君を助けたいから 31
「……けど、あんたはそれを変えたくてずっと行動してきたんだろ?」
ジューザスの言葉にそうユーリが言うと、ジューザスは寂しく笑う。
「そうだよ」
「……だったらてめぇがそんなこと言うなよな。そんな、諦めたみてぇに……」
どこか感情を押し殺したようなユーリのその言葉に、ジューザスは一瞬僅かに目を見開き、そして「そうだね」と寂しい感情を宿した声で呟く。
「私が言うべき言葉では無かったね。私だって諦めてるわけじゃないのだし……むしろ変わるって期待しているのだからね」
自分自身より何より、自分の血を受け継いで生まれた子の未来の為にそう呟くジューザスに、ユーリはただ感情の揺らぐ眼差しだけを返した。
「で、どうしよう……今日はどこで寝る?」
なんとなく重い雰囲気になっていた空気を変えるように、アーリィがそう問いを呟く。勿論アーリィにそんな思惑があって声を上げたわけではないだろうが、しかし本当に先ほどのやり取りをまるで気にしていないふうなアーリィの声を聞いて、皆は何となくいつもの調子に戻る事が出来た。
「あぁ、だよな。野宿は勘弁だよなー」
「せっかく町まで下りたんですもんね」
「うん、そうだねぇ……」
そんな事を話しながらユーリたちが当ても無く歩き始めると、意外なことに直後に彼らは声をかけられる。
「あ、あの……冒険者さん、たちですか?」
若い女性の声で声をかけられ、ユーリたちは声の方へと視線を向ける。そこにはどこか疲れた様子の若い女性が立って、ユーリたちの方を見つめていた。
「あ、えっと……そうですね、冒険者みたいなものですね」
冒険者ではなかったのでそう返事をしたジューザスに、女性は何かを伝えたそうな様子を見せる。それを不思議に思ったジューザスが「私たちに何か用ですか?」と問うと、女性は数秒沈黙した後に、思い切った様子でこう言葉を返した。
「あの、よろしければ家でお休みになっていかれますか?」
「え?」
ユーリたちに声をかけた女性は、小さな家で一人で暮らす若い女性だった。いや、詳しく話を聞くと、彼女には病気を患った母親が一人、肉親としているらしい。
しかしその母親は今はここから少し離れた町の病院に入院をしているらしく、彼女は今は時々母親の元へ見舞いに行きながらここで一人暮らしているようだった。
「すみません、何もお構いできなくて……」
「いえ、泊めてもらえるだけで十分にありがたいです」
パンと野菜スープ、という精一杯の食事を用意してくれた女性にそう言葉を返し、ジューザスは微笑む。今の彼は容姿を隠していなかったが、女性はそんな彼を嫌悪せずに小さく笑顔を返していた。その理由は、どうやら彼女もまたゲシュであったからだった。
「えぇと、フローゼさん」
「はい」
フローゼと名を名乗った彼女は、長い真紅の前髪で左目を隠している。彼女が先ほどユーリたちに見せてくれたその隠された左目は、ジューザス同様に左右で色の違うオッドアイで、人の血の影響を受ける蒼い右目に対して異質な金の色の輝いていた。
「しかし本当にいいんでしょうか? 四人も一晩泊めてもらってしまって」
ジューザスがそう聞くと、フローゼは儚く微笑んで「はい」と頷く。
「困ってるようだったし……それに、私も”ゲシュ”だから……」
だからジューザスたちのことを放ってはおけなかったと、フローゼは言う。それを聞き、ジューザスは改めて「ありがとうございます」と礼を述べた。
「それにしてもなんか……」
スープを飲みながら部屋を見渡し、ユーリは眉を顰める。家はお世辞にも広いとはいえないものだったが、しかし部屋の中は綺麗だ。いや、物が極端に無くて散らかっているものが無く、そういう意味で”綺麗”と感じる。生活感に乏しい、という方が正しいかもしれない。
「……なんか、がらっとしてますね」
「あ、それは実はこの家に引っ越してきたのが先月なので……」
ユーリの呟きを聞いて、フローゼは「別の部屋にまだ荷物、箱入りのまま置いてあったりするんです」と恥ずかしそうに呟く。
「そうなんですかぁ……じゃあお忙しいときにお邪魔しちゃったですかね、私たち」
「いえ、気にしないで下さい! 私も一人で寂しかったし」
アゲハの言葉にそうフローゼは返し、アゲハは「そうですか」と嬉しそうに微笑んだ。
「でも引越しだなんて大変ですね」
「はい……でも母の病気が悪化して、病院へ入院させることになって……前にいたところでは病院まで遠かったので、知り合いに頼んでこの家を借りてここで暮らす事にしたんです。ここからなら病院の町まで馬車で一時間くらいで着きますから」
フローゼは「前に住んでいたところは、山を挟んだ向こうの村だったんです」と答える。
「病気の母を連れてここに引っ越すのは大変でしたが、やはり知り合いが助けてくれたのでなんとか……幸いここに移動してからは、母の体調も少しだけよくなったので。前にいた村は、最近は周辺に変な魔物が多く出るようになっていたし、思い切って引越ししてよかったって今は思います」
フローゼのその話を聞き、ユーリは「妙な魔物?」と気になった部分を口に出す。ジューザスやアーリィ、アゲハもそこが気になった様子で、それぞれに問う表情でフローゼを見た。
「あ、はい……この辺にもたまに出ますけど、大きな植物の魔物とか……黒くて大きな魔物とか……ここ数年でそういう新しい魔物が多く出るようになって危険だったので、それも引越しした理由なんです」
「それって……」
ユーリが何かを確認するようにジューザスを見ると、その視線を受けてジューザスは小さく頷く。そして彼は小さく、「変異したマナの影響だろうね」と言った。
そして直後にアーリィが、フローゼにこんな事を問う。
「あの……もしかしてお母さんの病気って”禍憑き”?」
「え? あ……私も母も知らなかったんですけど、そういう名前の病気みたいですね……今の病院に行って、初めてそういう病気だって名前を知ったんですけど……」
そのフローゼの答えを聞いて、ユーリたちは確信する。彼女たちが以前にいた場所もまた、異常に変異しているマナに満ちている場所だったということを。
「禍憑きって、今は治療法が無い病気なんですよね……でも母はまだ初期の段階だし、病院に入院してからは症状の進行が今のところみられないってお医者様に言われてちょっとだけ安心してます」
おそらくはマナが異常な地から移動したために、病状の進行がおさまっているのだろう。”禍憑き”がゲシュに影響を与えやすい異常なマナが主な原因ならば、その地から離れるのが今は一番効果的な治療法だ。その地に留まり続ければ病状は悪化し、最悪の場合は死か、あるいはイリスのように魔物化してしまうのだから。
「……実は私たちはその”禍憑き”を治す治療薬を作る為に今行動しています」