禍の病 11
「やだよ、オレあんたと組むのなんて。大体オレはそっち方面についてはもう相棒がいるから尚更あんたと組む気なんてないよ。機械技師の資格ならレイチェルも持ってるし、レイチェルの方がずっと優秀だもんね」
エルミラはそう言うとレイチェルの肩を寄せて「だから帰れ、しっしっ!」とヘイデルを追い払う仕草をとる。エルミラに『ずっと優秀』と言われたレイチェルは、ちょっと照れた様子となった。
エルミラの言い分を聞き、ヘイデルの眼差しがレイチェルへと向く。彼は上着のフードで顔を隠したレイチェルを観察するように数秒見つめ、やがてこう口を開いた。
「レイチェル・クローシュ……そいつのことは勿論知ってるよ。確かに歳のわりには知識も技術もあるようだが……しかしそいつはゲシュ、異端じゃないか。なぜ君はそんなのを養子にしてまで一緒にいるんだ? なぜそんなものに執着する? 僕にはわからないねぇ……そんな穢れた血に称号を与える協会もクソだな」
ヘイデルのこの言葉には、さすがにエルミラもブチ切れて言い返そうとする。しかし彼よりも先にヘイデルの暴言に怒り心頭のミレイが口を開いた。
「さっきからだまってきいてやってれば、あんたなんなのよ! 赤毛はどうでもいいけどね、おにいちゃんのことわるくいうやつはみれいがゆるさないんだから!」
「オレはどうでもいいんだ……」
自分のさり気ない一言に傷つくエルミラは無視して、ミレイはヘイデルを鋭く睨みつける。するとヘイデルの視線は、今度はミレイへと向いた。
「そいつが、君とそのご執心の小僧と共に造ったというアンドロイドだな。先ほどの戦いを観察させてもらったけども……確かに優秀だよ。人に近しい感情表現や行動は、まさに理想とした造られた命の形だ。羨ましいとさえ思う……だがね、僕ならばもっと優れたアンドロイドを創造してみせるよ。もっと戦闘に特化した、戦略兵器となるアンドロイドをね!」
熱くそう語るヘイデルに、エルミラは心底呆れた表情を向ける。傍でアゲハは「ミレイちゃんも十分強いのに、それ以上強いって想像出来ないなぁ」と呟いていた。
「そうそう、ミレイも十分強いんだから”それ以上”なんて考えるのは危険だよ。大体ミレイに備わってる戦闘機能はオマケで、ミレイはちょっと強いだけの普通の女の子であってオレらの可愛く厳しい妹なの。ただそれだけ。あんたの考える物騒な機械とミレイを比べないでよ」
エルミラは普段は少し頼りないし臆病なところもあるしだらしないところが多いけれども、しかしこうやって自分たちのことを何より大切に想ってくれる姿を見ると、やはり彼は自分たちにとって信頼できる”家族”なんだとレイチェルは思う。やはり自分は彼についてきてよかったと、それを改めて思い幸せを感じた。
「……はぁ、君とは考え方が合わないのが悲しいね。だが仕方ない、それでも僕は君のその知識が欲しいんだ。感情表現豊かで強力なアンドロイドを生み出す君のその知識と頭脳が。相性は良くなくても、知識だけ僕に渡してくれればいいんだからそんなに問題では無いよね」
「いやでーす。お断りでーす。つかさっきからお断りしまくってるじゃん。いい加減もうホントに帰ってよ、オレ疲れてるし」
「つれない返事だ……ま、今までも散々君にはそういうふうに素っ気無い返事ばかりされて、毎度適当にあしらわれて逃げられていたからね。今更話し合いで君が僕について来るようになるとは、僕も考えちゃいないさ」
ヘイデルはそう言うと、左手に隠し持つようにしていた黒く長細い金属製の小型の箱のようなものをエルミラたちに見せる。
アゲハが「なんですか、あれ?」と首を傾げると、ヘイデルはまた不気味な薄笑みを見せた。
「今回は別に頭を下げてお願いしに来たわけじゃない。今回は、そうだな……脅しに来たんだよ」
ヘイデルはそう言うと、手に持った黒い箱に取り付けられたいくつかのボタンの一つを押す。するとそれに連動するように、また謎の機械が動き出した。
金属の擦れ合う耳障りな音を立てながら、ヘイデルが造ったらしい謎の機械は人で言う腕のような部分を持ち上げる。その持ち上げられた腕のような部分の構造を見て、レイチェルは「機関銃?」と呟いた。
「ほぉ……これがわかるのか。ヴァルメールでもこれを理解する者はまだ少ないのに……意外だな」
ヘイデルはレイチェルに君の悪い笑みを向けながら、自分が連れてきた機械についての説明を始める。
「そう、この機械に取り付けられているのは旧時代に発明された機関銃の一種で、機関砲と呼ばれる強力な兵器だ。君たちを簡単に蜂の巣に出来る力を持つ」
「旧時代の機械兵器は協会の一部の資格者しか開発も研究もしちゃいけないはずだよ。使用にはそれぞれ国の許可だっている。有事以外で旧時代の大型兵器や特定の銃器の開発と使用を許可している国はすごく少ないよ。ここは確か一般人には、狩猟銃や小型銃以外の銃器は許可してない国だよね?」
レイチェルがそう指摘すると、ヘイデルは意に介す様子も無い笑みと共にこう返す。
「だからなんだ? 僕はもうあの協会の者じゃないから、そんな窮屈な掟には縛られないんだよ。国の許可も僕には必要ない。機械をよく知りもしない奴らの言い分を何故守る必要があるんだ」
「なにそれ……そんなの屁理屈だよ。そういう兵器は簡単にたくさんの命を奪えてしまう。すごく危険だから決まりの中でのみつくることが許されているんだよ? 協会に属して、その中で危険なものを開発する資格を取って、それで初めて僕たち機械技者はそういうのを扱うことが出来るんだ。決まりの中で縛られていなければ、そういう兵器は開発しちゃいけないよ。そうでなきゃ危険が野放しになっちゃう……あなたみたいな人のせいで、皆が機械を無条件に『危険な兵器』って認識をしちゃうよ」
レイチェルは同じ機械を扱う技術者としてヘイデルが許せないらしい。彼は顔を隠すフードを外し、彼を睨みつけてこう言った。
「あなたみたいな身勝手な技術者がいるから、機械は今も現代にあまり受け入れられていないんだよ。過去の”審判の日”で、戦争がその原因の一つだって人々は信じてるからね。戦争に多く使われた機械兵器に対して、千年も経ったって言うのに多くの人は嫌悪感を未だに持ってる。僕も機械がそういうのに使われることは仕方な いにしても、良くないと思うから人が嫌悪するのは理解できる……でもそのせいで、機械の全てが危険って思われるのが僕はイヤなんだ。機械は人々の暮らしを豊かにも出来るんだから」
レイチェルはヘイデルに「あなたみたいな人が機械の未来を壊してるんだよ」と言い放つ。この言葉に、ヘイデルの表情が変わった。
「僕が機械の未来を壊してる、だと……? 生意気なことをほざくガキだ……僕こそが機械で新たな未来を創造する存在だっていうのに……」
ヘイデルは怨敵を見るような眼差しでレイチェルを睨みつけ、そしてまたエルミラに向き直る。彼はエルミラにこう言った。
「エルミラ、僕に協力しないと言うなら僕はこの機関砲で君の大事な人たちを撃ち殺すよ」
「……最低だな、あんた」
ヘイデルの言葉に、エルミラは静かにそう言葉を返す。そして彼は溜息の後、「わかったよ」と言った。




