君を助けたいから 39
ジューザスはミュラとユーリのやり取りを眺めながら、これほど信用ならない約束の返事があるだろうかと、笑顔で返事をするユーリを見て真面目にそう思う。だがこの件について後々面倒が起きたら、それは全部ユーリのせいにしてしまおうと胸に誓い、ジューザスはミュラに「それじゃあ早速、詳しいこちらの説明をさせてもらっていいかな?」と聞いた。
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ジュラードたちはメルドロキアへ入るための準備が整い、一行にフェイリスを加えて、ウネの転送術でメルドロキアに比較的近い国へと移動していた。
そしてそこから乗り物や徒歩での移動を挟み、彼らは今メルドロキアへ入る国境の検問所に立っていた。
巨大な検問所の門の前には、メルドロキアの厳しい入国審査を待つ人々でごった返しており、ここで待っている人々は事前に入国に必要な書類などを送っておいたりと準備をしている人たちにも関わらず、入国にはやや時間がかかる様子だった。
そしてジュラードたちもフェイリスが書類を送っておいたので何ヶ月も入国審査の為に待たされるということは無かったが、それでも検問所に来てまずは確認をするので待っていてほしいと職員に言われ、今現在門を通れるようになるまで待っている状況である。
「……やっぱり事前に入国の為の準備をしておいても、入るには時間がかかるんだな」
検問所近くに設置された休憩所でお茶を飲みながら、なかなか許可の知らせが来ない現状に対してジュラードがそう呟く。するとフェイリスが涼やかに微笑み、「それでももう少ししましたら中に入れると思います」と答えた。
「入国に必要な書類は事前に送ってありますし、後は私たちの身分証明の確認と荷物検査が終わりましたら入国許可証が発行されると思います」
そう説明するフェイリスに、ジュラードは「身分証明か……」と思わず呟く。それを聞き、フェイリスは同じ笑みのまま「大丈夫です」と言った。
「皆様、こちらで用意致しました身分証で問題無いはずですから。……ちょっぴりズルはしていますが、違法な身分証ではありませんし」
「ホント、そこら辺は助かるわ。ありがとね、フェイリス」
普段ずっと旅をしているので一応身分証は持っているローズは別として、しっかりと身分を証明出来るものが無かったウネやジュラードには、フェイリスが身分証を用意したのだ。それにマヤが感謝を述べると、フェイリスは「マヤ様のお役に立てたのならば光栄です」と頬を赤らめながら言葉を返した。
するとそんな話の直後に、検問所の職員が書類を持ってジュラードたちの元へとやって来る。それを見て、マヤは慌ててローズの中に戻る事で姿を消した。
「大変お待たせいたしま した。いやぁ、今日は特に一時入国予定の方が多い日でして、お時間をとらせてしまい申し訳ありません」
柔和な顔つきをした中年の職員は、そう言うと皆に「それではあちらで荷物の検査をお願いします」と言う。
「それで問題がありませんでしたら、入国許可を致しますので。面倒ではあろうと思いますが、ご協力お願いいたします」
厳しい入国検査だと言う事はメルドロキア側も自覚はあるので、職員も申し訳無さそうな様子でそうジュラードたちに言った。
「あ、ところでうさ……いや、ゼラチンうさぎの入国は認められるのでしょうか?」
うさこを胸に抱えながら、ローズが少し不安そうに職員の男に問う。男は書類を見ながら、「えぇ、ゼラチンうさぎですね」と口を開いた。
「基本的に魔物の持込は禁止されていますが、今回は、えー……新薬の実験サンプルという事ですので大丈夫です。ゼラチンうさぎは危険性も少ないですしね。環境や生態系に影響を及ぼす危険も少ないですから」
職員のその説明を聞き、うさこは怯えた様子で涙目になり「きゅううぅ」と鳴く。そしてローズも『え?』という顔で固まった。
勿論うさこは実験になど使われないが、一応そういう理由を付けなくてはうさこは持ち込めないので、フェイリスがそういう理由を書類に記載したらしい。
「う、うさこを実験に……?」
ジュラードも不安げな表情でそう呟いたが、すぐにフェイリスが小声で「勿論嘘の理由ですので」と言ったのでホッと胸を撫で下ろした。
「ウネも……大丈夫なんですよね?」
「あぁ、ウネ様……アトラメノク・ドゥエラの方ですね?」
ローズの問いに資料を見ながら職員の男は頷き、「身分がはっきりしていらっしゃるのですので問題ありません」と答える。それを聞き、事前に『大丈夫』という話をフェイリスから聞いていたが、それでも改めて魔族を受け入れるメルドロキア側の対応にローズやジュラードは驚いた。
「なんか……俺たちがゲシュでもとくに問題無いとは聞いてたけど……」
「えぇ、ちゃんとそれを申告してくだされば大丈夫ですよ。メルドロキアは人種差別を罰則を設けて禁止していますから、ゲシュの方には住みやすい国です。実際ゲシュや、それにアトラメノク・ドゥエラの方で永住を希望なさる方は毎年毎年かなりの数いるんです。しかし国もキャパシティ以上の人を受け入れる事は出来ませんから、メルドロキアに移り住みたいという方が多くいても受け入れは毎年かなり数を制限することになってしまっていて……。だからこそ不法に入国しようとする者も多く、それでこのような厳重な入国審査が必要になってしまっているんですよ」
「なるほど……」
やたら時間のかかる入国審査の理由を知り、ジュラードは「でも、なんだか珍しいですね」と問うように呟く。
「差別を禁止だなんて……そういう国もあるんですね」
「まぁ、珍しいかもしれないですけどね。そういう国もありますよ」
職員の男がそう笑いながら答えると、ローズが「いい国ですね」と微笑み言った。
「どこもそういうふうになればいいのに……」
そう思わず呟いたローズに、職員の男は苦笑しながら「でも、そういう国はそういう国で問題もあります」と言う。
「ゲシュやアトラメノク・ドゥエラの方には理想郷とか言われてますし、実際その方々の永住希望者は後を絶ちませんが、その代わりに純粋なヒューマンの方で新たに入ってこようという方は少ないです。ですからヒューマンの方にも住みやすい手当てや永住権の付与の優先等、ヒューマンの人口を増やそうということでヒューマンの方をかなり優遇しています。それで、人種差別を禁止している国なのにヒューマンが優遇されているという矛盾が国内では長く問題になっていたり……そういう問題が生まれるんです」
職員の男は「ま、どの国もゲシュを受け入れること自体はそんなに抵抗はしないと思いますよ。国際的に国の印象が悪くなりますし。ただ受け入れた後、その後の暮らしの保障はしないんですよ」と言い、ジュラードたちは理解したように頷く。
ジュラードたちは男の話を聞き、メルドロキアのような国でもそれ特有の問題は発生してしまうんだなと、それを改めて知って考えさせられたのだった。