もう一人の探求者 2
「大体あなたこそ何なのよ! せっかくこっちは血まみれでぶっ倒れて死に掛けてたあんたをこうして助けてやったってのに、自分の名前も名乗らずあげくこのアタシに向かって『そいつ』って……あぁもう、信じらん無いほどの無礼ね!」
「す、すみません……」
マヤのあまりの剣幕に、男は相当に怯えて素直にそう謝る。だが何か機嫌の悪さが収まらないマヤは、「それよりまず名前を名乗りなさいよ」と男に言った。
「……俺はジュラード」
「ジュラードさん、か」
「ふ~ん……あぁ、そう」
ローズが確認をするように、男の名をそう繰り返す。名前を聞いてもマヤはやはり、彼に対して不信感露な態度を変えなかった。
「で、何者よあんた」
「……お前も俺に対して随分な態度じゃないか……」
名前を言っても『あんた』呼ばわりなのが気になり、ジュラードはマヤへと言い返す。するとマヤは世にも恐ろしい顔でジュラードを睨んだ。
「何か文句言った?」
「……」
小さいのにやたら恐ろしい気を発するマヤに、彼は『こいつただものじゃない』と本能で理解する。とりあえず今は素直に質問に答えておかないと、この小さい謎生物に何かやばい事されると怯えた彼は、自分のことをこう説明した。
「俺も旅してる……」
「やっぱりそうか。いや、あなたの格好から多分そうだよなーと思ってたんだ」
やたら敵意を向けてくるマヤに対し、ローズは正反対に好意的な笑顔でジュラードに接する。この差は一体何なんだと思いながら、彼もまた疑問を二人に問うた。
「俺は一体、どうしていたんだ……?」
自分の記憶が正しければ、自分はこの二人に会う直前に死に掛けていたはずだとジュラードは思い出す。
しかし先ほど殴られた頭以外に痛いところは無いので、今の自分に怪我があるようには思えない。ただ、確かに自分の記憶が正しいことを証明するように、今自分が着ている服は胸から腹辺りにかけて大きく引き裂かれていたのがひどく気になった。それに先ほどマヤは、血まみれだった自分を助けたと言っていたし……やはり自分は怪我をしていたのだろうが、しかし何故今はその怪我が全く無いのか。二人の言う『助けた』とは、一体どのような方法なのだろう。
すると問いながら考えるジュラードに、ローズがこう説明をする。
「今マヤも言っていたけど、怪我をして倒れていたんだ。傍には魔物がいて、そいつにやられたんだろう……あ、それは私が倒したよ。ほら、あそこに」
言いながらローズは遠くを指差す。ジュラードが彼女の指差す方向へ視線を向けると、その先の少し遠くの方に大きな黒い塊が見えた。魔物の死骸だろう。確かにあれには見覚えがある。獰猛で危険な魔物だったと、ジュラードは恐怖を思い出した。
「危ないところだったけど、何とか助けが間に合ってあなたを救う事が出来たんだ」
「あんた一人でアレを倒したというのか?」
ジュラードはそう驚きを呟く。こんな小柄な女性があの巨大な魔物を一人で倒したというのか。いや、他にも驚く事があった。今は一切見当たらない、自分の怪我についてだ。小さい女の子のことも未だ気になる。一体何から、彼女へ問えばいいのだろう。
ローズも自分は色々説明しなくてはいけないということを自覚しているようで、とりあえず今ジュラードに聞かれたことを彼女は答えた。
「信じてもらえないかもしれないけど……まぁ、そうだ。私があれを倒した。一人では無く、彼女の協力もあってだけども」
「彼女?」
「マヤだよ。私の大事な相棒なんだ」
ローズはジュラードの疑問にそう答えると、視線をマヤへ落とした。マヤは相変わらずジュラードに敵意満載な顔つきだったが、「そうよ」と頷く。
「……」
あの小さい存在がどうやって戦闘したっていうんだ……ますます謎が深まり、ジュラードは困惑した面持ちでローズとマヤを交互に見遣った。
「あ、信じてない顔してるわね。どこまでも失礼な男ね、全く」
「マヤ……そりゃ、普通は突然そんなことを言われても信じられないだろう。そんなに彼を責めるな、かわいそうだろう」
マヤの敵意満載な態度を見かねてか、ローズがそう彼女に言葉を向ける。すると今度はマヤはローズを怖い顔で睨み、こう言った。
「なに?! ローズってばこの無礼男の味方なの?! アタシよりこの男の方がいいってわけ?!」
「な、なんでそうなる!」
マヤの飛躍した思考にローズは慌てる。ジュラードもローズと似たような顔をして、マヤの驚きの発言に動揺していた。
「こんな無礼のどこが好きなのよ、ローズ! ほら、言ってみなさい! あなたを惑わすこいつの魅力的な部分を、アタシが今から不思議パワーで根こそぎ剥ぎ取って無くしてやるから!」
「何怖いことを言ってるんだ! 止めろ! 大体いつ俺が彼が好きなんて言ったんだ! いや、嫌いじゃないけど……でもお前誤解してるぞ!」
「だってあなた、アタシじゃなくて彼の味方してるじゃない! アタシより彼が好きなんでしょう!」
「味方って……あぁもう、どうしてお前はいつもそうなんだ!」
なにやら突然言い争いを始めた二人に、ジュラードはただただ茫然とする。訳のわからない彼を一人置いて、ローズとマヤは喧嘩を続けた。
「なんで俺が少しでも男と話すと、お前はそう敵意むき出しになるんだ!」
「だってローズ、男は皆ケダモノなのよ?! あなたは危機感が足りないのよ! ホイホイ知らない男についてって、アタシが汚す前にあなたの純血が汚されたりしたらどうするのよ!」
「ば、バカ言うな! なんだ純血がどうのこうのって……っていうかお前は俺に何をする気なんだ!」
なんだか関係性が全く読めない二人の会話を聞きながら、ジュラードは目を丸くしたまま『自分はどうすればいいんだ』と考える。ぶっちゃけ彼はよくわからないし怖いし面倒だから、この場から今すぐ逃げたかった。
「と、とにかく! この人は意識が戻ったばかりで状況把握出来てないみたいだし、ちゃんとあったことを教えてあげないとダメだろう! 大体この人教われてた時、お前だって『助けないと!』って言ってたじゃないか!」
「そりゃアタシだって、死に掛けた人がいたら咄嗟にそう言っちゃうわよ……でもでも、助かったらもう話は別よ! ほら、こんな奴ほっといて、さっさと先行きましょうよ!」
「そんなこと出来るわけ無いだろ! こんな中途半端に彼を放って行くわけには……」
「何よ……それってやっぱりアタシよりその人相悪い男の方が好きってことじゃない……」
「だ、だからどうしてそうなるんだ」
困り果てるローズに、完全に拗ねたらしいマヤは「もういい!」と言って怒った表情でそっぽを向く。
「勝手にしなさいよ! ローズのバカ! 浮気者!」
「なっ……!」