君を助けたいから 46
「はぁ? まだ歩くのか? ったく……こんな進めど進めど木しかねぇようなつまんねー場所、一体どれだけ歩きゃいいんだよ」
「どれだけって、まだ三十分くらいしか歩いてねぇぞ」
三十分ほど樹海をさ迷って、もうすでに代わり映えのしない風景に明き始めているユーリに、ミュラが呆れた様子でそう言葉を返す。その言葉にユーリは「わかってるよ」と不機嫌そうに返事をした。
「でも本当に見渡す限り木ばかりだし、なんだか方向感覚が狂う場所だよね」
ジューザスがそう言い、ユーリが何か嫌そうな顔をする。そして彼は「木のバケモンはもうごめんだぞ」と小さく呟いた。
「そういえばこの辺は魔物、出ないんですか?」
額の汗を拭いながらアゲハがミュラに問うと、ミュラは「出ないって話だ」と答える。
「だから水も綺麗なままで、ツキヨバナが咲いてるんだよ」
「あぁ、魔物が出ると水辺が荒らされる可能性が高いからね」
ジューザスがそう言い、ミュラは歩きながら頷いた。
「ま、でも森ん中延々歩くのはかったりぃけど、魔物が出ねぇのは楽でいいな」
「ですよね! 戦うと体力消耗しちゃうし」
ユーリの呟きにアゲハが同意し、彼女は「そういえばミュラさんは戦えるんですか?」とミュラに聞いた。するとミュラが答える前に、ユーリがこんな事を言う。
「そんなの聞かなくてもわかるだろ。こんな熊と修行してそうなオッサンが戦えないわけねぇって」
ユーリがそう『聞くまでも無い』といった感じで言うと、ミュラは真顔で「いや、俺は荒っぽいことは苦手だぞ」と意外な返事を返した。
「はぁ?! 嘘だ、そのムキムキで荒っぽいことが苦手って何だよ!」
「何だよって言われてもなぁ……俺は植物学者だぞ? 熊と修行なんてしてねぇし」
「じゃあそのムッキムキな筋肉は何なんだよ!」
「これか? これは農作業でこうなっただけだぞ。かっこいいだろ?」
「な……っ」
かっこいいかは別として、ミュラの意外すぎる返事を聞き、ユーリはわなわな震えながら「なんていう筋肉の無駄遣い」とか失礼なことをのたまう。
まぁでも確かに筋肉の無駄遣いだなぁと、ユーリ以外も密かにそれは思った感想だった。
「農作業するとムキムキになれるんだ……してみようかな」
「やめてアーリィ、しないで! アーリィはムキムキにならないでいいよ!」
何故かムキムキになってみたい的な発言をボソッと呟いたアーリィを、ユーリが必死で止める。『ムキムキになった嫁』という恐ろしい想像をしてしまったユーリが「アーリィは農作業禁止!」と言うと、アーリィは「ユーリがそう言うなら、しない」と素直に頷いた。
そんな感じで会話しながら、一行は『魔物は出ない』という話からか、ややのんびりとした気持ちで先へと進んだ。
ユーリたちがしばらく樹海をさ迷うように進むと、突然予想外の事態に遭遇する。
「おいおっさん……話がちげぇじゃねぇか」
苦い表情でそう呟くユーリは、呟きながら腰の鞘から短剣を二本引き抜いた。
「んなこと言われても、これは俺も予想外だぞ」
ユーリの言葉に困った様子を返すミュラに、ジューザスが「とにかくあなたは下がっていてください」と指示を出す。だがジューザスがそう指示するより先に、ミュラは後方へと下がっていた。
『グルアァァァアァァ……』
ユーリだけじゃなく、ジューザスやアゲハも武器を構える。
そうして戦闘体勢をとる彼らの前には、彼らを囲むようにしてこちらを狙う無数の魔獣の姿があった。
「ここは魔物がいないはずなのに……」
アーリィがそう呟くと、ユーリが彼女に「アーリィはおっさん守ってくれ」と声をかける。だがアーリィはその指示に頷く前に、彼にこう聞いた。
「でもユーリ、私って戦って大丈夫なのかな?」
「え? あ……」
今は一緒にミュラがいるので、迂闊に魔法は使えない。それを指摘するアーリィに、ユーリは一瞬悩んだ後にこう言葉を返した。
「いざって時は使っていいから。おっさんは俺が後でうまく誤魔化すから、とにかく自分とおっさんが危なくなったら迷わず使えな?」
「ん、わかった」
ユーリの言葉にアーリィは頷き、彼女はミュラの傍にまで下がる。同時にこちらの様子を伺うようにしていた魔獣が、ユーリたちに向けて牙を向け襲い掛かってきた。
襲いかかってきた魔獣にユーリたちがそれぞれに迎撃体勢を取ると、ユーリの指示に従ってミュラの傍に付いたアーリィは彼にこう声をかける。
「あなたのことは私が守るから大丈夫。ユーリがそうしろって私に命令したから、絶対守る」
「お? おぉ……そりゃ有り難いが、お嬢さん戦えるのか?」
それぞれに始まった戦闘を視界の端に入れながら、ミュラはアーリィにそう問いを向ける。
一見丸腰だし、体格も普通の華奢な女性のそれなアーリィが一体どう戦うのかと、ミュラは当然の疑問を抱いたのだ。むしろ戦いなんて専門外だが、それでも自分の方が彼女を守るという方が正しいのではとさえ思う。
するとアーリィは一言力強く「戦える」と答えた。
「へぇ……そうなのか?」
「そう。でも……普通には戦えないから、少し驚くかもしれない。だけど 気にしないで」
アーリィはそう言うと、目の前で戦うユーリたちを鋭い眼差しで見つめながら「言い訳はユーリがしてくれるから大丈夫」と、ミュラには不可解な一言を呟く。
そうして彼女は「言い訳?」と首を傾げるミュラの疑問には無言を返し、いつでも魔法が使えるように精神集中の状態へと入った。
『グルアアァァアッ!』
「っ……いけない!」
一匹魔獣を仕留めた直後に、別の魔獣が脇をすり抜けて駆けていった事に気づき、ジューザスがそう焦りの声を発する。
反射的にすり抜けていった魔獣を追いかけようとジューザスが動いた時、彼にまた別の魔獣が唸りを上げて襲い掛かる。
「くっ……!」
肉を噛み千切ろうと向かって来た魔獣に即座に反応し、ジューザスは突き出したメルキオールの刃を魔獣に噛ませる。硬い金属音が響き、ジューザスは噛み付いてきた魔獣の胴を蹴った。
『ギャンッ!』
魔獣はメルキオールを放したが、また別の魔獣がジューザスにぎらついた眼を向けて駆けてくる。さらに蹴られた魔獣も直ぐに体勢を整え、再びジューザスへと牙を光らせて飛び掛ろうとする。
二匹を相手しなくてはならなくなった彼にはもう、自分の後ろをすり抜けていった一匹に意識を向ける余裕は無くなっていた。




