禍の病 8
「そんなもの街中で連れて歩いたら苦情くるんじゃないか? 一応魔物だし」
再び車に乗り込んだジュラードたちだったが、先ほどより若干荷物が増えていた。その増えた荷物とは、ジュラードが呆れた視線を向ける先にある。
「きゅう~」
ローズに抱えられるような形で、その膝の上に座るのは先ほどローズが助けた魔物。
「だって……見捨てられなかったんだ……」
「全くもう……だからって、邪魔になるだけだと思うけど……」
マヤにも呆れた言葉を向けられ、ローズはちょっとへこんだ様子となる。しかしマチルダだけは「優しい方なのですね」と、一人ローズを援護してくれた。
「優しいのは知ってるけど……ホント、連れてきちゃってこれからどーすんだか」
「せ、責任持って飼い主を探すよ」
「犬猫じゃあるまい……飼い主なんて見つからないと思うけどな」
マヤやジュラードに責められてヘコむローズに、魔物が励ますように「きゅいぃ」と鳴く。そしてローズは何か閃いた様子で「そうだ」と声を上げた。
「どうしたの?」
マヤが聞くと、ローズは「こいつに名前付けないと」と笑顔で言う。すっかり飼う気満々のローズのその様子に、マヤは大きく溜息を吐いた。
「その魔物をどうするか思いついたのかと思いきや……名前付けなきゃって、あなたねぇ……」
「な、名前は大切だろう! なぁ?」
「きゅいぃ~」
ローズが話しかけると、やはり言葉を理解しているのか魔物は頷く。そしてローズは「さて、どうしよう」と名前を真剣に考え始めた。
「覚えやすい名前がいいよな。何かいい案ないかな?」
ローズのその言葉に、ジュラードたちも何となく名前を考え始める。
「シャルロットと言うのはどうでしょう? 可愛らしい名前だと思うのですが」
「なんか気取りすぎてて、どうかしらって名前ね」
「……じゃあうさぎ」
「そのまんまね……覚えやすいけど、それもどうなのかしら」
「ダメ出しばっかりしてるけど、お前は何かいい案あるのか?」
「う……っ」
ジュラードにジトッとした眼差しでツッコまれ、マヤは「そ、そうね……」と考える。そして彼女はじっと魔物を見つめ、「ゆーり」と一言呟いた。
「……マヤ、何かそのネーミングに悪意を感じるのは私だけか?」
「いいじゃない、ゆーり。アホっぽくて何も考えてなさそうな顔がぴったりの名前よ」
どう考えても悪意あるマヤの命名案に、魔物もご不満なのか「きゅいぃ~」と鳴きながら首を横に何度も振る。そして魔物はローズの出す案に期待したような眼差しでローズを見つめた。
「う~んと……私は、じゃあ……うさぎ……うさ、うさ……うさこ! うさこはどうだ?!」
「……」
ジュラード案と大差ない名前のような気がして、マヤは思わず沈黙する。ジュラードは魔物を見ながら小さく「こいつ、女だったのか」と呟いた。
「いいじゃないか? うさこ! 覚えやすいし可愛いぞ!」
「きゅいいー!」
ローズのネーミングセンスはともかくとして、『うさこ』の名前に魔物は何故か嬉しそうに体を揺らして喜びを表現する。
まぁ本人(?)がそれでいいのならと、こうして魔物の名前はうさこになった。
「決まりだな、うさこ。あぁ、なんか名前付けたら尚更可愛く思えてきたぞ……うさこ~、お前本当にぷにぷにだな~」
「きゅうぅ、きゅいいぃ~」
ローズはすっかりうさこが気に入り、にこにこ笑顔でうさこを膝の上で撫でる。うさこも命の恩人であるローズの事が大好きな様子で、愛らしく鳴き声を上げながら彼女の膝の上で揺れた。
「……可笑しなことになったわね」
「まぁまぁ。ローズが良いならそれで良いじゃないですか」
「うさこ……何故うさこが良くてうさぎがダメなんだ……」
こうしてジュラードの妹の病気を治す為の旅に、新たな仲間が一匹加わった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
何度かの列車の乗換えを行い、エルミラたちがアゼスティへと入ったのはもうすぐ夕暮れとなる時刻だった。
「はぁー……一日移動しっぱなしってのは疲れるなぁー……」
凝りに凝った肩を大きく回しながら、エルミラがそう呟く。レイチェルもさすがに疲れた様子で、「だね」と彼の言葉に頷いた。
四人が今降り立った駅は、アゼスティの最南端に位置する小さな無人駅だ。この先一時間ほど歩けば村があるので、今日のところはその村の宿で一先ず休む計画だ。
エルミラたちの他にも何人か駅に降りて、彼らも皆基本的にはこの近くの村へ向かうらしく、既に大きな荷物を背負った人々が歩き出している。エルミラたちもそれに続くように歩き出した。
人が歩くペースと言うのはそれぞれである為に、同じ場所から同じ時間に歩き始めたとしても、目的とする同じ場所までに同じ時間にたどり着くとは限らない。とくに疲れやすい人物がいると、休憩などを頻繁に挟まざるを得ない場合があるので進むペースは極端に落ちる。
エルミラたち四人はエルミラという体力の無い一人の男によって進むペースが遅くなり、同じく駅を降りた他の旅人たちに大幅に遅れを取りながら日暮れの道を村へ向けて歩いていた。
「う~……もうだめ……休憩しよーよー……」
「またぁ? ダメに決まってるじゃん、五分くらい前にしたばっかりでしょ。エル兄、もうちょっと気合入れて頑張ってよね!」
すっかり他の旅人たちに置いてかれ、自分たち以外に人影の無くなった寂しく暗い道を、エルミラはヒーヒー言いながら必死でレイチェルたちについて歩く。だが普段部屋に引きこもってばかりの男には、普通の人のペースで歩き続けるのは拷問に等しき辛さがあるようだ。




