君を助けたいから 45
「現地って……」
「メリア・モリの近くの町の武器屋で調達できるようなので、そこで購入しようかと思っています」
いつの間にそんな情報も調べたのかと、フェイリスの用意周到さにローズは驚きながら「そうか」と言った。
その頃ジュラードはというと、『一人じゃ寂しいでしょ』というマヤの気遣い(?)で、うさこと二人泊まる事になった隣の部屋で荷物を整理していた。
「きゅいぃ~きゅい~」
「ちょ、うさこ、お前俺の邪魔するなっ」
「きゅぅ~きゅいいぃ~」
「おい、聞いてるのかうさこ、俺の頭の上で歌うなよっ」
「きゅっきゅきゅいぃ~」
「あぁもう、歌ってもいいからせめて頭の上からどけっ。邪魔で整理出来ないから」
「きゅうぅ~」
ジュラードに文句を言われ、うさこは不満そうな様子で彼の頭の上から降りる。そして歌うのを止めて、ジュラードの傍に座って彼の整理の様子を大人しく眺め始めた。
そうして頭が軽くなったのでまともに作業できるようになったジュラードはしばらく荷物の整理を続けていたが、ふと大人しく震えながら見学しているうさこが目に止まると、彼は手も止めておもむろにうさこにこんな事を問う。
「そういえばお前は、ずっと俺たちについて来るのか?」
「きゅううぅ?」
何故かごく普通にうさこと会話が出来るようになっている事実はもう本人たちも微塵も疑問に思っていないので、彼らの会話は普通に進む。
首を傾げたうさこに、ジュラードはこう言葉を続けた。
「いや……だってお前にだって家族とか……いるもんなんじゃないのか?」
「きゅう?」
ジュラードがそう問いかけると、うさこはやはり首を傾げる。
ゼラチンうさぎの生態をそこまで詳しくは知らないジュラードなので、家族という概念があるのかも全く疑問なのだが、しかしふと気になった為に彼はそれを聞いたのだった。
「えっと……だからその、ずっと一緒で大丈夫なのかって……」
そこまで言って、ジュラードは急に照れたように慌て始める。
「あ、違うからな! お前とずっと一緒にいたいとか、そういう意味で言ってるわけじゃないからな!」
「きゅ~い~」
ゼラチンうさぎ相手に照れて言い訳をする男、という奇妙な構図は、幸いなことに部屋に他には誰もいないので見られずに済む。
ジュラードはうさこ相手に照れたこと自体に照れて、顔を赤くしながらうな垂れた。
「あぁ、もう……うさこ相手に俺は何をむきになって……」
「きゅっきゅ~、きゅうぅ~」
うな垂れるジュラードの前で、うさこは立ち上がっておもむろに踊りだす。『頑張れ』という、うさこなりの励ましなのだろうか。
ジュラードはマイペースなうさこに、やがて気を取り直してこう声をかけた。
「いや、でも……もしリリンの病気が治ったら、俺はリリンの傍にいてあげたいから孤児院に帰るし、その時はローズたちとはお別れだ。そうしたら、お前はどうするんだ?」
「きゅうぅ……」
ジュラードにそう問いかけられ、うさこは踊るのを止めてジュラードをじっと見上げる。そうして考えるような沈黙が少し続いた後、うさこは突然ジュラードに飛びついた。
「きゅいいぃー!」
「うわっ、なんだ!?」
急にうさこに飛びつかれて足に引っ付かれたことにジュラードは驚き、そして彼は「なんなんだよ」と言いながらうさこを引き剥がそうとする。
「きゅいぃ~! きゅいいぃ~!」
しかしうさこは鳴きながらジュラードから離れようとせず、ジュラードはハッとした表情となってうさこを見た。
「お前、まさか……俺と居たいのか……?」
「きゅううぅ~……」
『まさか』と思った事を口に すると、うさこは寂しそうな眼差しでジュラードを見上げながらコクコクと頷く。それを見て、ジュラードはちょっと驚いた後、また照れたように顔を逸らした。
「な、なにを……お前の命の恩人はローズだろう。俺はローズたちとは別れることになるんだから、俺と一緒にいたらあいつにも会えなくなるんだぞ」
何気にうさこが『自分と居たい』と思ってくれたことを喜びながらも、シャイボーイなのでその喜びを素直に表現できず、彼は顔を背けたままうさこにそんな事を言う。
そしてうさこはそんなシャイな男に引っ付いたまま、「きゅう!」と力強く鳴いた。
「本当に俺と居る気か?」
「きゅいぃ!」
「でも……確かにローズたちともう一生会えなくなるってわけでは無いだろうけど」
「きゅううぅ~きゅいぃ~」
『本当にそれでうさこはいいのだろうか』と、それを迷うジュラードに、うさこは『それでいい』と伝えるようにもう一度力強く「きゅう!」と鳴いた。
「……そうか」
「きゅいぃ~」
ジュラードはうさこに小さく笑みを向けて、「ありがとう」と言う。
正直であった時、というかローズが拾ってしまった時は『妙な荷物が増えた』程度にしか思っていなかったうさこの存在だが、しばらく一緒に旅してきて、ジュラードもうさこと一緒に居ることが感覚的に普通になっていた。だからだろう、今更別れるのは結構寂しいと思うのだ。
だからうさこが一緒に居たいという意思を示してくれたことは、ジュラードにとって素直に嬉しいことだった。
「リリンもお前のこと気に入ってたし、嬉しいよ」
「きゅうぅ!」
「あ、でも……ギースたちにお前また酷い目に合うかもな」
「きゅっ……きゅいぃきゅいぃっ!」
ジュラードの一言に怯えたようにぶるぶる震えだしたうさこを見て、ジュラードは苦笑しながら「嘘だよ、大丈夫だろう」と言う。
「まぁでも……あの場所に帰るのも、ローズたちと別れるのも、まだもう少しだけ先のことになりそうだしな」
それがいいことなのか悪い事なのか……リリンの病気を早く治したいという気持ちは今も変わらないが、同時にそれがこの旅の終わりであり、そしてローズたちとの別れだと思うとそれは確かに寂しいものだった。
「きゅうぅ」
「……そうだな。今はリリンの病気を治すことだけを考えていよう。前みたいに……別れのことは、考えたら後ろ向きになってしまうからな……」
そう呟き、ジュラードは苦笑を漏らした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
グラスドールを探すユーリたちは、ミュラにツキヨバナの話を聞いた後、彼に教わった花の生息場所へと向かっていた。
何故か『お前らだけじゃ心配だし』と言うミュラも一緒に。
「……おいおっさん、まだか?」
「まーだ先だな」
ミュラの住んでいた村を出て徒歩と乗り物で数日移動した先は、鬱蒼と木々が生い茂るどこか暗い森の中。いや、樹海だ。
足場の悪い道無き道を無理矢理進み、彼らはミュラの言うツキヨバナの咲く場所を目指していた。




