君を助けたいから 30
「しかし今日は野宿しなくて済むからいいな」
「そうだね。ここの場所的に町に近いから、今から山を下りても完全に日が沈む前には町に戻れるだろうからね」
そんな言葉を交わしながら、彼らは腐葉土を踏み締めて山を下る。そうして全く成果の無かった今日一日を振り返った。
「けどよぉ……そんなあっさり見つかるとは俺も思ってねぇけど、どこにあんだよそのグラスドールってのは」
「うん……まぁ、あれだよね……今日もそれっぽいのは見つからなかったよね」
ユーリの愚痴混じりの言葉にジューザスは答えながら、彼は外套のポケットから一枚の紙を取り出す。それを広げ、彼はそこに描かれた絵を見つめた。
ジューザスが広げた紙には、目的とするグラスドールの絵と特徴などが書かれている。そこに書かれたグラスドールの特徴の説明によると花は大きく青紫な雫型の花びらを持ち、夜間は薄い白に発光するという幻想的な植物であることが示されていた。
「つかさ、実際見つけたらけっこー大騒ぎなことになるんじゃね?」
「まぁ……そうかもね」
「だよなぁ。仮に見つけたとして、そんなもん引き抜いて持ってってもいいのかな……」
ユーリの今更な不安に、ジューザスは苦笑しながら答える。
「見つけたら繁殖の為にまずは保護だね。でもまぁ、その前に一株くらい持って帰るのはいいんじゃないかな?」
「ふーん……」
ジューザスの返事を聞いたユーリは、「ま、何かまずかったらジューザスのせいにしとけばいいか」と小声で呟く。それを聞き、ジューザスは本気で嫌そうな顔をした。
「わ、私に厄介ごとを押し付けようとしないでくれよ……?」
不吉な予感のするユーリの呟きを警戒しつつ、ジューザスは「他の皆は今、どうなんだろうね」と言葉を漏らした。
「あ? ローズたちのことか?」
「うん。もう目的のものを手に入れた、なんてことはないだろうけど……順調かなと思ってね」
「さぁな。でも……必死にやってんだろ。なんにせよ心配いらねぇよ、あいつらは。大丈夫だと思うぜ」
ジューザスの言葉にユーリがそう答え、その後ろでアゲハも「ですよ!」と元気に頷く。それを聞き、ジューザスは「そうだね」と返事をしながら思わず笑みを零した。
「悪いがお前たちを泊めることは出来ない」
その言葉は山の麓まで下りたユーリたちが、ふもとの町の宿で宿泊の手続きを受けようとした時に、宿の主人であろう男から告げられた一言だった。
「え? なんでですか?」
男の言葉にそうユーリが疑問を返し、彼は「まさか満室なんてこともないでしょうし」と呟く。だが宿の男はその質問には難しい顔で、無言を返すのみだった。その男の態度にユーリはあからさまに不機嫌な態度を店、それを見たジューザスが慌てて対応を代わる。
「あの、よろしければ理由を聞かせていただけないだろうか。何か事情があって私たちを泊められないのでしょう? こちらも理由を聞かせてもらわないと、突然泊められないというのは納得できないと言うか……」
先ほどユーリが呟いたとおり、この町は冒険者や旅行者で賑わうような場所ではないので、部屋が満室だから泊められないという事は無いだろう。実際宿の中はシンと静まり返っていて、人が多くいる気配も無い。だからそれ以外の事情があるのだろうと、ジューザスもそう思う。そしてその理由を知りたいと、彼は宿の主人へと問うた。
すると男はしばらくの沈黙の後、苦い表情を浮かべながらこう答える。
「……悪いがゲシュは泊められない」
「え?」
男がそう答え、思わずジューザスは声を上げた。だが男は今現在顔を隠している彼のことは無視し、その後ろに立っていたアーリィに視線を向ける。
「その後ろの……赤い目なんて見たことねぇ。そんな不気味な色の目の人間はいねぇだろう」
「なっ……んだとてめぇ」
男の言葉に怒りの態度を示したのは、アーリィではなくユーリだった。アーリィ自身は一瞬驚いたように目を見開いた後、何か諦めたような眼差しで静かに男を見つめる。
「てめぇふざけんなよっ、ゲシュだからなんだってんだよ! つーかなぁ、アーリィはゲシュじゃなくて……」
「ちょ、ユーリ落ち着いて! ダメだよ、こんなところで争いごとはっ」
武器を取り出して切りかかりそうな勢いで男に怒りを示すユーリを、ジューザスがそう暴走する前に慌てて止める。
男はユーリの剣幕に怯えた態度を見せたが、「とにかく出てってくれ」と頑なにユーリたちを拒んだ。
「……仕方ない、諦めよう」
ジューザス自身、気づかれなかったとはいえゲシュだ。なので彼はこれ以上面倒な揉め事になるのを恐れてか、そう静かに諦めの言葉を漏らす。
「いいよね、ユーリ」
「チッ……」
ジューザスがそうユーリに問うと、ユーリはひどく不機嫌な態度で男を睨みつけ、そして「あぁ」と頷いた。
「こんな胸糞わりぃところ、こっちから願い下げだよっ」
「……うん、行こう」
ジューザスはアーリィやアゲハたちにも小さく頷いて見せ、宿を出る事を促す。そうして彼らは重苦しい空気の流れる宿を出て、日が暮れようとしている空の下へと戻った。
「……ふぅ。さて、どうしようかね」
薄暗い空を見上げ、ジューザスがそう困った様子で呟く。だが答えはどこからも返ってこない。ジューザス自身、答えが返ってくると思って発した言葉では無いので気にはしなかったが。
答えを待たぬ代わり彼は、自分の隣に立って今も怒りを露にするユーリに視線を向ける。
「くそ、ムカツクなあの男……」
ユーリはそう小さく呟いた後、はっとした様子で後ろを振り返る。そうして彼は傷ついたであろうアーリィに向き直って声をかけた。
「あ、アーリィ、気にすんなよな、あんなやつの言葉! アーリィは何も悪くねぇんだからさ!」
そうユーリが気遣って声をかけると、アーリィは顔を上げて意外にも笑顔を返す。
「平気。それよりユーリが怒ってくれたのが……嬉しい。変だね、ユーリ怒ってるのに私が嬉しいって。……でも嬉しい、ありがと」
「あ、そ、そうか……えと、アーリィが気にしてないならいいけどさ」
アーリィの反応を見て安心したユーリは、同時に怒りの感情がだいぶ収まったようで、そう落ち着いた様子でアーリィに言葉を返した。
「でも……ひどいですね……泊めてくれないなんて。ユーリさんの言うとおり、アーリィさんは何も悪い事してないのに」
アゲハがそうがっかりした様子で言うと、ユーリもやはり納得はいってない様子で「だよな」と頷く。するとそんな彼らの意見に対して、ゲシュであるジューザスがこう言葉を返した。
「でも仕方ないんだよ、長く私たちは差別されてきたからね。むしろ言葉だけで拒まれるのはまだいい方だとさえ思える酷い差別も経験したこともある……私だって、それを良しとは思わないけどね。でも仕方ないと、そうも思ってしまう」