君を助けたいから 67
ユーリの言葉にアーリィは慌てて首を横に振る。ただでさえ今は足手まといという自覚があるのに、これ以上迷惑はかけたくないとの思いから、彼女は「平気だから」とユーリに言った。
「いや、それでもやはり怪我した足で山道を歩くのは難しいと思うよ」
ジューザスがそう言い、アーリィはひどくショックを受けた顔で黙り込む。そんなアーリィの様子を見て、ミュラが「んじゃ、俺がおんぶしてやるか」と言った。
「は? おっさんが?」
「俺はお前らみたいに戦えるわけじゃねぇし、それくらいの労働は喜んですんぜ」
ミュラのその言葉に、ユーリが疑わしげな視線を向ける。
「お前はただカワイ子ちゃんと触れ合いたいだけなんじゃねぇの? 」
「まぁ、正直に言うと男は背負いたくはねぇなぁ……」
正直なミュラにユーリは物凄く不満そうな顔をして、「なら俺が背負う」と言う。だがアーリィは「ユーリは大変だからいいよ」と首を横に振った。
「どうしてもってなら、ミュラに頼む……」
「なっ! アーリィは俺よりこの無駄筋肉のオッサンのがいいってのか?!」
本気でショックを受けるユーリに、アーリィは「だってユーリに迷惑かけたくないし」と呟いた。
「ミュラも大変だったら別にいいよ……」
「おぉ、大変じゃねぇよ。収穫出来た芋や大根運ぶようなもんだろ? 余裕だって」
よくわからないミュラの例えに、アーリィは困惑した表情を返しつつも、「私芋じゃないけ ど、じゃあお願いする」と言う。それを聞き、ユーリはますます不機嫌そうに納得いかなそうな顔をした。
「ぐうっ……なんであんな熊おっさんを頼るんだ、アーリィ……俺だって別に迷惑なんかじゃ……」
「まぁまぁ……確かに私たちはいざって時に戦えないと困るんだし、彼に任せよう」
不機嫌な顔をするユーリをなだめるようにジューザスがそう声をかけ、彼はユーリにこう言葉を続けた。
「それにアゲハの話だと、やはりこの場所には町で聞いたような魔物がいるみたいだし、尚更私たちがいざって時に対処できないと困るよ」
ジューザスはそう言うとアゲハに視線を向けて、「だよね」と彼女に聞く。アゲハは「はい!」と力強く頷き、今度は彼女が口を開いた。
「町で聞いた大きな昆虫に遭遇したんですよ! もうホント大きくて気持ち悪くて、私、アーリィさんと必死で逃げましたよ!」
そう説明しながらアゲハは巨大蟷螂を思い出したのか、物凄く嫌そうな顔をして「もうアレには会いたくないなぁ」と独り言のように呟いた。
そして、改めてアゲハの話を聞き、ジューザスは考える表情でこう呟く。
「確かにそんな敵とは遭遇したくないから、やはり慎重に進むべきかもしれないね。体力温存と戦いに適した場所ではないという意味で、戦闘はなるべく避けたいし」
が、ジューザスのそんな言葉を全く聞かず、ユーリは嫉妬した視線で別の方向を見ていた。その別の方向というのは、なんだか楽しそうな様子のミュラとアーリ ィの方向だ。
「おぉ……すごい、高い……! 楽しい……」
「はっはっは、だろ!」
何故かアーリィをおんぶじゃなくて肩車しているミュラに、ユーリは物凄い怖い顔で「てめぇなにヤらしいことしてんだ!」と吼えていた。
だがアーリィは肩車を気に入って楽しそうな様子だし、ミュラは「いいじゃねぇか」と涼しい顔で言葉を返した。
「本人が楽しんでんだし」
「よくねーよ! アーリィ、今すぐそこから下りるんだ!」
「……それって命令?」
「う……それは……」
ユーリの”命令”ならどんな言葉も従うアーリィだが、ユーリはなるべくなら彼女に命令はしたくない立場だ。だが今回は致し方ないと、ユーリは『そうだ』と言おうとする。だが自分を見つめるアーリィの眼差しが物凄く悲しげなもので、彼は結局……
「……イエ、命令ではないですヨ」
「そう……じゃあユーリ、私、下りたくないかも……これ楽しい……っ!」
ユーリが『命令ではない』と言うと、途端にアーリィの目はまた楽しげに輝いて、「モロに乗ってるのと同じ気分」とまで言う。そりゃ凄く楽しそうだと、そう思いながらユーリは泣く泣く彼女を下ろすことを諦めた。
「……くっ……わかった、アーリィが下りたくないって言うなら……いいよ、その熊に乗ってて」
「おいおい、俺はだから熊じゃねぇって」
「いや、熊だ。熊って考えたら百歩譲って許せるような気がするから」
「って言うかユーリ、少しは私の話を聞いてくれよ……」
楽しげな様子のミュラとアーリィに嫉妬して意識が完全にそっちにいっているユーリに、ジューザスが悲しげな表情で呟く。だがやはりジューザスの訴えは、ジューザスが彼にとってかなりどうでもいい部類に入る存在な為かユーリには無視された。
その後無事に合流を果たした一行は、魔物を警戒しながらややゆっくり目のペースでツキヨバナの咲く地点へと向かう。
いや、正確には警戒しつつも一部はほのぼのとした雰囲気でのんびりと進んでいた。
その一部のほのぼのとした人たちはというと、やはりこの二人。
「すごい……今の私、あの高いところの木の実とか取れそう……」
「おぉ、じゃあ取るか?」
「! 取る !」
「よしよし、ちょっと待ってろ。んじゃそっちに……」
「うん、ありがと……」
すっかりミュラに運ばれるのがお気に召したアーリィは、先ほどまでとは打って変わってテンション高めな様子で肩車を楽しむ。一方でミュラも、疲れることをしているわりには色々とお得なので物凄く楽しそうだった。
そしてそんな二人の様子がやっぱり気に入らない男が一人。
「……ユーリ、顔怖いよ。君のそういう顔、昔よく見たなぁ……仕事前とかに」
完全に殺る気な目でミュラを見ているユーリに、ジューザスがそう声をかける。するとユーリはミュラをじとっと睨んだまま、「だってあいつ、俺のアーリィを……」と悔しそうに呟いた。
そのユーリの呟きに、ジューザスが苦笑しながらこう言葉を返す。
「いいじゃないか、彼女だって君以外の人と触れ合うことも経験になる。つまり彼女の為になると思えば、少しくらい穏やかな気持ちになれるんじゃないか?」
しかしそう言われてもどうにも納得しきれないユーリは、ふて腐れた様子で木の実を取るアーリィから視線を外す。
「でもよぉ……アレはねーよ。あのおっさん調子乗りすぎだろ」
そうぼやくユーリに、同じくミュラたちの様子を見ていたアゲハが笑顔でこんな事を言った。
「でもでも、私にはお二人が親子みたいな感じに見えますよ? そう思えば全然問題ないじゃないですか?」
「親子ぉ?」
アゲハにそう言われ、ユーリは改めてアーリィたちの様子を見る。確かにそう言われれば、はしゃぐ娘と楽しそうなおっさんの図に……
「……いやいや、見えねぇよ」