君を助けたいから 61
「残ってもいいけど、お前らじゃツキヨバナの咲いてるような場所をちゃんと探せるか不安だからな。俺も行くぜ」
ミュラはムキムキな巨体に似合わないミルクを飲みながら、「お前ら強ぇから大丈夫だろうし」とジューザスに返事をする。それを聞き、ジューザスは少し苦い顔で笑った。
「強いかどうかはわからないけどね……ただ今回はアーリィも戦えないから、二人守って進むのはちょっと不安なんだけど。だからってアーリィ一人を町に置いていくのも不安だしね」
「大丈夫ですよジューザスさん、皆で行きましょう! 私、いつも以上に頑張るんで!」
ジューザスの目にはアゲハは常にいつも以上に頑張っているように見えるので、これ以上本気出したら彼女が倒れてしまうんじゃないかとちょっと心配する。なので彼は「アゲハはいつも通りでも全く問題ないから大丈夫だよ」と返した。
「あれ、でもでも魔物がいるってことは……もしかして花、無いかもしれませんね……」
「そこは行って見ねぇとわかんねぇぞ。前だって行ってみたら花はあったからな」
ミュラがそう言うと、心配そうな表情を一瞬覗かせたアゲハは、「ですね!」とまたすぐ笑顔に戻る。そんな彼女の様子を横目で見ていたジューザスは、視線を男に戻してこう再び問いを向けた。
「その……あなたは山に出るという魔物がどんなものか、詳しくは知っているだろうか? 知っていたらどういうものかを詳しく教えてもらいたいのだけれども」
ジューザスにそう問われ、男は少し考えるように「そうですね」と口を開く。
「ここにいらっしゃる冒険者の方が時々話す程度の知識でしか知りませんが、真っ黒で大きな魔物が出るようになったり、昆虫が巨大化したようなものが出たりと……そういう話を聞きましたね」
男は「それが真実なのかはわかりませんが、魔物が出ることは確かですよ」とジューザスに答えた。そしてそんな話を聞き、アゲハの表情が強張る。
「う……巨大な虫……? それって何か……気持ち悪そうな予感がします……」
そういう部分の感性はごく普通の女の子らしいアゲハは、巨大な虫を想像して顔を青ざめさせる。確かに想像するとそれは結構……いや、かなり嫌だなとジューザスも思った。
「虫かぁ……俺もあんま好きじゃねぇなー」
「だ、だからどうして君ってそんなイメージに合わずに繊細なんだ!」
ミュラの繊細な発言についに思わずそうツッコミを入れてしまったジューザスは、ツッコんだ後に冷静になって「あ、すまない」と呟く。だがミュラは特に気にした様子もなく、こう続けた。
「いや、だって農作業してると虫はなぁ……せっかく作った作物ダメにしたりするからな。動物も食ったりするが、虫は動物と違って可愛げねぇから許せねぇな」
「あぁ、そういう由来での虫嫌だ発言なんだね……それならまぁ……納得できるような、そうでないような……」
なんだか本当に見た目のイメージと違う人だな……と思いながら、ジューザスはもう一口麦酒を 煽った。
翌日、ユーリたちは昨夜出来なかった道具類の補充等を町で行い、その後イレーヌ山へ向けて出発し町を出た。
出発が山から近い町とはいえ、山へ入るまでは一時間はかからないにしても、多少歩かなくてはならない。
そうして何十分かイレーヌ山へ続く道を歩き、やがてユーリたちはイレーヌ山の山道入り口にたどり着いた。
「お、あったあった! 山道入り口の看板!」
山道入り口と書かれた木の看板を見つけ、ユーリがそれを指差しながら声をあげる。それを見て、アゲハも嬉しそうに「ですね!」と返事を返した。
「やっと着きましたね!」
「着いたっていうか、ここからが本番なんだけどね」
アゲハの言葉に苦笑しながらジューザスがそう返し、彼は目の前に聳える山を見上げる。そしてちょっと嫌そうな顔をした。
「……本格的な登山になりそうだよね、これ」
イレーヌ山は山の中腹の下あたりまでは木々が多く生え、それより上からは徐々に灰色の岩肌が目立つようになる巨大な山だ。そして山の下のほうの傾斜は比較的なだらかだが、途中から急に傾斜がきつくなっている。
切り立つ岩肌や急な傾斜が遠くから見えていたのである程度覚悟はしていたが、やはり目の前に聳える山は軽い気持ちで登れるような山では無さそうな雰囲気である。それを改めて確認し、ジューザスは小さく溜息を吐いた。
「幸いツキヨバナは中腹辺りにある滝の場所に咲いてるらしいから、頂上まで行かなくて済むってのが唯一の救いだけども……」
「あぁ、そうか、老体には頂上までじゃなくてもこの山登るのはきついよな」
「だ、だから私を年寄り扱いしないでくれないか、ユーリ!」
また自分を年寄り扱いしたユーリにジューザスは怒り、ユーリはいつも通りそれを完全無視して彼はアーリィに声をかけた。
「アーリィもきついかもな……やっぱ町に残ってた方がよかったかな」
ユーリにそう声をかけられ、アーリィは一瞬驚いたように目を丸くした後、みるみる悲しそうな表情に変わる。
「私、確かに年齢的には年寄りというやつなのかもだけど……私も気分的には若い……し……」
「あ、ちげぇ! アーリィはジューザスとは違うって!」
「ユーリ、私とは違うってどういう意味だい?」
アーリィが直前の会話から勘違いしたために、ユーリは慌てて訂正する。勿論ジューザスは完全無視して、だ。
「そうじゃなくて、アーリィはその……今は魔法も使えないし」
ユーリはそう言った後、「足手まといとかそういう意味じゃねぇからな?」としっかりフォローし、こう続けた。
「ほら、体力落ちるじゃん、そういう時って。だからきついかなって」
ユーリのその言葉にアーリィは少し考えるように首をかしげ、やがて決意した表情で一言「頑張る」と力強く言った。
「お、おぉ……そうか、頑張るか」
「うん……それに一人で待ってるの、やっぱヤだし……」
アーリィは「わがまま言ってごめんね」と呟き、ユーリはそんな彼女の頭を優しく撫でて「いんや、いいよ」と返した。
「そだな、一人はヤだよな。んじゃ、まぁあれだ、ゆっくり行くか」
ユーリはそう言い、ジューザスに背を向けたまま「若作りのじいさんもいることだし」と呟く。それを聞き、ジューザスは半分涙目で「だから私は老人じゃないって!」と叫んだ。