君を助けたいから 63
アーリィの要望にアゲハも同意し、二人はちょっと前進して動物をよく見ようと木に近づく。すると二人の動きを察知してか、警戒した小動物は二人に背を向けて、身軽な動きで別の木の枝に飛び移った。
「あっ!」
「逃げましたね!」
二人はほぼ同時にそう声をあげ、そしてアーリィは「追いかけよう」と呟き、アゲハも「ですね」と頷いた。
「やっぱりすばしっこそうですよ、アーリィさん!」
「なら回りこんで……挟み撃ちしたらいいかもしれない」
何かいつの間にか小動物を捕まえようと考えている二人は、そんなことを言いながらまた前進する。すると再び小動物は別の木に飛び移り……
「あぁ!」
「また移動しましたね! もぉー……」
そうして二人は小動物を追いかけて、段々と林の奥へと移動していく。小動物に夢中になった二人は、自分たちがユーリたちと離れていっているということには気づかないのであった。
アーリィとアゲハが可愛い小動物に夢中になっている頃、ユーリたちは二人の姿が見えないことに気がつく。
「あれ、アーリィとアゲハは?」
ユーリがそう言って周囲を見渡し、近くに見えない二人の姿を捜す。しかし二人の姿は見えない。そしてユーリは顔色を悪くさせた。
「おいおい……ちょっと待てよ、ヤな予感すんぞコレ」
「本当だ……二人とも、姿が見えないね」
嫌な予感を感じるユーリに、ジューザスがそう声をかけるように言う。そして彼も焦りの表情を見せた。
「どこに行ったのかな……」
「用足しにでも行ってんじゃね?」
ミュラの言葉に、「それなら一言くらいなんか言ってくだろ」とユーリは言い、そして彼は顔色悪いままこう続けた。
「マヤが言ってたんだよな……アーリィって何か夢中になるとソレまっしぐらでどっか行っちまって、よく迷子になったから探しに行く羽目になったって……」
そもそもユーリにとってのアーリィとの最初の出会いも、マヤとはぐれたアーリィに助けられて、である。考えれば考えるほど嫌な予感は増した。
そしてジューザスもこんなことを呟くように言う。
「アゲハもわりとその……うっかりしてるところあるからね……二人で何かに夢中になって、勝手にどこかに行ってしまったなんて可能性も……」
「……ダメだ、最悪のパターンしか考えられねぇ」
ジューザスの呟きで、ユーリは自分の不安を確信する。そして彼は勢いよく立ち上がり、「捜さねぇと!」と言った。
「そ、そうだね!」
「おぉ、わかった。捜そう」
そうして彼らは姿の見えなくなったアーリィたちを捜す為に、休憩を中断せざるを得なくなった。
その頃小動物に気をとられてはぐれてしまったアーリィとアゲハはというと、案の定ピンチに陥っていた。
「あ、アーリィさんは私の後ろに!」
「ううん、アゲハだけじゃ危険だよ……私も戦う」
「いいえ、アーリィさんは今はあんまり魔法使っちゃダメなんですから!」
「だけど……」
武器を構え、アーリィを庇うようにアゲハは険しい表情で彼女の前に出る。その目の前には、規格外の大きさの魔物の姿。
三メートルはありそうな巨大なその体は、見た目は蟷螂に良く似ており、アゲハは町の酒場で聞いた『巨大な虫』の魔物のことを思い出していた。
「これがおっきい虫……うぅ、気持ち悪い……」
思わずそんなことを小さく呟いてしまった彼女は、自分を励ますように少し震える手に力を込める。
蟷螂はアゲハもよく知っている虫だし、彼女もそこまで苦手な虫ではない。しかし見た目はそれに似ているといっても、大きくなっただけで別の生き物のように感じるし、感じる恐怖と嫌悪感は比べものにならない。
表面が黒光する体は金属のようで異様だし、大きく鋭い眼光は気味が悪いくらいに何か殺意や敵意のような意思を感じる。一言で『大きな虫』と表現しても、実体はそんな単純なものでは無さそうだった。
「ごめんねアゲハ……私があの動物追いかけようって言ったからだ……」
小動物を追いかけてこの魔物に遭遇してしまったことの責任を感じてか、アゲハの後ろでアーリィがそう申し訳無さそうな様子で呟く。しかしアゲハは魔物を見据えたまま、「アーリィさんのせいじゃないですよ」と返した。
「私も追いかけちゃったし、結局あのリスっぽいの見失っちゃったし……と、とにかく今はこの状況をどうにかしないと!」
目の前の魔物はこちらの様子を観察するように、眼差しだけをこちらに向けて停止している。その様子すら不気味に感じられ、アゲハは顔を顰めた。
「う、動かないなら……今のうちに逃げた方がいいかも、これ」
どうにも自分ひとりじゃ太刀打ちできそうも無い大きさの敵に、アゲハはそう呟く。魔物が何故自分たちを見ながらも直ぐに襲い掛かって来ず動かないのかは謎だが、逃げるなら今しかない。
「アーリィさん、行きましょう!」
「ふえ? わっ!」
アゲハは短刀を持ったまま後ろを振り返り、アーリィの腕を掴んで駆け出す。
彼女はアーリィを引っ張りながら、昆虫の魔物から逃れる為に、足場の悪い林の中で全力疾走した。
するとアゲハたちが逃げると同時に、不気味なほどに動かなかった魔物が、六本の足の内鋭利な鎌状になっていない四本の足を使って前進し、彼女たちを追いかけ始める。
「アゲハ、あれ追いかけてきたっ!」
「アーリィさん、後ろ振り返っちゃダメです! とにかく逃げましょう! 私じゃやっぱりあれ、倒せないと思うんで!」
足の遅いアーリィをグイグイ引っ張りながら、アゲハはとにかく全力で巨大蟷螂から逃れようと走る。
しかしアゲハほど機敏に動けないアーリィはやはり彼女のペースについていけず、元々疲れていたこともあって足が縺れて転んでしまった。
「うわっ!」
「アーリィさん!」
アーリィが転んだ事に気づき、アゲハは足を止めて振り返りしゃがむ。そして倒れるアーリィを抱き起こしながら、「大丈夫ですか?」と聞いた。
「う、うん……平気」
少し足を捻ってしまったが、しかしアーリィは起き上がってそう答える。その直後、二人を追って来た巨大蟷螂の影が二人を覆った。




