君を助けたいから 21
「ユーリ!」
心なしか反撃する勢いが強まったように思える魔物の絡みつく枝を切り落としながら、ジューザスはユーリの名を叫んで彼に近づく。
「んだよジューザス、俺は今超忙しい!」
「それは私もだけど、ちょっと話を聞いてほしいなっ」
互いにまとわり付く触手のような枝を切り落としながら、彼らは器用にも話を続ける。
「次は私がアレにチャレンジしてみようと思うんだけど」
「はぁ? てめぇが? いやいやいや、無理だろ! じいさん無理すんなって!」
「ちょ、ひどい……私だってやる時はやるんだよ? あと、じいさんとか言わないでってば」
「えー……? 無理して腰痛とかで倒れねぇか心配なんだけど」
「よ、腰痛なんて無いよ!」
疑わしげな様子で自分を見てくるユーリにジューザスは苦い顔をし、彼は「とにかくやってみるから」と告げる。
「誰かがどうにかしなくちゃ、先には進めないからね」
「そりゃそうだけどよー……ホントに大丈夫なんかねー」
微妙にジューザスを弱く見ているらしいユーリは、その認識を隠すことない反応をジューザスに返す。そんな彼にジューザスはひたすら苦笑いし、彼はメルキオールを構えなおした。
ウィッチとの”約束”が終わった今でも、ジューザスの手には呪われし白い刃の剣が握られていた。意思ある武器といわれるそれは、元々の所有者だったウィッチが消滅後も、自らの意思でジューザスの武器であることを選んだのだろうか。
その真実はジューザスにはわからない。だがウィッチが消えた後も自分の元にあり続けたその武器を、彼は今も自らのものとして振るっていた。
「さぁ……久しぶりに君を存分に活躍させてあげられそうだよ、メルキオール」
何度朱に汚れても純白に輝き続けるその姿は、やはり呪われているのかもしれないと思う。
美しいほどに不気味な武器に語りかけ、襲いかかる触手のような枝を掻い潜りながら、ジューザスは小さく精霊語を呟いた。
『kILl > de StrU CtION.』
ドクン、と、メルキオールが脈打つ。無機物とは違う、それは明らかな”生”の鼓動。
そして直後にメルキオールが強い光を放ち、その形状を通常の剣形態からローズやジュラードが持つような大振りな刃の大剣へ形を変えた。だがその刃の印象は、どちらかといえば破壊に重点をおいているように見える二人の武器とは違い、刃幅はあれど厚みは薄くどこかスマートな印象を受ける。それは”斬る”為の武器に見えた。
カスパール、バルタザール、そしてこのメルキオールは使用者の望む形状に形を変えることの出来る特性がある武器だ。ジューザスは普段は扱いやすい片手剣状で使用しているが、それ以外の形にもジューザスが望めばメルキオールは形を変える事が出来る。そして今はジューザスが望んだとおりに、白い刃は使用者の身長を越すほどの刀身の武器に姿を変えたのだった。
そしてそれを持つ右腕が、いつの間にかメルキオールと融合したかのように白く輝く。いや、それはほとんど融合しているのだろう。手と武器との境界が曖昧になり、まるでこの巨大な刃が彼の体の一部になったかのようになっている。重さを感じない特殊な武器なので片手一本でそれを持っていることが、その錯覚をより強める要因にもなっていた。
「それじゃ、行くよ」
低く囁き、ジューザスは地を蹴る。真正面から彼は魔物に向かい、魔物もまたジューザスを今の最大の脅威と判断して、彼に攻撃の矛先を集中させた。
別々の生き物のように無数の枝を操り、魔物はジューザスの接近を妨害する。さらに人の頭部ほどの大きさの硬質な物体を飛ばし、ジューザスはそれを薙ぎ払いで無効化しつつ接近を続けた。
攻撃は激しいがやや狙いが大雑把なために、冷静に見極めれば回避も無効化も難しくは無い。さらにその動きも速くは無いので、接近はジューザスにも難しいことではなかった。
そして後一歩でジューザスが魔物を射程に捕らえるといったところで、魔物は新たな攻撃を発動させる。
「!?」
魔物の正面に、唐突に輝く蒼い魔法陣。予想外の事態に、ジューザスは一瞬足を止める。
そしてユーリやアゲハも魔物が展開させた魔法陣に驚き、目を見開く。だが誰よりもその魔法陣を目撃し、アーリィが一人茫然とした表情で驚愕していた。
「あの魔法陣……私の魔法だ……」
一人佇みながらそう呟いたアーリィの声は、ユーリたちには聞えない。だが彼女は一人魔法陣を見て、その意味に気づいていた。
確かにその魔法陣は、先ほど自分が発動させた魔法の、そのほんの一部を構成する魔法陣だったのだ。一部分なので先ほどのような威力は無いだろうが、それでもミスラのマナで相手を傷付ける攻撃を生み出す事が出来る。
(あの魔物は受けた攻撃を真似出来るのかな……)
そういう特性を持った魔物がいないわけではないので、おそらくそうなのだろうとアーリィは考える。あるいは魔法が効かなかった理由が、そういうことなのかもしれない。
「……大丈夫かな、ユーリたち……」
ジューザスの真正面で魔法を発動させた魔物の姿を見つめ、アーリィは不安に押しつぶされそうな胸に手を当てた。
目の前で弾け消えた蒼い魔法陣に、ジューザスの表情が一瞬強張る。だが彼は冷静に、敵の思わぬ攻撃に対処した。
魔法陣の消失と同時に凍て付く空気と共に無数の氷の塊が、鋭利な刃物となってジューザスに襲い掛かる。だがジューザスは巨大化させたメルキオールを前に突き出し、その刃で魔法を受け止める。いや、彼は魔法を消失させた。
メルキオールの白い刃に触れる先から、マナで生成された氷は蒸発するように跡形も無く消えていく。
「私に……いや、メルキオールに魔法は効かないよ。君と同じでね」
そう呟いて笑い、ジューザスはついに魔物を自身の射程に捕らえる。彼は普段はフードの下で隠している金色の右目を晒し、そこに魔の血が持つ獰猛な光を宿して魔物へと飛び掛った。
「はあああぁぁぁぁぁっ!」
地を蹴った瞬間に天高く飛翔したジューザスの背に、一瞬黒い羽のようなものが浮かび上がったのをユーリは目撃する。それは今現在のマヤが背に宿しているものとよく似ていたような……と、彼は一瞬そう思った。
そして”何かの手助け”を受けて高く飛翔した彼は、魔物の上から刃を構えて一直線に落下する。白い鳥の羽のような光を撒き散らしながら、眩い閃光と共に彼は魔物にバルタザールを振り下ろした。
白い刃は柔らかいものを切るかのような手ごたえで、巨木のような魔物の体を両断する。それを目撃して、アゲハは思わず「わっ、すごい! ジュウベェさんみたい!」と声を上げた。
「おぉ、マジでなんとかしやがったな、あいつ……」
両断された魔物の体が重い地響きの音を鳴らしながら左右に倒れ、それを見ながらユーリも独り言のようにそう呟く。その後に魔物の動きは完全に停止し、どうやら今度こそ終わったのだと彼も含めた皆は理解した。