君を助けたいから 33
ロンゾヴェルたちとの話が終わり、その後自由行動ということで、ローズはジュラードたちと別行動で街の中を歩いていた。
当然マヤはいつも通りの場所で、ローズと共にいる。
「そういえばさぁ、ローズ」
「なんだ?」
不意に話しかけてきたマヤに、ローズはそう返事の声を返した。
するとマヤはこんなことをローズに言う。
「今回のことでさ、アタシは元の大きさに戻れるかもしれないってわかったわよね? 偶然だけど」
「ん? あ、あぁ……そうだな」
マヤの言葉にローズは笑顔で「よかったよな」と言う。ローズにとってもマヤにとっても、確かにそれは喜ばしいことだった。
しかしマヤは今は何故か手放しに喜びの表情は見せず、どこか真剣な眼差しでローズを見上げる。それにローズは「どうした?」と疑問を返した。
「確かにアタシは元に戻れるかもって、それがわかったわ。でもさぁ……」
「?」
マヤは真剣な眼差しはそのままに、ローズに告げる。
「アタシ、ローズと一緒じゃなきゃ元には戻らないからね?」
「え……?」
直ぐにはマヤの言う言葉が理解できず、ローズは足を止めて茫然と彼女を見返す。するとマヤは「だからね」と言葉を続けた。
「ローズだけそのままで、アタシだけ元にってのは……なんか違うと思うの。だってアタシたち、一緒に元に戻ろうねって旅してきたんだもの」
「マヤ……」
マヤだって本当は元に戻りたいだろう。出来ることなら今すぐにでも。
でもその感情よりも自分の気持ちを優先して、彼女は今そう自分に告げてくれたのだと、そう気づいたローズは嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
「ね、だからさ……って、ちょっと何いきなり泣いてるの!」
「……へ? あ、え? あれ、泣いてる?」
驚いた顔のマヤに指摘され、ローズは自分が涙を流していたことに今気づく。
「なによ、そんなに悲しかったの?! もう、泣かないでよ……だ、大丈夫よ、ローズもきっといつか元に……」
泣かれると弱いマヤなので、彼女はひどく慌てながらそうローズを励ます。だがローズは急いで涙を拭った後、泣き笑いの表情で「ううん、違うんだ」と言った。
「ごめん、なんかマヤの言葉嬉しくて……それで多分涙が……なんかごめん……」
「あ、嬉しい方……?」
ローズの言葉にマヤは安心したように「なんだ、びっくりした」と呟き、そして彼女も小さく笑う。
「泣き虫なのね、相変わらず」
「相変わらずって……それは大昔の話じゃないのか? 少なくとも、”ローズ”ではそんなにお前の前で泣いた姿は見せなかったつもりだ」
「さて、どうかしらね。でも、泣き虫なあなたも可愛くて好きよ。だからアタシが守ってあげなくちゃって思うし」
マヤのその言葉にローズは苦笑し、そして彼女はこう返す。
「……じゃあ私はそんなマヤのこと、支えるよ」
「わっ、びっくりした!」
あえて『アリアの口調』で返事をしたローズに、マヤは本気で驚いた様子を見せる。それにローズは思わず笑い、「そこまで驚くことないだろう」といつもの口調で言った。
「驚くわよぉ。だって、まんまアリアだったし」
「だってアリアでもあるし……」
「それはそうだけど……でもローズでしょ?」
マヤがそう問うように呟くと、ローズの表情が変わる。どこか寂しい眼差しでマヤを見つめ、彼女は言った。
「さっきの涙もだけど……今の俺は自分が思っている以上に、自分の中の”アリア”と一緒になってしまっている気がする」
「え?」
ローズの様子から強い不安を感じたらしいマヤは、心配する眼差しで「どういうこと?」とローズに問う。するとローズは最近感じていた胸の不安を、少しずつ言葉に零した。
「今の自分に違和感を感じなくなってきたって言うか……昔ほど危機感を持たなくなってるんだ……『別にこのままでもいいや』って……時々そんなふうにさえ考えてしまう……」
『だって、今の自分だって”自分”なんだから』と、頭の片隅でもう一人の自分の声が囁くのだ。
もう一人の……”アリア”が囁く。
「それでいいわけ無いのに……どうしてそう思うのか考えて……それで、自分はアリアと同化してきてるんじゃないかって思って……」
「ローズ……?」
ローズは悲しい眼差しをマヤに向けて、何かを願うように……切望するように彼女へ問う。いや、問おうとした。
「……なぁマヤ、もし俺がこのままでも……」
その先の言葉が出てこない。声を失ったように、彼女に伝えたい言葉が紡げない。
聞きたい言葉は、だけど答えが怖くもある矛盾を孕む。その恐怖が、言葉を喪失させた。
やがて言葉を紡げずにいるローズの代わりに、優しく微笑んだマヤが口を開いた。
「……ローズは、ローズだよ。アタシをなんであろうと『マヤ』だって言ってくれたあなただから、アタシもあなたがなんであろうと『ローズ』だって思うわ」
マヤのその言葉は、ローズの疑問に対する答えではなかったが、しかし確かにそれはローズが望む言葉だった。
「不安、なんだよね? 元に戻れなかったらどうしようって……だからあなたはアリアである自分を受け入れようとしてる。……でも大丈夫、アタシはなんであろうとあなたを愛しているわ」
そうだ、自分は怖くて……だから今の自分を受け入れて、アリアであってもかまわないと思い始めていたのだ。
だって、元に戻れなくても、ローズじゃなくても……マヤは”アリア”なら愛してくれるから。
「マ、ヤ……」
そう思うことで不安でおかしくなりそうな自分の心を無意識に保とうとしていたのだと、それにローズは気づく。
そしてマヤも彼女……いや、彼のその不安な気持ちを薄々は感じていたのだった。なぜなら今の彼女は、ある意味でローズと最も心を近くしている状態だから。
「大丈夫、確かにアタシはどんな姿でもあなたのこと好きだから。だから怖がらなくていいよ。……そうでしょう?」
六百年前に、自分の存在の異質さの告白に怯え、だけどアリアはそれを何の迷いも無く受け入れた。そしてローズも。
だから今度は自分の番だ、と……そういうわけではないが、しかし結果的にそんなふうになってしまった自分の言葉に、マヤは少し不思議な感覚を覚えながらそう告げる。
「それに……いざとなったらあなたのことはアタシがなんとかするわ。ウィッチに出来た事なんだから、アタシに出来ないはずないじゃない!」
また少し泣きそうな眼差しになっていたローズに、マヤがそう元気な声で希望を告げる。
それは不確かで根拠のない言葉であったが、でも今のローズには何よりも温かくて信じれる頼もしい言葉だった。