君を助けたいから 42
「そうですか」
「うん……でさぁ、マチルダさん的に魔族ってどー思う?」
エルミラがそう恐る恐る問うと、マチルダは一瞬困惑した表情を浮かべる。エルミラの突然に質問の意図が読めなかったのだろう。
マチルダは「質問の意味がよくわかりませんが……」と、エルミラに言葉を返した。
「いや、言葉通りの質問だよ。マチルダさんは魔族をどう思っているか、それが重要なの!」
「はぁ……」
マチルダは少し考えてから、こう言葉を返す。
「魔族か……あまり意識した事は無いけど……なんだか気味悪い気がするかな……」
そう答えたマチルダは、「そういう感想でいいのでしょうか?」と逆にエルミラに問う。するとエルミラは難しい顔をして「そうか……」と困った様子で呟いた。
そしてエルミラはマチルダに背中を向けて、イリスの肩を抱きながらこそこそと彼に話しかける。
「どうするレイリス、やっぱラプラが一緒なのはまずいかなぁ」
「まぁ、ふつーは彼みたいな反応が正しいからね……まずいんじゃない?」
「どーすんだよっ。だからってラプラ連れてかないわけにはいかないし、運転手断るのも無理っぽいし」
「んー……説得するしかないんじゃないかなぁ」
エルミラたちがそんな話をしていると、まさに二人が話題にしていた渦中の人物が彼らの方へとやって来た。
「あぁイリス、ここにいましたか!」
「げ、ラプラ来ちゃった……」
飼い主に懐いた子犬のような笑顔でイリスの元に駆け寄ってきたラプラに、エルミラが『ヤバイ』といった顔をする。
研究所の人々はラプラが笑顔で脅して黙らせたので、彼が魔族ということで何か問題が起きることは無かったのだが、外部の者となるとそうはいかない。
魔族である彼を見てマチルダが一体どんな反応をするのかと不安を感じるエルミラたちを余所に、ラプラはどんどんとこちらへ近づいてきた。
「イリスの半径一メートル以内にいないと、どうも私の心は不安でおかしくなりそうに……ん?」
確かに何か頭おかしいことを言いながらこちらにやって来るラプラは、マチルダの存在に気づいて「そちらは……」と問うように呟く。
そしてマチルダもラプラのヒューマンとはあきらかに違う容姿に気づき、驚いたように目を見開いてその場で固まった。
「あ……あの、マチルダ……あのね、彼は……」
案の定な反応をしたマチルダを見て、エルミラは気まずい表情を浮かべる。しかしそれでもいきなり叫ぶとか泣くとか、そういう大袈裟なリアクションではなかったので、落ち着いて話をすれば彼も事情を聞いて理解してくれるかもしれない。
「マチルダ、実はオレたちは世紀の大発明をしようとしてるんだ。で、その為に魔族の彼、ラプラにも協力してもらってるわけ。あ、その発明っていうのはね……」
聞いてるのか聞いてないのかわからない様子で固まっているマチルダに、エルミラはそう力強く話しかける。そのあながち間違っちゃいないエルミラの説明は、その後十分ほど続いた。
「……というわけなんだ。いいマチルダ、この発明が成功すればきっとこの研究所のスポンサーである君たち会社にも大きな利益が生まれるよ。それはわかるよね? だからオレらにはラプラの協力が必要不可欠で、君たちの会社の為にもなるんだから君にはぜひ彼の存在を受け入れてもらいたいんだけど」
エルミラがやや強引にそんな説得を行った結果、マチルダはラプラを少々警戒しつつも「なるほど」と理解を示す。
「ね? そういうわけだからさ……彼は全く怪しい人じゃないし、危険な人物でもないからぜひ彼のこともよろしく頼むよ!」
そう言ってエルミラがラプラを指差すと、彼はイリスに抱きついてからイリスに反撃の回し蹴りを食らい、嬉しそうな悲鳴を上げながら派手に吹っ飛んでる最中だった。
「……危険な人物でもない……ねぇ……」
「……うん、危険じゃない……からさ……多分、きっと……」
エルミラの説明を無効化させる危険人物っぷりを見せ付けるラプラに、エルミラは遠い目をしながら「とにかく彼もよろしく」とマチルダに繰り返した。
そしてよろしくされたマチルダは苦い顔をしつつも、最終的には「わかりました」と返事をする。
「お、いいの?」
「ただしその、彼を完全に信用するというのは……僕には、直ぐには無理ですよ」
マチルダのその言葉に、エルミラは『まぁそれは無理ないよな』と、イリスに顔をぐりぐり踏まれて嬉しそうに鼻血を出しているラプラを見ながら思う。魔族とか関係なく、別の意味でラプラを信用するのは、普通の感性の人物には難易度高いだろうなとはエルミラも思った。
「ま、まぁ……とりあえず彼が一緒についてくることを認めてもらえればいいよ、こっちはさ」
「……いいでしょう、そこは認めますよ」
マチルダのその返事にエルミラは一先ず安心し、「ありがと」と言う。そして彼はそろそろラプラを助けるかと、溜息を吐きながら変態ワールドを繰り広げるイリスたちに近づいていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃ユーリたちは筋肉が服着て歩いているような男・ミュラの家で、『グラスドール』について何か手がかりは無いかと話を聞いていた。
「まああんたらの言うとおり、確かにここ数年でこの辺に生息する植物に変わったもんが増えたのは事実だ」
ユーリたちに彼らの事情を聞いたうえで、ミュラは彼らに意見を求められてそう言葉を返す。そのミュラの言葉に、約一名を除いては真剣に耳を傾けていた。
「だがグラスドールはな……それをこの周辺で見たことはねぇ。が、あるもんだとも思ってねぇから、お前らの話を聞く限り真剣にそれを探せばもしかしたらってことはあるのかもな」
「そうか……じゃ、真剣に探してみる価値はある場所なんかな、ここ」
ユーリがミュラに問うと、ミュラは「確かにこの近くには昔はグラスドールがあったとは聞いてる」と答える。
「ここ、じゃねぇけどな。あくまでこの辺……お前らが来た場所の、山一つ超えた辺りには大昔にあったらしいな」
「審判の日以前の話だね。私たちもその情報と、それとマナが回復し始めている情報を元にそこにやってきたのだしね」
ジューザスがそう言うと、ミュラも頷く。そしてミュラはこう口を開いた。
「環境が整えば、グラスドールなら確かに復活する可能性はあるな。あれは豊富なマナがなきゃ枯れちまう植物だったらしいが、逆に条件が揃っててマナが濃い土地になら勝手に生えてくるような植物だったらしいし」
「条件ですか?」
温かいココアを飲みながら、アゲハが興味深そうに問う。するとミュラはこう説明した。
「俺も詳しくは忘れたが……まぁ詳しいことは後で調べる。が、確か……元々は違う植物がその土地のマナに影響されてグラスドールになるんじゃなかったか?」
「あ、そうなんだ」