禍の病 10
ミレイが常識外の力で魔獣を余裕で蹴散らしていた頃、アゲハとエルミラもそれぞれに残りの魔獣を相手にしていた。
『ギェエエアァアァァッ!』
獣の雄叫びを上げ、銀の魔獣がアゲハへと迫る。しかしアゲハは冷静な眼差しで魔獣を見据え、腕を食いちぎろうと凄まじい勢いで迫ってきた捕食者に対して臆せず右手の武器を向けた。
肉を骨ごと食いちぎる凶悪な魔獣の牙と、アゲハが握る一振りの白刃が交差する。刹那、闇を陰にして血飛沫が舞った。
ゴトリ、と、胴から切り離された魔獣の首が地面に落ちる。アゲハの持つ短刀の刃が、月明かりに反射して一瞬強く輝いた。
「……まずは一匹」
速攻で方をつけたアゲハは、少量の血で汚れた短刀を軽く振って、その付着した魔獣の濁った色の血液を取る。そして彼女は素早く踵を返した。
「うわ、わあああぁぁ……っ!」
アゲハから少しだけ離れた後方では、エルミラが情けない声を出しながら魔獣に食われまいと必死に頑張ろうとしていた。しかし四肢で迫る魔獣の速さに彼は圧倒され、日が落ちた闇という条件も加わって、彼は握り締めた拳銃の銃口を狙い定める事が出来るに苦戦する。
『ガアアァァアァ!』
「ふぇあああぁあぁぁっ!」
魔獣の恐ろしい唸り声とエルミラの情けない悲鳴が闇の中に響く。続いて乾いた銃声が二発。しかしエルミラが混乱しながら撃った銃弾は、魔獣を掠ることもせず虚しく地面にめり込んだ。
「やば……っ」
漆黒をシルエットに、死が間近に迫る。大きく口を開けて自分を食らおうとする魔獣の吐息を感じたエルミラは、しかしただそれを待つように立ち尽くすことしか出来なかった。
『ギュアアァアァアッ!』
再び闇に響く魔獣の声。いや、それは悲鳴だった。断末魔の声でもある。
「エルミラさん、大丈夫ですか?!」
「アゲハ……すっげー助かったよ……」
元々アゲハは闇に乗じて敵を葬る事を得意としてきた戦一族の戦士だ。その為に闇をハンデとしない彼女は、エルミラを食らおうとしていた魔獣の背後からその急所を捉えて、白刃を走らせエルミラを窮地から救った。
「これでミレイが調べた敵のうち、魔物は全部倒したってことだよな」
「そうですね。全部で四匹……残りは確か、人と……」
「不明なエネミー”アンノウン”……ミレイの中のデータベースに情報も何もない、判断さえ出来ない存在がここにはいるってことだな」
先陣を切って襲ってきた魔獣は、これで全て片付けた事になる。しかしミレイが調べた結果、まだ敵は残っているのだから気は抜けない。
「それに人間一人ってのも気になるな……誰だ、一人でこんな暴走しに来やがった非常識野郎は。……待てよ、まさか……」
そうエルミラが文句を言い、何かに気づいたように考えた直後だった。レイチェルが「エル兄、あれ!」と叫ぶ。
「!?」
四人の前に、再び闇と茂みに身を隠すようにして存在していた”敵”が姿を現す。それは普段非常識な発明をして周囲を困惑させるのが得意なエルミラも、思わず驚いて「なんだあれ」と呟いてしまうようなものだった。
「あれは……機械?」
異形の瞳にその姿を映しながらレイチェルが呟く。月光を鈍く鋼色に反射させて、二メートル以上はありそうな背丈の人のようなシルエットが浮かび上がる。しかしそれは明らかに人ではない。
人のように二足歩行でエルミラたちの前に一歩一歩と進んできたそれは、一言で言えば人を模した機械だった。ただそれはより人に近い見た目の同じ機械のミレイとは違い、表面は鉄鋼の無機質な色をそのまま剥き出し、ただ動かす上での形だけが人を模しているだけだった。
ミレイが内蔵する錬金術と魔術の結晶部分を抜きにした時、その外観部分が人型機械”アンドロイド”の完成形だとすれば、今エルミラたちの前に姿を現したその人のような機械はそれの試作段階のものと言えるだろう。人というよりは完全に機械に近いそれは、機械技術がまだ満足に発達していない現在では、ただ異質で異様な物体だった。
「うわ……なんかすごいの来ましたよ? あれも魔物ですか?」
アゲハの驚く発言に、エルミラは「あれは魔物じゃなくて人工物だよ」と答える。そして機械が完全に姿を現すと、その後ろからミレイが調査した”敵”の最後の一人が姿を現した。
「こんばんは、エルミラ」
「あー……さっきの魔物を嗾ける乱暴な手段からなんとな~くそんな気がしたけど、やっぱあんたか」
エルミラに挨拶したのは、癖の多い鳶色の髪の毛を腰のあたりまで伸ばした長身細身の中年男。銀縁眼鏡をかけたその男は、神経質そうな顔をエルミラたちに向けて静かに立っていた。
「ヘイデル、今回はまた随分と挑発的な登場の仕方してきたね。オレだけならまだしも、レイチェルたち巻き込むようならさすがに温厚なオレもブチ切れちゃうよ?」
姿を現した男を『ヘイデル』と呼び、エルミラは言葉どおり鋭い眼差しで彼を睨みつける。一方でヘイデルは不気味なほど青白い顔色を月光の下に照らし見せながら、彼の敵意を薄い笑みと共に真正面から堂々と受けていた。
「エル兄、この人は一体……」
ヘイデルを警戒しながらも、レイチェルがエルミラへ問う。エルミラは彼へ「オレの熱狂的追っかけの一人」と答えた。
「それも超ど級に厄介な部類の変人だよ。おっきい組織の人にナンパされるのも神経磨り減って疲れるけど、彼みたいな個人でも時々こういう常識知らないタイプが言い寄ってくるからイヤだよね~……オレの気を惹くためにさっきみたいに平気で魔物嗾けたりしてくるんだから、ホント迷惑しちゃうよ」
本当に迷惑しているような様子で、エルミラは溜息と共にそう言う。するとヘイデルは不気味な微笑を口元に湛えたまま、独り言のようにこう呟いた。
「先ほどの魔物には僕が開発した、ある程度魔物を操作出来るチップを埋め込んでいたんだけどねぇ。どうも実用化にはまだ問題があるようだ。君以外を襲えと命令したはずなのに、君にも襲い襲い掛かった……正直さっき君の悲鳴を聞いた時はヒヤッとしたよ」
ヘイデルのその発言にエルミラはあからさまに不快感を示す。が、彼は怒りを抑えて彼にこう語りかけた。
「で、これからどーするつもり? あんた確か最近ヴァルメールの機械技術協会を追い出されたって聞いたけど、協会追い出されるような厄介な人にオレ関わりたくない主義なんだよね」
「勿論今日も懲りずに君を誘いに来たんだよ。君のその頭脳と僕の機械技師としての能力が合わされば、ヴァルメールの石頭共を見返すことが出来る……そう、人類の新たな第一歩となる世紀の発明、完全なるアンドロイドを生み出す事も可能だ!」
ヘイデルは熱い眼差しを向けてそう力強く言うも、エルミラは完全に彼を嫌っているようで「うわ、ウザっ、こいつ」と呟く。まぁ普通なら魔物嗾ける相手を好きになるはずもないが。




