君を助けたいから 55
「いいわけねぇだろ。掴んだら捻り潰すよ」
「怖い……そこまで怖いこと言わなくても……だってオレ、心細いんだもん……」
「何かに掴まってたいんなら、ラプラにでも抱きついてればいいでしょ?」
「……」
厳しいイリスの言葉を聞き、エルミラはそっと後ろを振り返ってみる。するとラプラと目が合い、彼はいつもの胡散臭い笑顔で「抱きつきましたら呪い殺しますがよろしいですか?」とエルミラに言った。
「い、いいわけないよ……大体オレもあんたには抱きつかないよ……もうやだ、オレの周りはみんな怖い……泣きそう……」
「すみませんね。私の胸はイリス専用なので。あと私の許可無くイリスの髪の毛に触ろうとしないでくださいね、ブチ殺しますよ」
「ひいぃ……何でオレ、笑顔で『ブチ殺す』とか言われてんのー」
優しさの欠片も無い周りにエルミラは本気で涙目になり、イリスはそんな彼に今度はちょっとだけ優しく声をかけた。
「大丈夫、何かあってもあなたのことは私とラプラで守ってあげるから」
「ホントだかんね? マジでオレ、こういう怖い雰囲気苦手だし、大体オレって戦えるキャラじゃないし、とにかく精密機器のごとくデリケートでか弱い生き物……」
エルミラが涙目でそう訴えかけ、しかし彼の言葉は途中で途切れる。突然目を見開いて硬直する彼に、イリスは「どうしたの?」と聞いた。
するとエルミラの顔がみるみる青ざめ、彼は震える声でこうイリスに言葉を返す。
「いいいいい今、なんかレイリスの後ろ……ふわって、ななな何かが……何かが通り過ぎたような……」
イリスの背後に広がる黒い木々のシルエットを指差しながら、エルミラはそう蒼白な顔色で答える。それを聞き一瞬イリスは怪訝な表情をしたが、直ぐに「あ、それってもしかして」と何かに気づいたように声をあげた。
「やっぱりおおお、おばけかな?」
「違うでしょ。イグニス・ファトゥスでしょ」
震える声で『オバケ』と聞くエルミラに、イリスは冷静にそう返事を返す。だがエルミラは恐怖のあまり、自分が見た『何か』をオバケだと思い込んでいるようだった。
「いや、オバケだって絶対! 白くてふんわり、いや、ぼんやり? とにかくなんか曖昧でふわふわしてて、それがふわ~って宙を浮きながら一瞬ちらって見えたの! あれって火の玉ってやつだよ!」
エルミラのひどく曖昧な説明に、しかしイリスは「やっぱりそれ、イグニス・ファトゥスじゃないの?」と返す。そうして彼はラプラに視線を向けた。
「ラプラは見た? 今、エルミラが言ったようなやつ」
「いえ、残念ながら私は……しかしイリスの言うとおり、それがターゲットの可能性はありますね」
「違うって! 絶対アレ、オバケだって!」
頑なにオバケを主張するエルミラに、イリスは「あなたはそんなにオバケに会いたいわけ?」と苛立った口調で言う。それにエルミラはブンブンと首を横に振り、イリスは「だったらオバケじゃない可能性の方があなただって良いでしょう?」と彼に言い聞かせるように言った。
「それはそうだけど……え? ホントにあれ、オバケじゃないの?」
「知らないよ、見たのあなただけだし。って言うか、大体本当にそんなの見たの? 見間違いじゃなく?」
イリスに疑わしげな視線を向けられ、エルミラは慌てて「見たよ絶対!」と叫ぶ。そして彼は訴えを続けた。
「ホントに見たんだよ! レイリスの後ろにふわ~って! ほら、丁度あんな感じに……」
エルミラはそう言いながら、再びイリスの背後を指差す。そしてイリスとラプラは、それぞれに「あんな感じ?」と声をそろえて言いながら、彼の指差す方を見た。
「そう、白くてふんわりと浮かぶ……」
エルミラが指差す先を見るとそこには確かに彼の言うとおり、いつの間にか不可思議なものが出現していた。
それは赤ん坊ほどの大きさの球体の炎のようなもので、暗い木々の間を淡く白に照らしながら浮かびながらゆっくりと木々の間を移動する。
そしてエルミラは再び目撃したその”何か”に、思わず悲鳴を上げる。
「ぎゃああああああぁぁっ!」
エルミラが悲鳴を上げて恐怖する一方で、今度は自分の目でしっかりとそれを目撃したイリスも驚いたように目を見開く。しかし彼は直ぐに冷静になり、ラプラに「ねぇ、あれ」と問うように声をかけた。
「やっぱりあれじゃない? 目的の魔物の……」
「えぇ、そうです。あれこそイグニス・ファトゥスです」
イリスの問いかけにラプラは頷き、イリスは「捕まえないと」と呟く。そうして彼はエルミラに声をかけようとしたとき、そのエルミラは恐怖でパニックになり泣きながらイリスに抱きついた。
「うわああぁぁん助けてレイリス! オバ、オバケ! 早くお払いしてよ!」
完全にお化けとか幽霊とかその類だと思い込んでいるエルミラは、イリスに抱きついて無茶な要求を泣きながら喚く。イリスはエルミラを心底邪魔そうに引き剥がそうとしながら、彼に「落ち着いて、エルミラ」と言った。
「だからお化けじゃないって! ちょっと引っ付かないでよ、うっとおしい! いい歳した大人が泣くほどお化けを怖がるなっつの!」
エルミラに引っ付かれまともに身動きが取れなくなったイリスは、「これじゃ魔物捕まえられないじゃん!」とエルミラに文句を言う。だがエルミラは泣いて震えて聞いちゃいない。困り果てたイリスはラプラに助けを求めた。
「ラプラ、こいつどーにかして……」
だがイリスの訴えを聞いたラプラは、目が全く笑ってない笑顔で「わかりました」と言ってロッドを構える。
「とりあえず殺しますね。……クソッ、私のイリスに抱きつくなど……万死に値する行為だ……どう嬲り殺してやろうか……」
「ちょ……待ってラプラ、それはダメ! エルミラは怖くてよくわかんなくなってるだけで……あぁもぉ、どいつもこいつもめんどくさいんだから!」
非常にややこしく面倒くさい事態になり、イリスは頭が痛くなるのを感じる。そして彼が改めてエルミラに『離れろ』という事を伝えようとした時だった。
「!?」
暗い森の中が、突然無数の白い輝きに照らされる。幻想的でどこか物悲しい、人の命の輝きのような光が幾つもイリスたちを照らし出す。
いつの間にかイグニス・ファトゥスは目撃した一匹では無く、突然何十と姿を現してイリスたちを取り囲んでいた。
そして……――