね」
答えたヘイデルは薄く笑いながら、「あぁ、僕を説得しようとしても無駄だよ」とも付け足す。
「人の代わりに考え行動しながら敵を倒す、兵そのものにもなる兵器の開発が僕の夢なのさ。兵士と兵器の一体化とでも言おうか……そうだよ、争いなんて機械にさせればいいんだ。生身の弱い人を使わず、壊れたら新しく造りなおせる機械で戦争は行うべきだ。その方が効率がいい」
「なるほど、何となくあんたの考えは理解できた。あんたもただ面白がって兵器造ろうとしてるわけじゃないんだね。でもさぁ、賛同は全く出来ないよ。っつか、どうせなら『争いは無くそう!』ってゆー平和的な考えにはならないわけ?」
エルミラのその言葉に、ヘイデルは前を向いたまま喉の奥で笑う。
「無理だ、人が人である限り争いは無くならないよ。人が個人で意思を持って存在している限りね。そしてこのまま機械技術が発達して機会が普及すれば、人は機械を公に戦争の道具として利用するだろう。遅かれ早かれそういう使い方をされるなら、今僕が兵器を生み出してもいいじゃないか」
「……そうだとしても、オレがそれを認めるわけにはいかないね。オレの弟は、それを望んでないから」
「君や君の大事な弟の考えはどうでもいいんだよ。僕にとって大事なのは、僕の考えだけなんだから」
エルミラは心底呆れたように「自分勝手な人ねー」と呟く。ヘイデルは前を向いたまま言葉を続けた。
「身勝手? 身勝手はどっちだよ。綺麗事ばかり言ってるけど、君こそあの小僧と共に実際にあの少女の形をした機械兵器を造ったんだろ? 何故君たちが僕を非難するんだ?」
「だから、ミレイは兵器じゃないから違うっつの」
「君たちがそう言い張っても、周りは僕を含めてあれを危険な兵器と認識するよ」
「……認識はご勝手に。でもミレイは兵器じゃないから」
「ふっ……」
ふて腐れた様子のエルミラの言葉に、ヘイデルは可笑しそうに小さく笑う。そして彼はエルミラに聞かせるように呟いた。
「何にせよ、もう君は僕に協力せざるを得ない状況だ。僕は君の弱点を掴んでいるんだからね」
「そーなんだよねー……はぁ、本当に困ったよねー」
ヘイデルは楽しそうに笑みながら、「あの機械仕掛けの少女の秘密を僕にも教えてもらうよ」とエルミラに告げる。彼の背後で、今度はエルミラが笑った。そして彼は撃鉄を起こす小さな金属音を消すように、ヘイデルに返事を返す。
「いやだね」
銃声。
闇に人の影が落ちる。同時に、ヘイデルの造った機械兵を操る操作盤が地面に転がった。
「だから言ったじゃん、レイチェルたちに手ぇ出したら殺しちゃうよって……オレのことだから、冗談だと思った?」
エルミラはいつの間にか回転式拳銃を握っていた右腕を下に下ろし、無感情な眼差しで額から血と脳を僅かに零し息絶えるヘイデルを見下ろす。彼と同じ速度で並び歩んでいた機械兵は、ヘイデルが倒れた後も変わらず同じ速度で歩み続けていた。
「それに、やっぱオレはあんたには賛同できないし協力もしたくないよ。……あんたみたいな屑にアンゲリクスの秘密、教えれるわけないだろ」
言葉を続けながらエルミラは地に落ちた制御盤を拾い、それで歩み続ける機械兵を止める。機械兵は創造主同様に静かに動きを止めた。
「あんたみたいなのに悪用されないようにさ、アンゲリクスのことはオレが墓場まで持っていくよ」
孤独を克服した新たな命は、しかしあの二人以外にはいらない。
硝煙の香りが微かに漂う中で、エルミラは静かに呟いた。
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