君を助けたいから 64
「!?」
アーリィが後ろを振り返り、真後ろに巨大な鎌を振り上げて立つ魔物の姿を見る。どうにかしなくては、と、そうは思っても体が恐怖で動かない。
すると動けないアーリィの傍でアゲハが立ち上がり、彼女は「えいっ!」と言いながら何かを巨大蟷螂に向けて無数に投げつけた。
それは拳大くらいのサイズの球体の何かで、それぞれに白と黒のものが蟷螂に投げつけられる。そしてそれが蟷螂に当った瞬間、激しい火花の炸裂と共に、白い煙があたりに濛々と充満し始めた。
「ひゃっ……」
火花と煙に驚いたアーリィが小さく悲鳴を上げると、アゲハが再びその腕を引っ張って、「今のうちに逃げますよ!」と言う。その力強い声に励まされたからか、硬直していた体はまた自分の意思で動かせるようになり、アーリィは返事の代わりに痛む足を無視して立ち上がった。
そうして二人は充満する白い煙の中から脱出するように、再び林の中を駆け出す。少し煙が目に入って二人とも涙目だったが、そんな事にかまっていられる余裕は無かった。
そうしてしばらく無我夢中で走りぬけ、後ろから蟷螂が追いかけてくる気配が無くなったところでアゲハは足を止める。
「はぁ……はぁ……あ、アーリィさん……だいじょぶ、ですか?」
息を切らしながらそうアーリィに問いかけるアゲハに、アーリィは彼女以上に肩で息をしながら頷いた。
そのアーリィの返事を見て、アゲハは一先ず安心したように「よかった」と呟く。
「ふぅ……なんとか逃げれましたね……ホント、よかった……」
蟷螂に投げつけた煙玉の煙が染みて出ていた涙を拭いながら、アゲハは今駆けて来た自分の後ろを見てそう呟く。するとその隣で、やっと喋れるくらいに息が整ったアーリィがぽつりとこう言った。
「でも……ここどこ? ユーリたちとはぐれた、私たち……」
「うあっ……それは……考えないようにしてましたが……」
アーリィの呟きに、ホッとしていたアゲハの表情が苦いものに変わる。
確かに今現在自分たちは確実に迷子になっている。先ほどはとにかく余裕が無かったので仕方ないのだが、闇雲に走って逃げたせいで、二人は今自分たちがどこにいるのかさっぱりわからなくなっていた。
「そんなに遠くまで来たつもりは無いし、ユーリさんたちのいる場所からすごく離れてはいないと思うけど……」
周囲を見渡しながら、アゲハがそう心細そうな声で言う。アーリィは相当疲れたのかその場にしゃがみ込み、アゲハを見上げながら「ごめんなさい」と言った。
「えぇ! どうしてアーリィさんが謝るんですか!」
「だって……こうなったのは全部私のせいだし……」
アーリィはひどくしょんぼりした表情でそう呟き、「それに助けてくれたのもアゲハだし」と言う。
「私、アゲハにすごく迷惑かけた……」
「そそ、そんなことないですって! 私だって責任ありますし、アーリィさんは悪くないです! それにアーリィさんが一緒だったから私も『どうにかしないと 』って頑張れたんだし! あの、な、泣かないでください!」
「ううん、これはさっきの煙が目に染みての涙……」
「あぁ、なんだよかったです……いや、良くないか……煙はホント、ごめんなさい……煙玉って言うんですけど、あれ使うと目とか染みちゃいますよね。それに一緒に火薬玉も投げたから、余計に煙がこう、もわっと……」
「でもあの煙のお陰で逃げれたし、あれちょっとかっこよかった……」
「かっこいいって言ってもらうと嬉しいですけど、やっぱり煙が目に染みて……あれ、何がなんだかちょっとわかんなくなってきましたよ。そもそも何の話でしたっけ?」
「……煙の話?」
「そう、煙の話! ……いや、やっぱりそれは違う気がします……う~んと……」
アゲハは混乱する頭と暗くなりそうな気持ちを、一先ずいつもの前向きなものに切り替えようと、「とにかく大丈夫ですよ!」とまた笑顔になってアーリィに声をかけた。
「うん、やっぱり考えてみたらユーリさんたちとそんなに離れてはいないはずです! だからきっと直ぐまた合流できますよ!」
「そう、かな……?」
「そうですって! 私、皆さんと合えるまで頑張りますんで!」
アゲハの前向きな様子にアーリィは少し励まされたのか、僅かに微笑んで「うん」と頷く。それにまたアゲハも笑顔を返し、彼女はアーリィに手を伸ばした。
「ところで大丈夫ですか、アーリィさん。立てます?」
「あ、立てるけど……」
アーリィは差し出されたアゲハの手を掴むのを一瞬だけ戸惑ったが、直ぐにそこに自分の手を重ねて、アゲハに引っ張られながら立ち上がる。
「さっき少し足捻ったから……」
「あぁ、やっぱり怪我してましたか! じゃあ手当てを……」
アゲハはそう言うと、周囲を見渡して休むのによさそうな岩を指差す。そして「あそこまで行けますか?」とアーリィに聞いた。
「あそこが休むのにいいと思うので。で、とりあえずあそこに行ったら、簡単にでも手当てもしときましょう」
「うん、わかった」
アーリィが頷き、アゲハは彼女が何故か繋いだ手を離してくれないので、そのまま手を繋いで岩の方へと歩く。そして二人は大きな岩に腰掛けた。
「じゃ、私手当てするんで。足見せてください」
「……うん」
やっとアーリィはアゲハの手を離し、彼女の言うとおりブーツとストッキングを脱いで、怪我をした足を彼女に見せた。
「あぁ~……これ結構痛い感じですよね」
踝の辺りが紫に変色して腫れ上がっているアーリィの足を見て、アゲハが顔を顰めながらそう言う。そして彼女は自分の荷物から湿布と包帯を取り出し、手当てを始めた。
「これ、さっき走るの辛かったんじゃないですか?」
「……大丈夫」
「ダメですよ、我慢しちゃ。きっと走ったから酷くなっちゃったんだなー……」
言いながら手早く手当てをして、アゲハは「魔法で治せるようになるまでは、痛いかもですがこれで我慢してください」とアーリィに言った。そしてそれにアーリィは「わかった」と素直に頷く。
「う~ん……これだと歩いてユーリさんたち探しに行くのは無理ですね。そんなことしたらますます酷くなっちゃう」
「ううん、手当てしてもらえば少しは歩けるかも……少し休んで、そしたら行こう」
手当てを終えて立ち上がったアゲハにアーリィがそう言うと、アゲハは「わかりました」と返事をした。