君を助けたいから 50
「う~ん……やっぱりないですか?」
アゲハが周囲に咲く花を見渡しながら、残念そうな様子でそうミュラに確認するように問う。それに対してミュラは、「無さそうだが、一応よく確認してみるか」と言葉を返した。
「もしかしたらってこともあるしな。せっかく魔物に荒らされてなかったんだし、ここまで来たんだからよく見とかねぇと」
「そうだね」
ミュラの言葉にジューザスが頷き、彼らは暗闇が支配し始める中で淡く輝く花の園の中を、グラスドールが無いか一つ一つ確認し始めた。
グラスドールが無いか確認を始めて十五分ほど経ち、空がすっかり夜の色の変わった頃、根気の無いユーリがいい加減嫌になったのか「あー、もうねぇよここ!」と言って立ち上がった。
「無い! 適当なことに定評のあるこの俺が丁寧に見たけど、無ぇぞここ!」
「ユーリ、こんな夜に大声出すのは危険だよ……静かにね」
ジューザスがそう注意すると、ユーリは彼を睨みながら「だってグラスドールねぇんだもん」と子どものように文句を言う。
すると屈んでミュラも立ち上がり、「確かに、やっぱりねぇみてぇだな」と言った。
「残念だが、ここにあるのはツキヨバナだけだ。せっかくここまで来てアレだが……まぁ、仕方ねぇよな」
元々変化している可能性は低い話だったので、ミュラの言葉に一同は残念な思いを感じながらも納得する。しかしこれで諦める気は、ユーリたちには無かった。
「よしおっさん、次の場所行こうぜ! たしかまだ花咲いてる場所、あんだろ!?」
ユーリがそう気合を入れなおす表情で言うと、ミュラは「お、おぉ……」と、彼の気合に驚いた様子で返事をする。
「あるにはあるが……まさか今から行く気じゃねぇよな?」
「今から行きたい気分だけどな。でもふつーに考えてそれは無理だよな」
すっかり暗くなった周囲を見渡し、ユーリはそこは冷静にそう返事を返した。
ただでさえ夜の移動は危険なのだが、それに加えて今自分たちが居る場所は自分たちの現在位置を把握し辛い樹海、しかも魔物もいる状況の場所だ。夜に移動なんてすれば、即迷子になってしまう可能性が高い。
「そうだね。こんな場所の夜の移動はいつもの倍以上危険だ。魔物が出るのが不安だけど、今日はここで休むしかないね」
ジューザスがそう言い、皆に「それでいいかな?」と聞く。だが不安はあれど反対するものは居らず、一行は暗い森の中で一晩を明かすことになった。
ツキヨバナの淡い輝きが辺りを照らす場所から少し離れたところで、ユーリたちは一晩過ごす準備を行う。
そして準備を行いながら、彼らは今後のことを話し始めた。
「おっさん、次行く花咲いてる場所ってどこだ?」
「う~ん……この場所から一番近いのとなると、イレーヌ山の中だな」
ユーリに問われ、ミュラはランプの灯りで地図を確認しながらそう答える。そして一緒に地図を覗き込みながら、アゲハが「そこだと移動は列車と徒歩ですね」と言った。
「山の傍の町に駅があるので、そこまでは列車で行けば楽ですよ。山へは徒歩で半日ってところでしょうか」
「そうだな。列車はコルコントまで行けば出てるし、まぁ山に着くまでの時間はかかって四日か五日ってところか」
アゲハとミュラがそれぞれにそう言い、それを聞いたユーリが「それでも結構時間かかるんだな」と呟く。直後にアーリィがジューザスと共に彼らの元にやって来て、「魔物来ないようにしてきた」と報告した。
「あぁ、サンキューなアーリィ」
「うん……」
魔物が来ないように、ジューザス付き添いで周辺に結界の魔法を施してきたらしいアーリィは、ユーリの言葉にひどく眠そうな様子で頷く。そのアーリィの様子を見て、「アーリィはもう休んでな」と声をかけた。
「悪ぃな、疲れてるのに大きい魔法使わせちゃって」
「ううん、いいよ、ユーリの命令なら……でも眠い……」
目を擦りながらそう返事するアーリィに、ジューザスも「そうだね、君はもう休んだ方がいいね」と声をかけた。
「最近は戦闘も多いし、きっと魔力消費が回復を上回ってしまってるんだろう。魔力切れになってしまっては大変だし、今後は少し魔法は控えて進んだ方がいいかもね」
「だな。アーリィはマヤいわく魔力の回復遅いらしいし、結構すぐに疲れたり眠くなったりしちまうらしいんだわ。だからいざって時の為に魔法は温存する方向で、しばらくは戦闘は俺らで頑張るべきだな」
ユーリは「つーわけでアーリィ、しばらく戦闘では魔法使用控えめにな」とアーリィに声をかける。アーリィは「わかった」と素直に頷いた。
「あやや、アーリィさんしばらくお休みですか?」
ユーリたちが話をしていると、アゲハが心配そうな表情をして彼らの元へやってくる。そしてその後ろにはミュラもいた。
「ん? あぁ、そうなんだ。だからアゲハも悪ぃがアーリィの分までいざって時は頑張ってくれや」
「はい、それは勿論ですよ! アーリィさんがまた魔法使えるようになるまで、私もいつも以上に頑張ります!」
ユーリの言葉にアゲハがそう気合を入れた表情で答えると、今までの彼らの話を何となく聞いていたミュラが怪訝な表情で口を開いた。
「おい、まほうって……?」
ミュラがそう、自分には聞きなれない単語についてを問うと、ユーリが「あ、やべぇ」と小さく呟く。そして彼は反射的にジューザスを見た。その視線を受けて、ジューザスもまた反射的に嫌な予感を感じる。
「ジューザス、このおっさんを上手く誤魔か……説明しといてくれ」
「え、ちょっとユーリ? どうして君ってそうすぐ面倒な事を私に……って、ちょっと!」
ジューザスに面倒くさそうなことを悪びれる様子もなく押し付け、ユーリは「さーアーリィ、あっちで先に休もうねー」とか行ってアーリィと共に背を向けて歩き出してしまう。
そうして逃げたユーリに「待ってくれよ!」とジューザスが叫ぶも、それは虚しい叫びで終わった。
「で、まほうってなんだ?」
「うぅ……それはだね、あの……」
逃げられぬようにかミュラに肩をがっしりと掴まれ、ジューザスは彼に説明を求められる。そして彼はどう説明したらいいのか……と、一人困った様子で肩を落とした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ジュラードやユーリたちが今現在目的とする場所に移動する中、エルミラたちもまた目的のパンテラ湖へ向けて移動を行っていた。
だが彼らは公共の交通機関等を利用しなくてはならない彼らと違い、自走車という個人で動かせる便利な乗り物での移動なので、目的地のパンテラ湖までは比較的スムーズに進む。
自走車が走るのは整備され、さらに魔物が出ないよう警備されている道が中心なので、移動に関しては今の所トラブルも無い。そのことに関しては自走車を提供しているマチルダも、大変ご満悦のようだった。